第2話。奈波と仕事
「いらっしゃいませ」
今日も私は仕事をして、働いている。
コンビニでのアルバイト。掛け持ちしている仕事の一つだけど、正直、一番しんどい。一人で適当にやれるなら、私が死んだ魚の目をしながら働くこともなかった。
「
いつも私の働く時間にいる、おっさ……お兄さんは私のことを気安く名前で呼んでくる。やめてほしいと頼んでみたら、同じ名前の子と紛らわしいとか言い訳をされて、めんどくさいから結局そのままにしてる。
「はい。そうですね」
誰も居ない時には私に声をかけてくる。
それは私が作業中でもおかまいなしで、自分の趣味の話を永遠としてくる。いつもなら、馬の耳に念仏という感じに無視をするところだけど、今日に限って気になる話題をふってきた。
「エレンって知ってる?」
「エレン……」
「ほら、今流れてる曲」
店内の曲は音楽サイトの人気曲が自動で流れているらしいけど。コンビニのBGMなんて気にしたことなかったし、そもそも流れてる方が珍しいと思っていた。
「人気なんですか?」
「そりゃもちろん。エレンの曲を使って、踊ってる動画がいくつも上がってるし、映画の主題歌なんかも歌ったことがあるんだよ」
「なら、テレビとかにも出てるんですか?」
「いや、エレンは顔出ししてないからね」
顔を出してない。ネット上で活躍しているなら顔を出さないのも普通だろうか。自分の顔を売りにしてる人もいるし、エレンのように声を届けたい人だっている。
そう考えた時、私は何を誇って配信をしているのか。簡単に答えの出せないのは、ずっと目標を見失ったまま続けてきたからだった。
「ところで奈波ちゃん、連絡先を……」
「いらっしゃいませー」
扉から入ってきた人物。深く帽子を被り、黒いマクスとサングラスを付けている。見るからに怪しい人だけど、強盗だったりして。
「奈波ちゃん、僕は奥で作業してくるよ」
「あ、はい……」
アイツ、逃げやがった。
お兄さんは体が大きいのに中身はチワワのように臆病者だった。いや、チワワは吠えるだけまだ勇ましいとは思うけど。
「お姉さん。スマイルをテイクアウトで」
レジまで来た不審者は、ふざけた注文をしてくる。
「……ねえ、何しに来たの?」
「あのさ、奈波。ネットにあれこれあげるのは危ないからやめなよ。こうして、わたしは奈波の仕事先特定出来たのだって、奈波の危機感が足りないからだし」
やっぱり、澪音だった。
澪音はサングラスと帽子だけを外した。
そこには昔と全然変わらない、澪音の姿があった。男の子みたいな短い髪。それに合わせたような格好。マスクの上からでも伝わる、魔性の顔つき。
澪音の体を構成するパーツ一つ一つが芸術品のようだと思った。私が羨ましいと思うのは、澪音の傷一つない、白い肌くらいだけど。
「いや、どうやって特定したの?」
「コンビニで働く時間がわかったから、近所のコンビニ歩いて回った。ただ、奈波が住んでる場所を知らないと、地域の特定は不可能だと思うよ」
ずっと実家暮らしだから、澪音がコンビニを探し当ててしまった。それに以前のつぶやきで母親の声が入ってることもバレてるだろうし、澪音なら私の住んでる場所は特定出来てしまう。
「ていうか、こっちに住んでたの?」
「あー最近戻ってきたからね」
高校を卒業した後、澪音は遠くに行ってしまった。それからケータイでやり取りをしていたけど、段々と面倒になって。私は澪音と連絡を取らなくなっていた。
こっちに戻ってきたのなら、私に会いに来ればよかったのに。そんな簡単な言葉を声に出せなかったのは、私がずっと澪音の存在を忘れていたからだ。
私は澪音に会いたいなんて、少しも考えていなかった。だって、こうして顔を合わせると、余計に現実に目を向けてしまうから。
「でさ、奈波は配信しないの?」
「は?何言ってるの?」
いきなり何を言い出すかと思えば。
「コンビニで働かないで、配信したら?」
「馬鹿なこと言わないで。働かないと、お金が貰えない。お金が無いと、生活が出来ない。配信一本で食べていけるほど、世の中は甘くないでしょ」
「わたしは食べていけるよ」
私はイラッとした。
澪音から悪意が感じない分、余計にタチが悪い。ここで私が声を上げても、澪音に私の考えがどの程度伝わるかもわからない。
「私は……澪音じゃないんだよ……」
ただ、頭に上った血が急速に引いていくような感覚があった。仕事中、常識の通じないクレームの対応をすることもあったせいか、澪音の相手もすることも似たようなものだと思ってしまった。
「だったら、わたしになればいい」
澪音がレジから離れて、出て行った。
「どういう意味?」
その問いかけに答えてくれる人はいなかった。
「お疲れさま」
コンビニのバイトが終わり、外に出ると澪音がスマホを片手に座り込んでいた。
「ずっと、待ってたの?」
「んーいや、その辺散歩してたけど」
そういえば、私がコンビニで働く時間特定してたんだっけ。仕事中以外にスマホでネットにつぶやくのは気をつけないと。
澪音が立ち上がり、私に近づいてくる。
「……っ」
すると、澪音が頭を下げた。
「さっきはごめん」
その謝罪は何に対してだろうか。
「コンビニに行ったのに何も買わないで出るなんて、非常識だったよね」
「……」
私は拳を握った。
「くらえ、猫パンチ」
「いたーい」
きっと、私はわかっていた。澪音の言っていたことは何よりも正しくて、何よりも間違っている。可能とするには才能や努力が必要で、両方持ってない私は叶えることが出来ない。
「澪音。教えてほしいことがあるんだけど」
「なに?」
澪音が顔を上げ、私と目が合った。
「私に配信者としての才能はあると思う?」
もし、澪音から才能が無いと言われたら諦めれるような気がした。配信の時間も働けば、もっとお金を貯めることも出来る。時間の有効活用。私にはそれが出来る。
「奈波ちゃんには、才能はないよ」
ハッキリと言われてしまった。
なのに、悲しくないのは、私は初めから気づいていたから。自分には才能が無い。だから、配信者を続けることは無駄だとわかっていた。
「だから、配信をしよう!」
「いや、何言ってるの?」
澪音が私の手を握ってきた。
「奈波ちゃんは自分に才能があると思って、配信者になったの?」
「それは……」
そんなわけない。
私が配信者になることを選んだ理由。世界が閉ざされ真っ暗だと思った時。スマホで見た動画に元気を分けてもらったから。
同じように私も誰かの笑顔になれたらいいなと思って、配信者になることを決めた。例え、才能が無くたって。信念は確かにあったはずなのに、私は見失っていた。
「わたしが今でも歌を続けてるのは、奈波ちゃんに出逢ったからだよ」
「え……?」
私と澪音の出逢いはろくでもなかった覚えがあるけど、澪音が本当に大切にしている記憶は他に存在していた。
「あの文化祭の日。ブーイングまみれの酷いステージで、わたしと奈波ちゃん。みんなで演奏した音楽が、わたしの胸の中で今も響いてるんだよ」
澪音の信念みたいなものが伝わってくる。
「バカじゃん……あんなのただの……」
あの時、私は何も残せなかった。
「わたしにとっては、頑張る理由になったよ」
だけど、澪音の心には確かに熱が残っていた。
私がずっと手に入れること出来なかった。
それは、希望みたいなものだと思った。
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