第15話。奈波と道中
長い夜だった。
私が一睡も出来なかったのは、
朝になり、私は依土と一緒に島に行くことにした。当然、バイトは休み。船を使って、島まで渡ることになった。
「依土ちゃんは、
甲板の上、ずっと海を見ていた依土が顔を上げた。
「澪音さんは先生が気にかけてる人です……」
「先生って、お医者さんなんだよね?」
「はい。私達のお母さんです……」
「あ、お母さんなんだ」
つまり、律月と依土は母親の病院で働いているということだろうか。
色々と聞きたいことがあったけど、さっきから依土が目を閉じて眠りそうで怖かった。海に落ちたら大変だから、私は依土の手を握ることにした。
「依土ちゃんってさ、手を握ることが好きなの?」
依土は律月とも手を繋いでいた。
「私達が手を握るのは癖みたいなものです……」
「癖?」
「はい。癖です……」
それって、仕事でよく握ったりするってことだろうか。病院で働いてるって話だし、他人に触れることに慣れていることなのかもしれない。
「こうしていると、心が通じ合う気がします……」
依土が両手で私の手を握ってきた。
「ただ、すべての患者さんが本心を語るわけではありません。時には嘘をつき、欺き、私達の苦しむ顔を喜ぶような人もいます……」
どこで働いても似たようなことはあるみたいだ。
「そんな時、仕事が嫌にならない?」
「はい。どんな命であっても平等ですから……」
命は平等。でも、命の価値は平等ではないと思ってしまった。もし、私と澪音のどちらか一人しか生きられない状況になってしまったら。
私は迷わず、澪音を選ぶと思った。
「なら、依土ちゃんは命の選択を迫られた時。何を基準にして選ぶの?」
少し、意地悪な質問だったかな。
「……助かる確率の高い方です」
依土は寂しそうに答えた。
「ごめん……」
やっぱり、意地悪な質問だった。
「
依土が私の体に寄り添ってきた。
「どんな綺麗事を口にしても、人は感情を優先してしまいます。それは、私も同じですよ……」
「依土ちゃん……」
私は依土の体を抱きしめた。もし、これから先何かを選択する必要があるとしたら。私はきっと自分の感情を優先してしまう。
それが人間だから。仕方ない。
船が港に着くと、誰かが立っているのが見えた。
いや、本当はもっと他にもたくさんの人が立っていたと思う。だけど、私の視線は彼女以外には向けられなかった。
私と依土は船から降りて、彼女に近づく。
「えーと、律月……」
名前を呼ぼうとして、止めた。
「はじめまして。だよね?」
律月と同じ顔をした女の子。私の言葉を聞いて小さく微笑んだように見えた。まるで、自分の子供が口にした回答が合っていたことを喜ぶ母親みたいな顔だ。
「はじめまして。私の名前は
依土が私から離れると、結火に近づいた。そのまま依土は結火の手を握ると、律月と初めて出会った時のように二人が並んで立つ。
「私は奈波だよ」
手を差し出すと、結火が握ってきた。
「もしかして、三つ子だったりするの?」
「いいえ。私達は四つ子です」
「え?四つ子?」
「ちなみに、この子は別です」
別って、どういう意味。私は疑問を口にせず依土の方を見た。答えづらいことなら、沈黙を選べるように私は気を使ってしまった。
「私達は三つ子です……」
「……え?」
予想外の答えに私は驚くことしか出来なかった。
「私達は七姉妹です」
「なんというか、凄い……」
七姉妹なんて、世の中を探せばどこかにいるかもしれないけど。三つ子と四つ子の組み合わせなんて珍しいと思った。
それに二人は双子のようにそっくりだから。
「私は次女。律月は長女。この子は六女です」
「じゃあ、みんな同じ病院で働いてるの?」
「はい。みんな同じ……いえ、三女の
つまり六人は同じ病院に居るというのだろうか。
「四女の
「わかった」
「では、立ち話も終わりにして。行きましょうか」
私は結火と依土についていき、澪音の居る病院に向かうことにした。歩いている間は、結火が依土の手を引くように進んでいた。
「依土、お泊まりして平気でしたか?」
「はい。奈波お姉さんが優しかったですから……」
二人が私の前を歩きながら会話をしていた。後ろから見れば、二人を判別するのは難しい。ここに律月と他の姉妹も加われば、完全にわからなくなる。
「あの……結火は澪音がこの島に来た理由を知ってるの?」
「いいえ。私達姉妹の中で澪音さんのお世話を一番していたのは律月です。ただ、律月も詳しい事情は聞かされてませんよ」
「そうなんだ……」
私に黙って澪音が消えたこと。その理由が知れたら、病院で顔を合わせた時に怒らずに済むと思ったのに。
「結火……あれは言わないんですか?」
「そうですね。覚悟をする時間は必要ですか」
結火が顔を動かして、私の方を見てくる。
「奈波さん。澪音さんは既に手術を受けています」
「……手術って、澪音は病気だったの?」
「病院に居ますから、当然何からの病気ですよ。ただ、直接的に命に関わるような病気で無いことは理解してください。術後の経過も順調で、手術は成功しています」
なんだろう。結火の言葉を聞いたのに私の心臓が激しく動いてる気がした。結火は私を安心させる為に言葉を口にしたわけじゃない。もっと、現実的なモノに目を向けさせようとしている。
「だったら、どうして……澪音は帰ってこないの?」
「帰る場所が無いからではないですか?」
「……っ、私、じゃなくても……澪音にはお姉ちゃんがいるから。澪音の居場所はあるよ!」
思わず、私は大きな声を出してしまった。
きっと、結火はそんな意味で言ったわけじゃない。
「では、そのご家族に澪音さんはご自身の病気について話をしていますか?」
「それは……」
「澪音さんの帰りたく場所を居場所だなんて言えるのは、奈波さんは本当に恵まれた人間なんですね」
ああ。私は勘違いをしていた。
感情を見せない律月。私に懐いてくれる依土。
二人を見て、結火も同じだと思っていた。
ずっと、結火は私のことを見下している。
「結火お姉ちゃん……」
「依土、仕事中にお姉ちゃんと呼ぶのはダメと言いましたよね?」
「一応、今は仕事中じゃないです……」
「……で、なんですか?」
依土が私の顔を見てくる。
「奈波お姉ちゃんは普通の人間……」
「ええ。知ってますよ」
「優しくしてあげてほしいです……」
結火が依土に顔を寄せた。
「いやです」
優しい笑顔をしながら結火は言葉を口にする。
「奈波さんも現実を目にすれば、自分がどれだけ自分勝手なことを言っているのか、ご理解いただけると思いますよ」
それ以上の会話はなかった。
私が言い訳を並べても、結火は優しいからすべてを否定すると思ったから。本当に結火から嫌われているなら、会話すら拒否されていたと思う。
私の中に覚悟があるかはわからない。
それでも、足が止まることはなかった。
どんな現実でも向き合わないといけないから。
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