魔力ゼロからの成り上がり!気づけば最強の公爵家三男、隠れた力で世界を支配する

境界セン

第1話 見えない魔力の囁き

「レオン様、今日もまた、お一人で?」


透き通るような声が、静かな庭園に響いた。振り返ると、そこには幼い頃から世話をしてくれている侍女のセリアが立っていた。薄桃色の髪が風に揺れ、その瞳はいつも優しく、心配そうにこちらを見つめている。


「ああ、セリア。少し、考え事をしていただけだよ」


そう答えると、彼女はふわりと微笑んだ。


「おかしなことをおっしゃいますね。レオン様はいつも、そうおっしゃって庭の隅でじっとしていらっしゃる」


「そうかな? 僕としては、至って普通なんだけど」


肩をすくめて見せる。セリアは首を傾げた。


「普通、ですか? 普通の子どもは、もっとはしゃぎますよ。お兄様方のように」


「兄さんたちとは違うんだ。僕は」


視線を足元に落とす。公爵家の三男、レオン。それが僕の今の身分だ。この世界に転生してきて、もう十年になる。前世の記憶は朧げだけど、自分が日本人だったことだけは覚えている。そして、この世界の僕が「魔力ゼロ」と診断されたことも。


セリアがそっと僕の頭を撫でた。その手つきは、まるで壊れ物を扱うかのようだ。その優しさの奥に、セリアの瞳が微かに揺れるのが見えた。公爵家では、魔力を持たぬ僕に向けられる視線は、いつもそうだった。


「特別、か。僕には、そうは思えないけどね」


「あら、そんなことありませんよ。レオン様は、誰よりも優しいお方です」


彼女の言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。この家で、僕を特別扱いせず、ただ一人の人間として見てくれるのは、セリアだけだった。


「セリアは、僕の魔力が見えないだろう?」


「ええ、残念ながら。ですが、それがどうかなさいましたか?」


「いや、なんでもない。ただ、僕には見えるんだ。セリアの周りを流れる、淡い光が」


そう言うと、セリアは目を丸くした。


「わたくしの、魔力ですか? まさか、レオン様は……」


「そう。僕には、魔力が見える。生まれたときからずっと。そして、僕の体の中にも、誰にも見えない魔力が流れているんだ」


僕はそっと手を差し出した。掌に意識を集中させる。すると、微かな光の粒子が、僕の指先から溢れ出すのが見えた。それはあまりにも希薄で、まるで空気の一部のように透明に近い光だった。


「これは……?」


セリアが息を呑んだ。彼女の目には、僕の魔力は映っていないはずだ。だが、その表情には驚きと戸惑いが浮かんでいる。


「僕の魔力は、鑑定士には見えなかったらしい。あまりにも精錬されすぎていて、存在しないと判断されたんだ」


「そんなことが……? では、レオン様は、ずっとその魔力を隠して……」


「隠していたわけじゃない。ただ、誰も気づかなかっただけだ。僕がこの魔力を循環させることで、少しずつだけど、強くなっていることも」


僕は立ち上がり、庭の奥へと足を進めた。セリアが慌てて後を追ってくる。


「レオン様、お待ちください! それは、ご家族の皆様には……?」


「まだ、話していない。話す必要もなかったし、それに……」


言葉を濁す。この力を知られて、どうなるのか。期待されるのか、それとも危険視されるのか。どちらにしても、今の静かな生活が壊れるのは嫌だった。


「それに、僕にはまだ、やらなければならないことがある」


僕は空を見上げた。青い空に、白い雲がゆっくりと流れていく。この世界のどこかに、僕の探し求めるものがあるはずだ。


「レオン様は、何をなさるおつもりなのですか?」


セリアが不安げな声で尋ねた。


「まだ、秘密だよ。でも、いつかきっと、この世界を驚かせてやるさ」


そう言って、僕は小さく笑った。その笑みは、幼い少年のものにしては、どこか遠い未来を見据えているようだった。


「お兄様方にも、ですか?」


セリアが尋ねる。


「もちろん。特に、あの自信家のお兄様には、とっておきのサプライズを用意してある」


僕の脳裏に、兄たちの顔が浮かんだ。長男のアルフレッド、次男のベルモンド。二人とも、優秀な魔力持ちとして公爵家では一目置かれている。特にアルフレッドは、次期公爵として、その魔力と才覚を誇示している。


「ふふ、それは楽しみですわね」


セリアはそう言って笑ったが、その瞳の奥には、微かな寂しさが揺れていた。


「セリア、何かあったのかい?」


「いえ、なんでもございません。ただ、レオン様が遠いところへ行ってしまわれるような気がして……」


「そんなことはないさ。僕は、ここにいる。ずっと、セリアのそばに」


僕はセリアの手を握った。彼女の手は小さく、少し冷たかった。


「レオン様……」


セリアの瞳が潤む。その感情の揺れが、僕の魔力に微かな波紋を広げた。


「そろそろ、夕食の時間だ。戻ろうか」


僕はセリアの手を引いて、屋敷へと戻った。夕焼けが、僕たちの影を長く伸ばす。その影は、まるで未来の僕とセリアのようにも見えた。

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