第5回 希望を奪っているのは、“表”か、“陰”か(前)
前回の続きです。
今日はもう働ける精神状態じゃないと思い(これは単なる逃げかもしれないけど)、降りる予定の停留所の前で降りて、早めに会社に電話しようとしました。
でも、車の往来が激しい道端で電話なんかしたら、「外にいるのに休みの連絡するって、ズル休みする気じゃないか」と思われるんじゃないかと思って、なかなか電話ができず。
なるべく早く、疑われない静かな場所を探して歩いて、結局、降車予定の駅までやって来てしまいました。
もう出勤時間も迫っていたので、少しでも静かな地下道に入って、ようやく休みの連絡ができました。当然ながら、少し怒られました。
書類を書く際にうっかりポロッと言ってしまっていたこともあり、上司から何かあったのかと訊かれましたが、「何もないです。私自身の問題なので」と答えました。「心が重い」とその時の状態も言いましたが、理解されていたかはわかりません。
この時のやり取りで、クリニックに行きますと言ってしまったので、しばらく休みをもらい、急遽、診察予約をしました。本当は翌月に行く予定だったんですけど、思いも寄らない予定変更でした。
なかなか予約を取るのは難しいんですが、運良く翌々週に一つ空きがあり、申し込みました。
予約変更でクリニックに行くと、先生からは「どうしましたか?」と、少し戸惑うような感じで訊かれました。
私は、突然襲われた理由のわからない不安を打ち明けました。1日目は普通に働けたことも、特に嫌なこともなかったことも、新しい職場で長く働くつもりでいたことも話しました。
お風呂で右手が震えたことは、一度切りだったし今もなんともないから関係ないと思い、この時は先生に言っていませんでした。
私がお世話になっているクリニックの先生は、こちらから訊かなければ病名を教える方ではありません。病名を告げてさらに不安を煽らない、という気遣いなのかもしれません。
なのでこの日は状態だけ話して、不安を軽減させる薬を処方箋を出してもらい、1ヶ月様子見となりました。
その後。上司にも、クリニックに行ったことを報告。この時から、LINEでのやり取りになりました。
薬ももらったし、不安も次第になくなっていくだろう。そうすれば、職場にも復帰できる。
この時はまだ退職するつもりはなかったので、そう前向きに考えていました。
ところが。仕事のことを考えたり、上司とやり取りをしていると、次第にある症状が出るようになりました。
一度無視していた手の震えが、また出始めたんです。
上司からLINEの通知が来ると、身体が強張り、自分の意思と関係なく手が震え出し、止まらなくなるようになりました。メッセージを返そうにも、震えが収まるまで文字もまともに打てません。
震え出すと、なかなか収まりません。長いと、1分は震え続けました。気持ちを落ち着けないと止まらないんです。
精神的な原因だとはなんとなくわかってましたが、この症状はいったい何なんだろうとネットでいろいろ調べてみましたが、しっくりくる病名はありませんでした。
そんな、ある日の深夜。何気なく見ていたトーク番組で、「不安症」をテーマにやっていました。その症状のなかに“震え”とあって、もしかしたら「不安症」なのかもしれないと気付いたんです。
「不安症」という文字の印象から、あんまり重くなさそうな気もしますが、昔は「不安障害」と言われていたようです。れっきとした、精神疾患なんです。
というか。20代で自分が「うつ病」の可能性があると知った時と、まるで同じでした。人生には時々、こういう“気付き”の瞬間があるんだな、と。
次の診察の時に、先生に訊いてみようと思いました。
しかし。自身の病名をはっきり知る前。
予期せぬ出来事は、やっぱり突然やって来るものですね。
ある日急に、上司よりも偉い人である責任者が私の現在の状態を知りたいから、電話で話したいというんです。
この時には、上司とか関係なく、その他のLINEメッセージの通知が来るたびに反応して震えていたので、電話もできるか不安でした。でも、しっかりと状態を知ってもらわなければならないので、了解しました。
でも、いざ電話が掛かってくると、震えは出なかったものの、やっぱり身体が強張って、指の一本すら動かすことができませんでした。何度か掛かってきましたが、全て出られませんでした。
責任者から電話が掛かってきたのは、その日だけ。そのあとは、上司からLINEも来ませんでした。
私のことで、二人でいろいろと相談を重ねているんだろうか。でもこのままだと、最悪の結末になるのは免れない。だけど、自分から連絡することもままならない。
私は、再びどちらから連絡が来るのを待つしかありませんでした。
そして。責任者から電話あって、3日くらいが経過した日。私は、いつもほとんど開かないSMSのアプリを開きました。
そしたら、責任者からのメッセージが届いていました。
空白の3日間、メッセージが届いていたことは、全く知りませんでした。電話だけだろうと思って、電話番号を登録していませんでした。だから、「連絡先未登録の不明な差出人」として弾かれ、通知すら表示されなかったんです。
責任者からは、合計4通のメッセージが送られて来ていました。うち3通は電話が来た日で、「電話に出て下さい」といった内容でした。
最後の4通目は、
「継続して勤務する意思がないと判断し、契約は今月末までとさせて頂きます」
というようなことが書かれていました。
つまり、“クビ”です。
今までは自己申告で退職してきましたが、“クビ”を宣告されたのは初めてでした。
ショックはありました。SMSで連絡が来るなんて思っていなかったから、連絡先を登録してなかった自分も悪いかもしれない。だけど。
どうしてその判断を下す前に、もう一度LINEをしてくれなかったんだろう。そうしたら、症状のことだって言えたのに。
できればこれからも働きたいという意思も、上司に伝えていたはずなのに。私のその意思は、大して尊重されることもなかったんだろうか。
会社側の切り捨て判断は、既にある程度決まっていたんでしょうか。そして、電話に出られないほど症状が重いと、思い込まれたんでしょう。憶測に留まるけれど、そう考えずにはいられません。
最後のメッセージを確認した私は、メッセージに気付いたばかりだったということを添え、退職を了承した旨を返信しました。
その後。ユニフォームなどの返却の連絡が、上司からLINEで来ました。
この話のくだり、まだ次回に続きます。長くてすみません。
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