第2話 未来を見る男
ネオンの光が滲む都会の夜景を横目に、彼女は本を読みながら静かに座っていた
月の光を反射し煌めく長く美しい髪が肩に落ち、街の光がその瞳に映り込む
美しき少女の顔には、どこか物憂げな影が漂う
車は滑るようにアスファルトを走り、ビルの群れが流れていく
沈黙を続ける彼女に老人は問いかける
「一つ聞いてもよろしいかな?」
少女は本の文字に瞳を沈めたまま、けだるい声で答える
「別にいいけど、なに?」
「興味本位で聞くのですが、人の心が読めるとはどんな気分なのですかな?」
少女はページから視線をそらし、興味深げな色を瞳に宿して、老人の顔を静かに見つめる
「私はね、子供の時、事故を起こして脳を少し損傷してしまいましてね、人の心が全くわからない後遺症を患ってしまったのですよ」
「社会性感情障害(ソシオパシー) ね、確か、自分以外の人間の感情に対する共感や罪悪感が極端に乏しく、自己中心的な行動をとったり衝動的な行動を
取ったりする症例だったかかしらね」
「そうです、後遺症のせいというだけではないのかもしれませんが、私は人の心がわからずに家族ともうまくいかずに離縁、誰ともうまくやっていけず
友と呼べるものが一人もできず、いつの間にか、このような裏家業のようなことをして生きることになってしまいましてな
なにせ相手がなぜ怒ってしまうのか、わからない なぜ悲しむのか?なぜ嬉しいのか?なにもわからずなにも共感できない
人の心という物が一切わからないのです」
「まぁ、別にそんな障害なんかなくてもほとんどの人は 相手の気持ちがどんなものなのか悩みながら生きているものよ
心が全部読めてしまう私が言う資格ないと思うけどね」
「自分でもなにが原因なのか、わからないまま いつの間にか友人や家族が私から離れ、失ってしまうたび思うのです、人の心がわかるようになればどれだけいいものかと
人の心がわかるようになれば 私の人生はもっと幸せに満ちたものになったのではないかと?」
少女は倦んだ吐息を織り交ぜ、言葉をそっと、面倒げに紡ぐ
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「人の心が完璧にわかるって、そんないいことばかりでもないわよ、知りたくもないことまで知ってしまったりもするもの」
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老人はその答えを聞いて愉快そうに笑う
「なるほど、確かにそういうものかもしれませんな」
老人の声色は、風のように柔らかく、たわいもない話が車内に漂う
都会の静かな街並み、ネオンの脈動が窓を滑り、夜の息づかいがそっと寄り添う
車は進む、ビルの影が重なり合う先に、そのビルはあった
一見、冷たく無機質な薬品会社のオフィスビル
だが、その裏に隠された真実——超能力者たちが集う、秘密の研究所
ガラスと鋼鉄でできた仮面のような外壁のビルを仰ぎながら
老人は歓迎の言葉を少女に向ける、
「ようこそ!!超能力研究所 黄金のゆりかごへ・・・」
老人の歓待の言葉は夜の闇に溶け込み消えていく
重い静寂が建物内に漂っていた
表向きは有名製薬会社のオフィスビル、しかしその真の内情は
地下47階もある超能力研究所、通称「黄金のゆりかご」
老人と少女は会話もないまま、ただ黙々と老人の案内されるがままに歩みを続ける
まるで時間が凍りついたかのように静かだった
白いタイルの壁は蛍光灯の青白い光を反射し、まるで無菌室のような冷たさを放っている
老人と少女の足音だけが、コンクリートの床に反響しどこか遠くで水滴が落ちる音と共鳴する
まるで無限に続く回廊であるかのような、道程にも やがて終わりが来た
老人と少女の前に氷のように冷たく重い鉄でできた扉が現れる
その扉をみたとたん、胸の奥でざわめくような嫌な予感がした
まるで空気が重く、冷たくまとわりつくようだ
老人が扉の横に備え付けられているパネルでパスコードを入力し、取っ手に手を伸ばす瞬間、少女の背筋に走る一瞬の寒気
まるでこの先には会うべきでない何かが待っていると、身体全体が警告しているかのようだった
扉は静かに軋みながら開いていく・・・
その扉の先に一人の男が佇んでいた
影が揺れる薄闇の中、彼の目は鋭く、その瞳は、まるで宇宙の深淵を宿したように妖しく光る
男が放つが妖気が心をざわつかせ、時が止まってしまったかのような静寂の中で、
その存在はまるで運命を掌握する神の御使いである、その眼光は刃のように鋭く、しかし波音一つ立たない湖のような穏やかさを併せ持つ瞳で、少女を観察する
背後に漂うのは、語られぬ物語の重み
いつまでも続くかもわからぬ静寂の中、先に口を開いたのは少女を待ち構えていた男だった
「初めまして 知恵識 猫美さん、僕の名前は 未来 理解(わかる) 好きなように呼んでくれていい」
男は、見た目の雰囲気に反して 穏やかで丁寧に少女に語りかける
「こちらこそ初めまして
「こちらこそ初めまして
少女の鋭い視線が、男の顔を一瞬で射抜く
彼女の眉はわずかに吊り上がり、唇は固く結ばれ、不信と苛立ちが混じる空気が二人の間に漂う
コンマ0.1秒のズレもなく重なった二人の声が、室内に轟き、壁を震わせる中、少女の怪訝な顔は、まるで嵐の前の静けさを孕んだ剣のように鋭い。
「次に言う事は、私の名前は 知恵識 猫美です、私のほうも好きに呼んで構いません・・・だろ?」
男は口角をそっと引き上げ、笑みを浮かべる
「君は 僕のことを知らないのかもしれないが僕は君のことを、すでに知っている、未来予知の力でね
もう一週間も前に僕の中では君との自己紹介は済んでいる」
少女の瞳は、冷たく光り、不快の影を顔に宿す
「なるほど、今のやり取りで 未来予知能力ってどんなものか大体わかったわ」
「ほぅ、まぁ すでに僕は君がこれから言う事をもうすでに知っているわけだが、君の口から直接 その答えを聞きたいな なんだい?」
「未来予知能力って、友達がいなくなりそうな むかつく能力だってことがよーくわかったわ」
男は心底 愉快そうに手を叩きながらゲラゲラと笑った
「確かにね、僕だったら少なくともお友達にはなりたくないな、僕も同感だ!!でも 君とは仲良くなれそうな気がするよ」
少女は男に対して静かに口を開く
「あなたと、お友達になる気はさらさらないんだけど、一つだけ質問していい?」
「その質問の内容も、僕は未来予知ですでに知っているわけだが、一応聞こう なんだい?」
「あなたって どのくらい先の未来まで見ることができるの?一週間?一年?」
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「この地球がなくなるまでくらい先の未来を見ることができるよ」
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少女は思わず沈黙する
「これから 僕たちはジャンケンをして勝負をするわけだが 80億先の未来まで見ることができる僕が 君にジャンケンで出す手が読めないとでも?
地球の終わりまで未来を見ることと比べたらね、君が 僕とのジャンケンでなにを出すかなんて 豆粒よりちっぽけなことさ そう思わないかい? 」
「自慢気に語ってるとこ 悪いけど一つだけツッコミを入れていい?」
「なんだい?」
「私達ってせいぜい100年までしか生きられないわけだけど 80億年先の未来まで見ることができたって無駄じゃない?なんの意味 あるのそれ?」
男は またもや愉快そうに笑った
「やっぱり君ってすごい愉快な人だね、君とはいい友人関係が築けそうだ」
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