第48話 魔剣に潜むモノ

 集落の防衛戦より数日後。ジオハルトたちは、帝国軍のアーガス砦近郊に陣を構えていた。


 飛行能力を有するジオハルトとセリカだけならば、一日とかからず砦にたどり着くこともできただろう。しかし「自分たちの国は自分たちで取り戻す」と意気込むレジスタンスを置いてきぼりにはできず、地上ルートからの行軍を余儀なくされたのだ。


「申し訳ありません、ヤスオさん。こんな形でご迷惑をおかけしてしまうとは……」


 クロエは息も絶え絶えに陣中で座り込んでいた。強行軍で魔王の後を追ってきたレジスタンスの疲弊は相当なものだ。なんとかキャンプを設営することはできたものの、帝国軍の奇襲でも受ければ逆にこちらが全滅してしまいかねない。


「気にする必要はありません。みなさんの協力がなければ、これほど短期間で陣地を立てることはできなかったでしょう。さしもの帝国軍も驚いているに違いありません」


 小高い丘の上に立てられた陣からは、アーガス砦の威容がはっきりと見て取れた。堅固な城壁に囲まれた帝国軍の防衛拠点である。

 巨大な陸上要塞の前では、レジスタンスのキャンプなど赤子にも等しい。正直なところ、敵がこちらの存在に気づいているのかすら怪しいものだ。


 クロエも先んじて各地のレジスタンスに呼びかけを行っていたが、それでも集まった兵力は300人足らず。正規軍が守る砦を攻略するには少なすぎる。

 攻撃側には相手の3倍の兵力が必要……なんて話を聞いたことはないだろうか。現状の戦力で正面切って戦うのは愚策と言わざるを得ない。


「ヤスオさん、あの砦を攻めるには奇襲作戦しかありません。合流したレジスタンスには、この辺りの地形に詳しい者がいます。ここは夜になるのを待って攻撃を仕掛けましょう」


 戦力差を覆すには奇襲しかないと訴えるクロエ。しかしジオハルトは首を縦に振らない。魔王は戦争が嫌いなのだ。


「奇襲作戦? そんなことをしたら双方に死人が出ますよ。帝国軍とて夜襲を警戒していないわけではありますまい」

「ある程度の犠牲は覚悟の上です。命が惜しいのであれば、誰もレジスタンスに加わりはしません」


 自分たちが信じる正義のためならば、レジスタンスは出血もいとわない。――だからこそ、ジオハルトはクロエの決死作戦に待ったをかける必要があった。


「あなた方の意志を否定するつもりはありません。が、刃を交えるよりも先に、まずは敵方との交渉に打って出るべきです」

「交渉……?」

「単純な話です。帝国軍に砦を明け渡すようにお願いするのです」


 何を言い出すのかこの男は。

 魔法を使って帝国軍を壊滅させるとか、強硬策を提示してくれた方がまだ現実味がある。敵がおいそれと砦を開門するわけもないだろうに。


 怪訝けげんの目を向けるクロエをよそに、ジオハルトはセリカのもとへ歩み寄った。


「セリカさん、しばしの間、魔道剣を預かってください」


 そう言って魔王は唯一の武器を勇者に差し出した。――セリカはジオハルトの意図を汲みつつも、驚きを隠せずにいる。魔道剣はヤスオを魔王たらしめるファクターには違いないのだ。


「本当にいいの? これがなかったらあなたは……」

「話し合いの場に剣を持ち込む必要もないでしょう。相手の心を動かしたいのであれば、武器を持たないというのも選択肢の一つです」


 ヤスオは言い出したら引かないタイプだ。こうなると説得の余地もない。セリカはためらいつつも、差し出された魔道剣を手にした。



『私に触れるな』

「――!?」



 頭の中にの声が響いた。人ならざる視線を感じ取り、セリカの背筋が凍りつく。


「一体なんなの、この剣……?」

「魔道剣ですよ」

「いや、そうじゃなくて」

「……ああ、そうか。あなたにも聞こえるのか。彼らの声が」


 何かを察したのか、ジオハルトはセリカの手から魔道剣を取り上げ、その切っ先を地面に突き立てた。剣を中心にパキパキと音を立てて大地が凍りついていく……セリカがいつか見た光景だった。


「申し訳ないことをしました。氷の精霊シャーロットは警戒心が強すぎる。最近では私の手にも負えなくなっているのですよ」

「……もしかして。いつも精霊と話してるの?」

「魔剣を通じて力を借りている身ですからね。彼らの機嫌を損ねるわけにはいかないのです」


 自然界を守護する四精霊は、ガルド王との契約に基づきレーヴァテインを封じる役目を担っている。彼らには明確な意思があり、魔道剣の使い手を常に監視しているのだ。シエラは魔道剣を大量虐殺の兵器としか見なしていなかったが、その本質は魔王となるべき者を選定するための剣なのである。


「セリカさんは魔道剣を見張っておいてください。その間に私は帝国軍と話をつけてきます」

「話をつけるって……」


 魔王の企みはセリカにも見当がついた。話し合いだけで事が片付くのであれば、戦争など起きたりはしない。力なき者は、交渉のテーブルに着くことを許されない。


「夕飯までには済ませますよ。長話は好きではありませんので」


 そう言い残してジオハルトは空へ飛び去ってしまった。黒き翼を広げて彼方へ消えていく魔王の姿を、クロエたちはぼんやりと眺めている。


「本当にいいんですか? 一人で行かせてしまって」


 不安を払拭できないクロエはセリカに身を寄せた。武器も持たずに敵陣へ乗り込むなど、自殺行為としか言いようがない。やはりジオハルトは狂人なのか。


「心配する必要はないよ。ヤスオ君は嘘つきだけど約束は守る人間だから」

「えぇっ……」


 勇者に真顔で答えられてしまっては、それ以上の追求は叶わない。魔王を名乗る少年は、果たして吉報を持ち帰るのだろうか。待つことしかできない歯がゆさを感じながら、クロエは夕刻に近づく空を見つめるのだった。

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