【完結】追放聖女、和風異世界にてただいま呪具屋開店中!〜仕事も恋も大騒ぎのはちゃめちゃスローライフ〜

阿良春季

第1話 スラム育ちの聖女・前編

 黒く、酷く嫌なモヤが辺り一面に蔓延している。


「セラフィナ・ブライトンが、パナギヤの民の安寧と一層の繁栄をお守りいただくよう女神にお祈り申し上げます……」


 パナギヤ国唯一の聖女、セラフィナ・ブライトンは純白の衣装に身を包み、神殿にて一心に祈る。だがその表情は眉間に皺を寄せて苦しそうだ。

 祈りの最中でも黒い嫌なモヤは汚物のような臭いを放ち、ヘドロのようにセラフィナに纏わりついている。


 ――下賤な貧民窟出の分際で!

 ――ゴミを漁って生きていたんですって?


 耳元でモヤがセラフィナの出自を嘲笑う。

 モヤの正体は不特定多数の悪意や害意、敵意だ。

 こんなこと今までなかった。初めてのことである。何か不吉なことの前触れだろうか。


(スラム育ちの私なんかが聖女になったから……)


 悪意のモヤに罵倒され、セラフィナはつい弱気になる。しかしその弱気もモヤの瘴気の影響だろう。

 そのまま不安に押し潰されそうになるとまたセラフィナの耳元で声がした。


 ――あれー? 聖女サマってばこーんなとこで諦めちまうのお?

 ――はーん、まあまあ、出来ないってんなら、まあ、仕方ねえよなあ?


 それは知らない男の軽口。優しいようで明らかに小馬鹿にした声色である。

 

(知らない男の人の声……だけど……)

 

 ――出来る出来ないはさー、もう人それぞれだからさー? 出来なくても仕方ない仕方ないっ! なっ?

 

(くっそムカつくなこいつ!!)


 ヘラヘラとこちらを馬鹿にしてくる男の声に、セラフィナはぎりっと歯軋りして閉じていた目をカッと見開く。


「うるっさい! 黙ってろ◯んこ野郎!!」


 謎の男の声に思いっきり下品な言葉で罵り返した瞬間、ごうっと「聖女の力」は爆風のように一気に神殿中に広がった。

 ヘドロのような悪意のモヤはその爆風によって消し飛ばされ、跡形もなく消えていく。


「あ……」

 

 セラフィナはキョロキョロと辺りを見回す。そこはいつも通りの神殿である。壁も天井も床も全てが真白い石で造られた、僅かな汚れ一つもない空間だ。

 神殿の中央には禊のための水場があり、その向こうの祭壇には神器である手鏡が祀られている。彼女は水場と祭壇の間にいた。

 夜明け色の明るい橙の双眸で正面に祀られている手鏡を見つめる。

 手鏡にも異変はない。

 

「セラフィナ様?」

 

 側で控えていた侍女のユネが心配そうに声をかけてくる。


「どうかなさいました?」

「えーっとえっと、悪意のモヤモヤがあって、それを吹き飛ばしたの。凶兆じゃないといいけど」


 慌てて弁明しつつも首を傾げるセラフィナの言葉にユネは不安そうに辺りを見渡す。しかし聖女ではない彼女には何も、先の爆風すら見えていない。

 このままではいきなり虚空に向けて汚い言葉を大声で喚いた危険人物である。

 なのでセラフィナは真面目くさった顔で誤魔化す。

 

「嫌な予感がするなあ。神官に連絡して……いや、いいや私から言っておく」

「……シオン様ですか」

「うん」


 ユネからシオンと言う名を出されて、セラフィナは嬉しそうに微笑んだ。神官のシオン・トライゾンと言う青年はセラフィナと仲が良い。仲が良いと言いではなく、二人は許嫁であった。

 聖女が婚約者と言うのは珍しいかも知れない。しかし今代の聖女であるセラフィナには特別な事情があった。

 不意にセラフィナは顔を上げて眉を顰める。


「……うわ凶兆」


 小さく呟いたと同時に、コツコツと真白い床を叩くヒールの音がセラフィナとユネに近付いてきた。


「今のは何事なの!?」


 程なくして二人の前に現れたのは燃えるような赤い髪を靡かせた若い美女であった。セラフィナが愛想笑いを浮かべる。


「これはフスティシア様、お元気そうで何よりです」

「さっきの汚らしい大声は何!? ゴミ漁りはこれだから!」


 赤い髪の女、フスティシア・フォーの刺々しい表情と罵声にセラフィナの愛想笑いが固まる。

 セラフィナの顔を見る度に彼女はこんな風に罵ってくる。

 スラム育ち、ゴミ漁りのセラ。

 それが聖女セラフィナ・ブライトンの蔑称だった。





⭐︎⭐︎⭐︎あとがき⭐︎⭐︎⭐︎


第一話前編お読みくださりありがとうございます!

毎日前後編で更新予定です。

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