第6話北側の罠と見張り台

  翌朝。

 まだ太陽が昇りきらないうちから、村はざわついていた。

 家々の前を村の男たちが行き来し、柵の点検や補強を始めている。

 昨日の遠吠えが、よほど不安をかき立てたらしい。


「……雰囲気がピリついてんな」


 家の外に出ると、レンが心配そうに袖を握った。


「ねぇ、おにーちゃん……やっぱり、魔物……来るのかな」


「……わからない。でも、来たら追い払うさ」


 自分でも強がりだと思う。でも、そう言わないと彼女を安心させられない気がした。


「今日は何か、俺にも手伝えることあるか?」


 そうレンに尋ねると、彼女は周囲を見てから答えた。


「……村の入り口で、高い見張り台を作るって……でも、よそ者は近づくなって言われちゃうかも……」


「……行くだけ行ってみるさ。黙って見てるだけより、マシだろ」


 ◇


 村の入り口では、丸太を積んで簡易的な高台を作る作業が始まっていた。

 木を担いだ男たちが俺を一瞥し、眉をひそめる。


「……お前か。昨日の……」


「見てるだけかと思ったが、何の用だ?」


「俺にも手伝わせてくれ。何か道具も出せるし……」


 そう言って両手を差し出すと、男たちは顔を見合わせて肩をすくめた。


「……まあ、人手は足りん。怪しい真似をしたら追い出す。それでいいなら、そこに立て」


「わかった」


 俺は頷き、近くに置かれた木材を抱えようとする。……が、想像以上に重い。


「ぐっ……!」


「ははっ、持てねぇのか? 無理するな、よそ者」


 周囲から小さな笑いが漏れる。

 悔しさを噛みしめながら、俺は頭の中でイメージを固めた。


「……じゃあ、こういうのはどうだ」


 ――ハンマー。釘。ロープ。


「出ろ……!」


『承認』


 目の前に落ちた道具たちに、男たちの目が見開かれる。


「なんだ、それは……どこから……?」


「気にすんな。便利なもんさ」


 俺はハンマーを取り、釘を打ち始める。カンッ、カンッ、と乾いた音が響く。

 木材がしっかり固定されていくのを見て、男たちはざわめきを漏らした。


「……こりゃ便利だな」


「確かに、こいつがいれば早いぞ」


「……お前、意外と使えるじゃないか」


 いつの間にか、男たちの声が柔らかくなっていた。

 俺は汗を拭いながら、苦笑いを返す。


「だろ? これでも役には立てるんだ」


 そんなやり取りをしていると、柵の外から走ってくる人影が見えた。

 見張りに出ていた若い男が、肩で息をしながら叫ぶ。


「森の縁に……黒い影を見た!」


 その声に、場の空気が一気に張り詰めた。

 作業をしていた男たちが武器を手に取り、周囲を見渡す。


「……また出るかもしれんぞ!」


「落ち着け! まだ影を見ただけだ!」


 怒号が飛び交う中、レンが駆け寄ってきて俺の袖をぎゅっと引いた。


「……おにーちゃん、どうしよう……?」


「……大丈夫だ。まだ影を見ただけだし、ここには俺もいる」


 そう言ったものの、俺の胸はざわついていた。

 このままではただ待つだけだ。何か手を打たなきゃ――。


 ◇


 俺はすぐに村長の家へ向かった。

 村長は既に、地図のように描かれた羊皮紙を囲炉裏の横に広げていた。


「……来たか、よそ者」


「さっきの影の話、聞きました。……魔物は、どの方角から来る可能性が高いんです?」


 村長はしばし黙し、指で地図の北側をとん、と叩いた。


「地形的にな。南と東は崖、西は川じゃ。奴らが来るなら、森のある北しかない」


「……北側、限定ってことですね」


「うむ。ただし、あの手の魔物は群れをなす。頭数をそろえるまでそう簡単には攻めてこぬ。おそらく……後、二、三日は猶予があるじゃろう」


 俺は腕を組み、地図を睨んだ。

 ――二、三日の猶予。北側からしか来ない。

 脳裏でゲームのマップやタワーディフェンスを思い出す。


「……なら、こうしましょう」


 思わず声に出していた。村長が俺を見る。


「言ってみい」


「北側の門に近い場所を、ぐるりと囲うように掘りを作るんです。その中に、落とし穴を仕掛ける。穴は深く掘って、底には竹を鋭く加工したものを刺しておく。

 上からは草や枝で隠せば、魔物は気づかず落ちるでしょう」


 村長は眉を上げたが、否定はしなかった。


「ほぅ……なるほど、罠か。だが、それだけでは……」


「わかってます。現在見晴台を建てています。

そこに弓を扱える人を配置して、遠くからでも

応戦できるようにする。

 俺も手伝います。道具なら、俺が出します」


 自分でも信じられないくらい、言葉がすらすら出てくる。

 まるで昔遊んでいたゲームの戦術を、そのまま現実に持ち込んでいるような感覚だった。


 村長は少しの間考え込み、やがて深く頷いた。


「……よかろう。やってみる価値はある。人手を割くが……二、三日のうちに終えればいいのだな?」


「はい。俺も動きます。大きな道具が必要なら言ってください。たぶん……俺なら出せます」


 村長の目が、初めてわずかに感心したように光った。


「よし、ではすぐに男衆を集める。お前も来い」


 ◇


 村の北側、門の近く。

 俺はスコップを両手に持ち、村人たちと並んで土を掘り返していた。

 最初は訝しげだった村人たちも、俺が次々と出す道具に驚き、やがて黙々と作業を進めていく。


「こりゃすげぇ……こんなに早く掘れるとはな」


「よそ者、なかなかやるじゃないか!」


 落とし穴の底では、鋭く尖らせた竹が次々と打ち込まれていく。

 レンは少し離れたところで、その様子を心配そうに見守っていた。


「……おにーちゃん、すごいね……」


「ゲームでよくやった作戦だよ。まさか役立つ日が来るとは思わなかったけどな」


 夕日が傾きかけるころ、落とし穴の隠し蓋が完成した。

 さらに門の脇には簡易的な見張り台が組み上がり、弓を手にした男たちがそこに立った。


 村は小さな要塞のように変わりつつあった。

 俺は額の汗をぬぐい、レンに向かって笑った。


「これで少しは、安心できるだろ」


 レンも、初めて心からの笑顔を見せてくれた気がした。

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