第5話 好奇心と偏執
その夜、遥斗はひとり、厨房に忍び込んだ。
冷蔵庫を開ける。
中には、残りわずかとなった銀色のパック。
そしてその奥――
ラベルが微妙にズレたパックが一つだけ、ひっそりと置かれていた。
「……これか」
封を切り、そっと匂いを嗅ぐ。
保存食特有の磯の香りに、わずかに混じる異臭。
普通の人間には気づかないかもしれない。だが、遥斗にははっきりと分かる。
これは、違う。
味も、香りも。製造元の住所表記まで微妙に異なっている。偽装品だ。
棚の奥をさらに探ると、透明な袋がひとつ見つかった。
中身は粉末状の白い物質。英語のラベルにはこう記されていた――「Ricin」
リシン。少量でも致死性のある、強力な毒物。
「……これで、確定か」
翌朝、遥斗はその証拠品を教授に提出した。
すぐに封をされ、警察が到着するまで厳重に保管されることになった。
「誰がやったんだろう……」
誰かがぽつりと呟いたが、遥斗は何も答えなかった。
ただ、ひとつ――思っていた。
犯人は、千花自身だったのではないか。
本物の茎わかめが、もう手に入らないことへの怒り。
自分以外の誰かが、先にあの味を楽しんでいたことへの妬み。
あるいは、劣化品を“本物”として出されたことへの、こじれた復讐心。
千花は毒を仕込んだ。
誰か――
あるいは全員に、それを食べさせるつもりだった。
だが、パックを取り違えたのか。
それとも、夜中に誰かが冷蔵庫を開け、無自覚に並べ直したのか――
結果として、自分自身が、その毒を口にしてしまった。
滑稽で、哀れで、どうしようもない。
だけど、それが人の命を奪ったのだ。
くだらない偏執が、命を断った。
遥斗の脳内では、まだあの“音”が鳴っていた。
少しだけ不協和音を帯びながら、静かに、反復するように。
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