第19話 ヒーローはどこにいる?
その日、王見市立第三小学校にはテレビ局のカメラが入ることになっていた。地方の剣道大会で優勝した6年B組の生徒へインタビューを行うためだ。
学校側としても優秀な生徒がいることをアピールできるし、生徒に自信を持たせるいい機会になるだろう……ということで撮影の段取りはトントン拍子に進んでいった。
6限目の終わりが近づいた頃、テレビ局の中継車が小学校にやってきた。中継車は間違いなくテレビ局のものであったし、予定通りの時刻に到着したので、警備員はなんの疑問も持たずに中継車を校内へ通した。
ただ一つ警備員にとって予想外だったのは、中継車に乗っていたのが武装テロリスト「ペインフル」のメンバーだったということだ。
中継車は学校へ到着するよりも前に、テロリストたちにジャックされていた。リポーターになりすましたテロリストたちは、我が物顔で教室に侵入。カメラの代わりにライフルを生徒たちへ突きつけた。教諭たちは決死の覚悟で抵抗したが、訓練された武装集団に敵うはずもなく、校外へと追い出されてしまった。
教室に残った13人の生徒を人質にしたテロリストたちは、中継車を利用して日本政府に要求を突きつけてきた。
『我々ペインフルは、日本政府に対し、ジオハルトの死体を要求する。要求が聞き入れられない場合、2時間毎に人質を処刑する。これはテロではない。人類の自由を守るために必要な措置である』
ジオハルトの死体――早い話がテロリストたちは、日本政府に「ジオハルトを殺せ」と指示してきたのだ。
政府は頭を抱えた。第一にジオハルトがどこにいるのか分からない。見つけたとしても殺す手段がない。テロリストたちの要求は、どう考えても実現不可能な内容だった。
現状、唯一の希望は機動隊による突入作戦である。しかし小学校を占拠したテロリストたちは強力なアサルトライフルを装備しており、機動隊といえど、人質が閉じ込められている3階の教室に到達するのは困難な状況だった。
さらに、テロ発生と同時刻にSNSに書き込まれた出所不明の情報が、事態をさらに混迷化させていた。
政府は無謀な突入作戦を計画しています。この状況で子どもたちを助けることは、どう考えても不可能です――NO NAME
機動隊はテロリストたちを射殺するつもりらしい。銃撃戦になれば、確実に生徒たちは犠牲になるだろうな――NO NAME
ジオハルトの正体は、日本政府が紛争介入のために雇ったエージェントなんだ。だから政府は交渉に応じない。彼らは真実が明らかになることを恐れている――NO NAME
なんてことだ……ここままじゃ子どもたちが政府に殺されてしまうぞ! 早く助けに行くんだ――NO NAME
悪質なデマが拡散された結果、小学校には突入作戦に反対する市民たちが殺到――頼みの綱である機動隊は市民たちの鎮圧に追われ、突入ルートを確保することができなくなってしまった。状況はテロリストたちの思惑通りに、悪化の一途をたどるのであった。
「――現状については以上です。で、どうされるおつもりですか?」
銀髪のメイドが苛立った様子で視線を投げかけてくる。テロの発生からは既に1時間が経過していた。
「どうって、子どもたちを助けるしかないだろ」
「無謀ですね。テロリストたちの手中に落ちた以上、彼らの命は尽きたも同然です」
テーブルに内蔵された立体モニターが、王見市立第三小学校の見取り図を投影している。生徒たちが拘束されている6年B組は中央校舎の3階。下手に魔法で攻撃すれば、人質もただでは済まない。
「いっそのこと校舎ごと全てを燃やしてしまえばよいのでは? テロリストたちが自爆したと噂を流せば、言い訳もつきましょう」
「笑えない冗談はやめてくれ」
提案を却下されたことに腹を立てたのか、シエラさんがキッと睨み返してくる。
「冗談をやめるのはあなたの方です。よりによって勇者をこの場に招き入れるなど……!」
僕の背後には、短剣を握ったセリカさんが立っている。テロ発生の電話をもらった後、彼女を自宅に連れこんだのだ。緊急事態とはいえ、シエラさんにとっては気が気ではない。
「彼女はジオハルトの正体を知っている。放置すればどうなるか、分かるだろ?」
「分かっています。……いえ、元はと言えばあなたがこの女を処分しなかったから、こんなことになったのでしょう?」
「批判したいなら、好きなだけ批判すればいい。だけど、今はテロを鎮圧するのが先決だ」
僕はセリカさんに視線を移す。彼女もシエラさんから説明を受けてはいるが、いまいちピンと来ないらしい。
「あのさ、子どもたちが危ない目に遭ってることは分かったけど……その、テロリストって?」
魔王の正体を知った矢先、犬山家に連れ込まれ、馴染みのないワードを何度も聞かされたのだ。セリカさんも相当に混乱している様子だった。
「自分の目的のために、他者を傷つけることを厭わない悪党どものことです」
「……統率の取れてない反乱軍みたいなもの?」
「いえ、もっとタチの悪い連中です」
セリカさんの故郷も争いは耐えなかったというが、現実世界とは事情が大きく異なる。テロとの戦いは、国同士の戦争とは訳が違うのだ。
「彼らの目的は『ジオハルトの死』です。テロリストたちは、領土や命を守るために蜂起したわけではないんです」
「ジオハルトの死……」
その言葉にセリカさんは顔を歪ませる。つい先ほどまでジオハルトを手にかけようとしていたのは、他ならぬ彼女自身なのだから。
「さっきテレビの映像を見せてもらったけど、彼らはジオハルトの死体を要求してきたんだよね? それが手に入らないなら、子どもたちを殺すって……」
テロリストとはいえ、彼らも現実世界の住人には違いない。人間の悪意ある行動を見せつけられたセリカさんは、重苦しい表情を浮かべた。
「ですが、日本政府にジオハルトの殺害を強要するのは違和感があります。政府はむしろジオハルトの行動に批判的な立場だというのに」
シエラさんが言うように、日本政府はジオハルトの行動を容認していたわけではない。警察からはお尋ね者扱いだし、メディアでも魔王の行動を支持しないように言論統制を敷いている。
「ああ、そうだね。『ジオハルトの死体』なんてくどい言い回しも引っかかる。本気で日本政府が要求をのむとも思えないし」
「えっ……つまり、どういうこと?」
僕とシエラさんの言わんとすることが理解できないのか、セリカさんは首をかしげる。……はっきりと伝えてしまうのは
「テロリストたちだって簡単にジオハルトの死体が手に入るとは思っていませんよ。連中は、生きているジオハルトが姿を見せたタイミングで、人質を全員殺害するつもりなんです」
「……!」
セリカさんが肩を震わせた。
テロリストたちは、ジオハルトによる介入を計算した上で今回のテロを引き起こしたに違いない。ジオハルトが行動を開始した時点で、要求は拒否されたと見なされ、人質を殺害する口実が生まれるのだ。自らの存在を否定されてきたテロリストたちにとって、これ以上の報復はないだろう。
「ジオハルトが原因で無実の子どもたちが命を落としたとなれば、人々はジオハルトを憎むようになるでしょう。それこそがテロリストたちの狙いなんです」
「そんな……彼らは魔王の支配を否定するためだけに、子どもたちを殺そうとしているの?」
「結論から言えば、そういうことになります。世論をジオハルト排斥に向かわせることさえできれば彼らの勝ちです。魔王が人類の心を支配することもできなくなるでしょう」
武装テロリスト「ペインフル」は、国際指名手配もされている危険極まりない集団だった。連中は、人類に「痛み」を強いることで調和をもたらすという過激な思想を掲げ、世界各地でテロ行為を繰り返しているのだ。
「ペインフルは
シエラさんがペインフルについての情報を整理する最中、セリカさんが大きく目を見開いた。
「ナガトミシって、まさか……!」
「武器庫? ああ、サンダーボルトで破壊した奴らのアジトのことか」
先日ジオハルトが破壊した永富市の家屋は、ペインフルのアジトだった。連中は永富市で開催される日米首脳会談を標的にしていたため、ジオハルトは事前にアジトを破壊することでテロを未然に防止していたのだ。
「留守を狙ってアジトを破壊したのが仇になったか」
アジトを失えばペインフルも日本から手を引くかと思っていたが、今回ばかりは逆効果だった。追い込まれたテロリストたちは、新しい武器まで調達してジオハルトへの復讐を決行したのだ。
「全くですよ。最初から連中を抹殺していれば、こんなことにはならずに済んだというのに。全てはあなたの責任です」
「……そうか。だったら責任を取る必要があるな」
今の僕には、シエラさんの言葉を否定することができなかった。
大切なのは誰も殺さないことではない。誰も殺させないことだ。テロリストを見逃したことが原因で、無実の子どもたちが命を落とすようなことがあれば、その責は誰が負うのか。……物事には、けじめを付ける必要がある。
「セリカさん、あなたにお願いがあります」
「え……」
仇敵からの申し出に、セリカさんは困惑の表情を見せた。
「この場で僕を殺して、死体を日本政府に引き渡してください。獄王の鎧と魔道剣を見せれば、僕がジオハルトであることも証明できます。……あなたが勇者として、人々を救うために現実世界に来たというのであれば、他に選択肢はないはずだ」
僕は自分の首を指しながら、セリカさんに選択を迫った。少なくとも彼女は、僕を「魔王」として認識している。死体一つで13人の子どもたちを救えるのであれば、殺害を
「……違う」
セリカは首を縦に振らなかった。短剣を握る手にも力は込められていない。彼女の表情に殺意と憎悪の念は残っていなかった。
「私の、本当の敵はあなたじゃない。あなたは罪なき人々を守ろうとしている。あなたには、人の心が宿っている……」
勇者は真実を悟った。
なぜ魔王は自分を殺さなかったのか。
どうしてヤスオは命を差し出すのか。
彼が本当に守ろうとしているものは――
「ヤスオ君、私決めたよ。……私はあなたと一緒に戦う。悪意から人々を――命を守るために戦う!」
勇者は魔王に手を差し伸べた。
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