第3話。奈波と友達
「やっぱり、厳しいか……」
配信者として活動を始める時にお母さんからお金を借りた。アルバイトをしながら少しづつ返したけど、それとは別に配信しているうちに色々と必要な物を買ってしまった。
それだけなら、自分の預金通帳を眺めながら頭を悩ませることもなかった。だけど、
「だから、こうして。遊びに行かずにわたしの家で過ごしてる」
「いやいや、私、仕事の話するって呼び出されたよね」
わたしの目の前には無駄に値段の高そうな椅子に座った澪音がいた。澪音の周りには高そうな機材がたくさんあって、私の配信活動がお遊びだと思い知らされる。
しかも、この防音室。家の中に置かれているのを見て驚いたけど、大手の配信者なら持っているのが意外と普通らしい。ただ、やっぱり、少し熱がこもっているように感じる。
「
「ちょっ、恥ずかしいから見ないでって言ったよね」
「いーじゃん別に。わたし、奈波がお料理配信を裸で初めたとしても。応援するから」
「絶対やらないから!」
そんなことしてアカウントが停止されたら、元も子もない。私には炎上覚悟で大きなことをする勇気も無いし、他人に迷惑をかけずに続けている人は尊敬している。
「で、配信見て気づいたんだけど。奈波のマイクの音質悪いよね?」
「一応、レビューとか見ておすすめのやつを買ったんだけど。ノイズが入るってコメントもあったし」
「やっぱり、奈波の家に行けばよかった」
「ごめん。今日はお母さんの親戚の人が来てるから」
澪音には会わせたくない人もいる。
「まあ、今度行くから問題ないけど」
私は気になったことがあった。
「澪音ってさ、一人暮らし?」
「そうだよ。でないと、こんな防音室、部屋に突っ込めないでしょ」
「ふーん。そんなに稼いでるんだ」
嫌味を口にしたけど、私は澪音に嫉妬しているわけじゃない。お互いの差が大き過ぎると、逆に応援したくなってくる。
「まーね!」
それに澪音も、まったく気にしていない。
「そういえば、お姉さんが居るとか言ってなかった?」
「ああ。お姉ちゃんは実家で暮らしてる。この家には時々来るけど、だいたいは仕事の用事かな」
思い出した記憶には、怖いという印象が残っていた。
「私を手伝ってくれるのは、ありがたいけど。仕事とかって平気?」
「んー最近は落ち着いてるからね」
澪音はパソコンの操作を始めた。
「奈波はエレンの配信見たことある?」
「見てない、けど……」
「なら、一度見てよ」
モニターに映し出される映像。そこに映っていたのはエレンの生放送のアーカイブだった。ただ、私が見ているのは、画面に表示されたコメントとクラゲのアイコンが中央でぐるぐる回っている様子だった。
すると、エレンの声が流れ始める。コメントを拾って適当に読み上げているけど、コメントの流れる速さに追いついていない。
「この配信、どう思う?」
「どうって、ただの雑談配信じゃないの?」
「そう。ただの雑談」
澪音が見せたのは、その再生数だった。
「これはわたしが二回目の配信をした時のやつ」
「なにこの再生数……」
私が出した一番再生数の多い動画ですら、エレンの動画には届いていない。
「びっくりだよね。こんなに人が集まるなんて想像もしてなかった」
「一応、エレンって有名なんでしょ」
「エレンが有名なのは歌だよ。配信者としての実力はさっき見てもらった通り。画面構成もダメダメでコメントを拾うのも遅い」
配信出来るているだけでも凄いと思うけど。
「つまり、奈波に必要なのは歌だよ」
「ごめん。ちょっと理解出来ない」
澪音がマウスを操作して、画面を切り替える。
「エレンの歌って、基本的にソロ曲だから。デュエット曲を出したら、バズると思うんだよね」
「ふーん」
「もちろん、デュエットの相手は奈波だよ」
「はあ?」
何を言い出すかと思えば。エレンと一緒に歌を歌う。その意味を澪音が理解していないとは思いたくない。
「ほら、この配信。奈波が鼻歌歌ってるやつ」
「ちょっ、マジなんで知ってるの!」
「はは。奈波の動画、全部見たからね」
天才の無駄遣いとは、まさにこのことだ。モニターを何枚も使って、私の動画見たと考えたら。澪音ならやりそうだと思った。
「懐かしいなーナントカ戦隊の曲だよね」
「その曲、妙に頭に残るから……」
「奈波も歌が嫌いなわけじゃないんだよね?」
嫌いになる方が珍しいと思うけど。
「私の歌唱力なんて、カラオケで歌う程度。エレンの実力には到底、釣り合わないと思うけど」
「もちろん、初めからエレンの曲として出すのは厳しいってわたしもわかってる。だから、まずは歌ってみたを出そうよ」
歌ってみた。アーティストさんが歌っている曲をカラオケ音源を利用して、自分が歌い。それを動画としてアップロードする。
収益は見込めないけど、注目度を集めるという意味では正しい選択。だけど、それはそれで最低限の歌唱力が無ければならない。
「でも、それだと最初のインパクトが薄れない?」
「エレンの歌ってみたを聞きに来る人なんて、一部の人だけだから。よほど有名な歌でもなければ、再生数も回らないはずだけど」
「それなのに、わざわざ歌みたを上げるの?」
「まあ、いきなりナナちゃんとコラボデュエットなんて出したら。売名行為。なんて、言われかねないからね」
それは少し、考え過ぎだと言いたかった。だけど、世の中、何気ないことで炎上するし、澪音が気を使う理由もわかる気がした。
「もしかして、私のマイクを確認したのって、歌みたを撮るため?」
「そうだよ。ただ、最初はナナちゃん一人で歌ってもらうことになるけど」
「いやいや、だから、無理だって」
私に歌唱力があれば、初めからそっちの方向で頑張っている。
「わたし。奈波の声、好きだよ」
「あーその顔で言わないでー」
ほんと、澪音は他人を惑わせる顔をしている。高校生の時だって立ち回りさえ間違えなければ、男女関係なく全員落とせたと思うくらいには、顔の出来がいい。
「奈波はさ、今自分が立っているところに満足してる?」
その問いかけは、澪音の意思確認だと思った。
「アルバイトしている時に思わない?自分のやりたいこともせずに、どうして、こんな場所に居るんだろうって」
「それは……」
「わたしはコンビニで働いている奈波を見て、凄いと思ったよ。今のわたしは普通であることが耐えられない。でも、奈波が満足してるなら、邪魔をするつもりはないから」
澪音は私の為にやってくれている。天才が凡人の私に合わせてくれている。それを安い同情と切り捨てるのは、馬鹿のやることだと思った。
だって、澪音は私の友達だから。
「私……もっと、有名になりたい……」
「なら、さっそく……」
「でも!それは……自分の実力で有名になりたいと思ってるから……エレンの力は借りたくない」
私は友達のことを利用したくない。
誰かを利用して、手に入れたモノなんて、私は大切に出来るとは思えないから。澪音の提案を断ることしか出来なかった。
「それって、エレンじゃない、わたしのことは頼ってくれる。って、認識で合ってるよね?」
「うん。でも、直接、私の活動に関わるのはダメ」
「奈波は難しいこと言うね」
澪音が私に微笑みを向ける。
「いいよ。わたしは奈波を陰ながら手助けをする」
「そんなこと、ほんとに出来るの?」
「はは。わたしは天才だから出来るよ」
「澪音って、頭はあんまりよくないから心配……」
私は不安を抱きながら、これからは澪音と一緒に頑張ることにした。
行き詰まった現状を変えるために。
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