第5話
ダリウスが愛する三人の娘たちを涙ながらに王都へと送り出してから、五年の歳月が流れた。
ダリウスも、今ではすっかり元のマイペースな鍛冶ライフを取り戻し、辺境の森の工房で、相変わらず工房で素材と向き合う日々を送っている。時折訪問してくる娘たちが、彼にとってひそかな楽しみにしていった。
そして――。
王都アステリアは、かつてないほどの熱狂に包まれていた。空には祝福の紙吹雪が舞い、家々の窓という窓からは色とりどりの旗がはためいている。民衆の歓声は、まるで地響きのように王都全体を震わせていた。その視線の先には、一人の若き英雄の姿があった。
――「剣聖」アリア。
鮮やかな赤髪を風に遊ばせ、純白の総騎士団長のマントを翻しながら、愛馬に跨り王城へと続く大通りを堂々と進んでいた。
彼女はまさに生きた伝説そのものだった。十八歳という若さで王都騎士団の頂点に立ち、その剣技は神域に達すると噂されている。今回も王都近くに出現したドラゴンの討伐を行ってきたところだった。
その類稀なる美貌と、誰に対しても分け隔てなく接する誠実な人柄は、王都の貴族たちの間でも評判が高く、多くの若き貴公子たちの憧れの的であり、また令嬢たちからも黄色い歓声が上がるような凛々しさも持ち合わせていた。
沿道から投げかけられる称賛の声や熱狂的な視線にも、彼女は嫌な顔一つせず、時折、優雅な笑みを浮かべて手を振って応える。その姿は、まさに民衆に愛される英雄そのものだった。
街中を抜け、アリアが向かったのは王城の謁見の間だった。
そこには国王陛下をはじめ、王国の重鎮たちがずらりと顔を揃えていた。玉座に座る壮年の国王は、満面の笑みでアリアを迎えた。
「剣聖にして騎士団長アリアよ、この度の魔獣討伐、まことに見事であったぞ。そなたの勇名は、遠く大陸中に轟いておるぞ」
国王の言葉に、広間に集った貴族たちからも惜しみない拍手が送られる。アリアは騎士の礼を取った。
「もったいないお言葉、恐悦至極に存じます。これもひとえに、陛下のご威光と、騎士団の仲間たちの助力あってのことでございます」
アリアの謙虚な言葉と、その場にふさわしい優雅な立ち振る舞いに、国王は満足そうに深く頷いた。
「うむ。その勇気と功績に報いるため、褒美を授けよう。王国一の魔導鍛冶師と名高いボルガノに命じ、そなたのためだけに、至高の一振りを打たせるというのはどうだ? ちょうど呼んでいてな……」
その言葉に、広間の一角で控えていた壮年の男が恭しく一歩前に出た。恰幅の良い体に、いかにも職人といった風貌の男。年の頃は五十を少し過ぎたあたりか、恰幅の良いその体躯は職人ならではの力強さに満ちている。改まった場への出席ということもあってか、普段の作業着とは異なるであろう上質な布地で仕立てられた深緑色の礼装に身を包んではいるが、職人としての雰囲気までは隠せていなかった。
彼こそが、王国お抱えの筆頭魔導鍛冶師にして、その腕は大陸でも五指に入ると噂される名匠、ボルガノその人であった。
ボルガノはアリアの前まで進み出ると、深々と一礼し、その瞳には剣聖の新たな剣を打てるという栄誉と、自らの技術への絶対的な自信がみなぎっていた。
周囲の貴族たちも、国王のこの粋な計らいと、剣聖と名匠という夢の組み合わせの実現に、感嘆の声を漏らさずにはいられなかった。これ以上の栄誉、これ以上の剣がこの世に存在しうるだろうかと、誰もが固唾を飲んで見守っていることをアリアは理解していた。
剣聖に王国一の魔導鍛冶師が打つ剣。これ以上の組み合わせはないだろうと、誰もが思っていることだろう。
国王の温情あふれる言葉と、名匠ボルガノの自信に満ちた眼差し。ボルガノが打つ剣ならば、今アリアが腰に差している剣をも凌駕する至高の一振りとなるだろうと。
しかし、アリアは――王都に出てきてから、様々な経験を通して、ある確信を抱いてしまっていた。
ボルガノの打たれる剣は、素晴らしいものなのは分かっていた。
ただ、アリアはそれでも否定してしまう。
(ボルガノさんが手掛けられた剣も、何度か拝見する機会はあったし……そのどれもが、息をのむほど美しく、そして恐ろしいほどの切れ味を秘めた、まさに芸術品のような逸品だったけど……でも)
アリアの脳裏に、王都で目にしてきた数々の名工の作が浮かび上がる。それらは確かに、歴史に名を残すにふさわしいものばかりだった。磨き上げられた刀身、精緻な装飾、そして武器としての高い性能。だが、それら全てをもってしても、アリアの心に深く刻まれた一本の剣の存在を超えることはできなかった。
(けれど……それでも、ダリウス先生があたしのために打ってくれた、この『アルタイル』を超えるものは、どこにもなかったんだよね……)
王都に出て間もない頃からずっと愛用していた剣。
どんなに硬い魔獣の甲殻もバターのように切り裂き、どんなに激しい打ち合いにも決して刃こぼれ一つせず、そして何よりも、アリア自身の魔力に呼応してその輝きと威力を増すこの剣は、もはや彼女の魂の一部だった。
(ダリウス先生を超える魔導鍛冶師は、この世にいないんだよね……。ごめんなさい、ボルガノさん。王様……)
その確信があるからこそ、アリアは迷うことなく、そしてきっぱりと、国王の温かい申し出を辞退することを決意した。
たとえそれが、名匠ボルガノのプライドを傷つけ、陛下の御厚意を無にする無礼な行いであると理解していながらも。
アリアはゆっくりと顔を上げると、はっきりとした声で告げた。
「陛下、そのあまりにもったいないお申し出、誠に光栄に存じます。ですが……私には既に、生涯を共にする最高の剣がございますゆえ、お気持ちだけ頂戴いたします」
アリアは、できる限り言葉を選び、ボルガノの顔をちらりと見遣った。職人の方々のプライドが高いことは重々承知している。なるべくその心を傷つけないように、と。
その言葉に、広間は水を打ったように静まり返った。ボルガノは、称賛と期待に満ちていた表情をみるみるうちに強張らせ、信じられないといった顔でアリアを見つめている。
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