第47話 彼の本質
「まさか、本当に帝国軍を撃退できるだなんて……」
レジスタンスは圧倒的な戦力差を覆し、集落に押し寄せた敵部隊の迎撃に成功した。それどころか敵の指揮官を捕縛し、帝国側の情報を入手することもできた。完勝といっても過言ではない戦果だ。
クロエ自身、ここまでできるとは思ってもみなかった。ジオハルトが提供したライオットガンの使い勝手は、マスケット銃などとは比べ物にもならない。ポンプアクションのおかげで射撃体勢を崩すことなく連続射撃が行えるのだ。箱型弾倉こそ採用はされていないが、下部のローディングポートからカートリッジを押し込むだけで弾薬を再装填できる。射手の技量にもよるが、発射速度はマスケットの十倍にも匹敵するだろう。
「流石ですなクロエさん。とても初めてとは思えませんよ。あそこまでライオットガンを使いこなしてみせるとは」
敵の指揮官を放逐した後、ジオハルトはクロエの活躍をねぎらった。辺りは既に日が暮れ始めていたが、レジスタンスは初めての勝利に沸き立ち、これまでにない盛り上がりを見せている。
「ヤスオさんが使い方を教えてくれたからです。だいたい、あなたが帝国軍を西側に誘導してくれなければ撃退は難しかったでしょうし」
ジオハルトが呼び寄せた溶岩流は、とうに集落から姿を消していた。集団幻覚でも起きていたのかと思ったが、地表に残された火口を見るにそういうわけでもないらしい。
「謙遜する必要はありません。クロエさんが戦う姿を見て、みな心を打たれております。真の意味でこの国を解放するためには、あなたのような人間が必要なのです」
スタンバレットで気絶した兵士たちは意識を取り戻した後、大半がレジスタンスに加わることを申し出てきた。専横を繰り返す君主のために働くよりも、クロエたちと共に戦うことを彼らは選択したのだ。
皇帝が力で人々を屈服させようとも、心まで支配することはできない。クロエには人の心を動かす先導者としての資質があるのだと、ジオハルトは雄弁に語る。
「捕縛した指揮官から得た情報をもとに、シエラさんが敵拠点への攻略作戦を立ててくれました。私とセリカさんは明日にもこの集落を
アーガス砦は、集落の西方に位置する帝国軍の重要拠点だ。皇帝の本拠地……大陸中央のエルミナス城を守備する防衛施設としての機能を担っている。ここを抑えられてしまっては、皇帝は喉元に刃を突きつけられたも同然。日本への侵攻作戦どころではなくなるだろう。
「クロエさんには、引き続きレジスタンスの指揮をお願いしたい」
「ええ、それは構わないのですが」
「何か問題が?」
「……その、ヤスオさんはいつもこんなことをされているのですか?」
クロエは不思議でならなかった。
犬山家で出会ったヤスオは、自分とさほど年も変わらない少年だった。それも戦士や兵士の
それが、どうして禍々しい鎧を着込んで魔王の物真似をするのか。何故、魔族に心を支配されてしまったのか――
「魔王を名乗る手前、荒事に首を突っ込むことは茶飯事です。命を狙われたことも一度や二度ではありませぬ」
「もしかして、セリカさんにも?」
「はい。もとをたどれば、彼女は私を殺すために現実世界へやってきたのです。魔王討伐は勇者の使命にして宿命。避けては通れぬ道だったのです」
集落の中央では、セリカが活気の良い村人たちに取り囲まれている。帝国軍を相手に啖呵を切った勇者の活躍は広く知れ渡り、今やレジスタンスからも英雄のようにもてはやされる存在となっていた。
村人たちのヒーローとなったセリカを、ジオハルトは少しばかり離れた木陰から眺めている。魔王も集落の防衛に貢献したことに違いないのだが、殊勲は勇者に譲るつもりらしい。
「苛烈な生き方ですね……。普通の、人並みの人生を送りたいとは思わないのですか?」
「私とて戦いに明け暮れる人生を望んでいるわけではありません。しかし未だ世界は混迷を極めております。『ジオハルト』が不要な存在にならない限り、生き方を変えることはできないのです」
ジオハルトは、戦争と犯罪を否定する魔王である。全ての争いと悪意が根絶されない限り、魔王の戦いは永遠に続く。帝国軍との対決は通過点にすぎないのだ。
「帝国軍との戦いに終止符を打つことは喫緊の課題……いずれ皇帝とは相見えることになるでしょう。できれば武力ではなく、対話によって解決を図りたいものですが」
あくまで武力の行使は最後の手段であるとジオハルトは主張する。
現実世界に侵略戦争を仕掛けてきた皇帝が、強硬な姿勢を崩すことがあるのだろうか。少なくともクロエが握るライオットガンは、対話のための道具には成り得ない。
「難しいものですね。同じ人間なら武器なんて使わなくても、お互いを理解することはできるはずなのに」
「同じ人間だからこそ、他者を恐れるのです。独裁者は自分以外を信用しない。だから、いつも孤独だ」
独裁者とは誰のことなのか。
クロエが問いかけるよりも先に、甲冑の男は夕闇に消えていた。
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