第18話 終わりの告白

 子どもたちが姿を消した夕刻の遊園地――


 勇者セリカは仇敵に剣を突きつけていた。


「……ははっ、なんの冗談です? セリカさん」


 セリカさんの手には、いつぞやの短剣が握られている。どこに隠していたのかは知らないが、今はそんなことを気にしている場合ではない。


「僕がジオハルト? 雷を怖がるような臆病者が魔王であるわけがないでしょう。さすがにその冗談は無理がありますよ」


 僕はあらかじめ用意しておいた台詞を使って、セリカさんを欺こうとする。だが彼女は表情一つ変えようとはしない。


「ずっと前に読んだ伝記でさ、『リュウビ』って名前の英雄が、自分を弱く見せようとして雷に怯える場面があったんだよ」

「へぇ……」


 ああ、僕も知ってるよ。その人の話。


「それでさ、気づいたんだよ。……あなたはわざと弱いふりをしている。わざと私に優しくしている。本当の自分を隠すために」


 本当の自分ってなんだよ。僕のことなんて何も知らないくせに。



「遊びは終わりだ。……正体を見せろ、魔王ジオハルト!」



 先ほどまでのデートこそが幻だったのか。優しげな少女の面影は残っていない。仇敵を睨みつける琥珀色の双眸そうぼうは、まさしく勇者のそれであった。


「よくも騙してくれたな。人間に化けて私の心を惑わすのがそんなに楽しいか!」

「人間に化けて……?」


 予想外の言葉にハッとする――セリカさんはとんでもない勘違いをしていた。僕の正体が人間ではなく、魔王だと思い込んでいるのだ。


「いつまでヒトの姿をしているつもりだ? 早く正体を見せろ!」

「……ははっ、ははははっ!」


 敵意をむき出しにする彼女を見て、腹の底から笑い声を出してしまった。



 そうだ。

 僕はもう人間じゃないんだ。

 人の心を失ってしまったんだ。

 邪悪な魔王――ジオハルトなんだ。



 勇者の宿命が困難に立ち向かうことだとすれば、魔王の宿命とはなんだ?

 悪行には、それ相応の代償を支払わねばならぬ。魔王が悪しき存在である以上、その宿命から逃れることはできない。必ず勇者に討たれる日がやってくる。


 きっと今がその時だ。


「セリカさん、あなたの言う通りだ。……私が魔王ジオハルトです」

「……!」


 セリカさんがビクンと肩を震わせた。疑念は確信へと変わり、彼女の心に怒りの炎を灯す。


「私の正体を見破ったのは、あなたが初めてだ。もはや姿形にこだわる必要もあるまい。その剣で私を討ち取ってみるがいい」

「やっぱり、お前は……」


 魔王の正体を暴いた勇者は、なぜか悲しげな表情を見せた。その声色には、騙されていたことに対する怒りや憎しみとは異なる感情が含まれていた。


「殺してやる……殺してやるぞ、ジオハルト!」


 セリカさんは悲壮な面持ちで剣を突き出す。鎧を装備していない以上、刺突を防ぐことなどできるはずもない。僕は丸腰のまま、彼女の裁きを受け入れた。


(アンナ、許してくれ)


 無責任だな。


 セリカさんと戦う選択肢を選べないのは、僕の弱さだ。

 でもこれでいいんだ。弱いだけの人間なんて、アンナにはふさわしくないのだから。


 冷たく光る剣先が喉笛を貫こうとする――その時、ポケットの中から乾いた電子音が鳴り響いた。


「!?」


 思わず動きを止めるセリカさん。異世界出身の彼女にとって携帯電話の電子音は聴き慣れないものだったのだろう。攻撃魔法を発動するためのサインか何かと勘違いしても不思議ではない。


「……ごめん。少しだけ待ってくれる?」


 バツが悪いとはこのことである。硬直した彼女の目の前で、僕は携帯電話を取り出した――着信相手はシエラさんだ。


「シエラさん? ちょっと今、大事なところなんだけど……」


 僕を助けるために電話をかけてきたのか? いや、彼女はそんなことをする性格じゃない。


『今すぐ自宅へお戻りください。国際指名手配中のテロリストが日本の小学校を占拠しました』


 急に電話をかけてきたと思えば、そんな話か。テロリストの相手なんて今までに何件もこなしてきただろうに。犯罪者ごときを恐れるようであれば、魔王は務まらない。

 ……正体を明かしてしまった以上、セリカさんを放置することはできない。兎にも角にも悪党どもを黙らせる必要があるし、彼女には休戦を持ちかけるべきか。


「事情は分かったよ。それで、テロリストの要求は?」



『……ジオハルトの死体です』

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