第2話
屋敷の中は、いつも通りの喧騒に包まれていた。公爵である父、母、そして二人の兄。皆がそれぞれの場所で、それぞれの役割をこなしている。
「レオン、お前はまた庭にいたのか。風邪をひくぞ」
長兄のアルフレッドが、僕を一瞥して言った。その声には、心配よりも呆れの色が濃い。
「大丈夫だよ、兄さん。僕は丈夫だから」
「そうか。まあ、お前は魔力がないのだから、せめて体だけでも丈夫でいろ」
アルフレッドはそう言って、フンと鼻を鳴らした。その言葉に、セリアが眉をひそめるのが見えた。
「アルフレッド様、レオン様にそのような言い方は……」
「いいんだ、セリア。兄さんの言う通りだよ」
僕はセリアを制した。彼女の優しさが、僕を傷つけることはない。
「そうか。わかればいい」
アルフレッドは満足げに頷き、そのまま書斎へと向かっていった。
「レオン様、無理はなさらないでくださいね」
セリアが心配そうに言った。
「ああ、ありがとう。心配いらないさ」
僕は微笑んだ。心の中では、アルフレッドの言葉が反響していた。魔力がないから、せめて体だけでも丈夫でいろ。いつか、その言葉を覆してやる。僕の、見えない魔力で。
夜になり、自室に戻った僕は、ベッドに横になった。天井を見つめる。昼間、セリアに見せた魔力の光。あれは、ほんの一部に過ぎない。僕の体の中には、もっと深く、もっと純粋な魔力が満ち溢れている。
「この力があれば、きっと……」
僕は目を閉じた。意識を、体の中を流れる魔力に集中させる。それは、まるで清らかな水のように、淀みなく全身を巡っていく。呼吸に合わせて、魔力が膨らみ、収縮する。その感覚が、僕を安らかな眠りへと誘った。
———
翌朝、僕はいつものように朝食の席に着いた。公爵家の食卓は、いつも賑やかだ。
「レオン、今日の魔術の授業はサボるのか?」
次兄のベルモンドが、パンを齧りながら言った。彼はアルフレッドとは違い、僕に直接的な嫌味を言うことは少ない。ただ、僕が魔術の授業に参加しないことを、少し不思議に思っているようだ。
「ああ。僕には必要ないからね」
「そうか。お前も大変だな」
ベルモンドは軽く笑った。その笑みには、悪意はない。ただ、魔力を持たない僕への、純粋な同情が込められている。
「ベルモンド、レオンに余計なことを言うな」父である公爵が、厳かな声でベルモンドを制した。その瞬間、食卓に微かな沈黙が落ちた。父の視線が、一瞬だけ僕に向けられ、すぐに逸らされる。この家では、僕の魔力について触れることは、誰もが避ける暗黙の了解だった。
「申し訳ありません、父上」
ベルモンドはすぐに謝罪した。
食事が終わり、僕は自室に戻った。今日の予定は、魔力修行だ。誰もいない場所で、ひたすら魔力を循環させる。それが、僕の日課だった。
「さて、始めるか」
僕は静かに瞑想に入った。意識を集中させ、体内の魔力を巡らせる。魔力が全身に行き渡るたび、体が軽くなり、感覚が研ぎ澄まされていく。
その日の午後、僕は書斎で本を読んでいた。公爵家の書斎には、膨大な量の書物が収められている。歴史書、地理書、魔術書……。僕は特に、魔術に関する書物を好んで読んでいた。魔力が見える僕にとって、この世界の魔術は、とても興味深いものだった。
「レオン様、いらっしゃいますか?」
扉がノックされ、セリアの声が聞こえた。
「どうぞ」
セリアが入ってきた。その手には、一枚の招待状が握られている。
「王宮からの招待状です。王女殿下の誕生を祝う舞踏会だそうで」
セリアは華やかな装飾の羊皮紙を差し出した。その舞踏会が、この国の最高位の者たちが集う場所であり、様々な思惑が交錯する場であることは、僕にも容易に想像できた。
「王女殿下、か」
僕は招待状を受け取った。華やかな装飾が施されたそれは、この国の最高位の者が主催する催しであることを示している。
「公爵家からは、アルフレッド様とベルモンド様がご出席なさるそうです」
「僕は?」
「レオン様は、まだお小さいですから、今回は……」
セリアが言葉を濁した。魔力を持たない僕が、王宮の舞踏会に出る資格はない。それが、この世界の常識だった。
「そうか。わかったよ」
僕は静かに招待状をテーブルに置いた。心の中に、微かな波風が立つ。いつか、僕もあの舞台に立つ。魔力ゼロと嘲笑された僕が、誰よりも輝く存在として。
その夜、僕は再び魔力修行に没頭した。体内の魔力が、まるで激流のように渦巻いている。この力があれば、どんな困難も乗り越えられる。そう、確信していた。
数日後、アルフレッドとベルモンドは王宮の舞踏会へと旅立っていった。屋敷はいつもより静かで、僕は集中して修行に打ち込むことができた。
「レオン様、お茶をお持ちしました」
セリアが部屋に入ってきた。彼女はいつも、僕の修行を邪魔しないように、そっと気遣ってくれる。
「ありがとう、セリア。助かるよ」
僕はカップを受け取った。温かい紅茶が、体に染み渡る。
「レオン様は、本当に熱心でいらっしゃいますね。わたくしには、何のためにそこまでなさるのか、わかりかねますが……」
「いつか、わかるさ。僕がこの力を手に入れた理由が」
僕はカップを置き、セリアの目を見つめた。
「セリア、君は僕を信じてくれるかい?」
「はい、もちろんです。レオン様は、わたくしの光ですから」
セリアの言葉に、胸が締め付けられるような感覚に襲われた。この純粋な信頼に、僕は応えなければならない。
「ありがとう。その言葉が、僕の力になる」
僕は立ち上がり、窓の外を見た。満月が、夜空に輝いている。
その光は、まるで僕の体内に満ちる魔力のように、静かに、しかし確かな力で世界を照らしていた。僕の胸の奥で、見えない魔力が呼応するように脈打つ。いつか、この光で、世界を照らしてみせる。
僕は心の中で誓った。
魔力ゼロからの成り上がり!気づけば最強の公爵家三男、隠れた力で世界を支配する 境界セン @boundary_line
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