第11話 探偵事務所と興信所

 伯羽が尾行を始めた人物は杜嵜 新、杜嵜と神崎 瑠衣の父親だと情報が入った。


 僕と亮二さんは彼らが歩く歩道の、向かいの歩道を距離を置いて尾ける。この時間帯は交通量が少ない事もあり、対象者との距離はあっても見失う事はなさそうだが、その先には瞭良さんと杜嵜が張っているという安心もある。


 少し歩いたところで、再びインカムから杜嵜の声が流れた。


 [正直、親父は褒められた人間じゃない。家族からしてみれば、ね。個人で事務所を開く程、不安定な事はないからね。それだけに経験や実績は重要になってくるが、依頼がいつ入るかなんて分からないだろ。だから一種の繋がりは欠かせない]


 杜嵜の話に亮二さんが答える。

「企業相手の『興信所』だったって訳か」


 ……興信所、か。


 [ああ、そうだよ、興信所だった。興信所は企業の信用調査を主に、企業を相手に身分を明かして調査する、探偵事務所は個人を相手に身分を隠して調査する。そんなふうに違いがあったのは昔の話だ。知っている通り、今じゃ探偵事務所も興信所も受ける内容は変わらないし、企業も個人も相手するだろ。探偵が身分を明かすのも隠すのも依頼内容や状況に応じるしね]


 その話から察する僕は、杜嵜に訊く。

「興信所であったその時に、繋がりがあった企業って南条の会社?」


 [ああ、その通りだ。親父と繋がりがあったのは、今の会長だよ]


 ……成程ね。

 だから神崎 瑠衣、だったって訳か。

 杜嵜と再会するまで、彼女は父親の事をどこまで知る事が出来ただろう。おそらく、殆ど知る事はなかったはずだ。

 弁護士事務所に併設していた探偵事務所に入った依頼で、姉弟だと互いに知ったのだから。


「じゃあ……最初の依頼の依頼人って……」


 僕の言葉に淳史さんから情報が入る。


 [杜嵜 新。まあ、依頼したと言うより、伊織さんに相談を持ち掛けたってところだな。伊織さんの事務所に離れ離れになった姉弟が、弁護士と探偵という形で再会していたんだからな……これが偶然だったにしろ、奇跡にしろ、伊織さんは南条の会社の会長が社長だった頃からの顧問だからね。そしてその昔、杜嵜 新が諮問しもんとして繋がっていたなら……明快だろ?]


 淳史さんの話に杜嵜が答えた。

 [佐嘉神くんの推測通りだよ。まあ……俺は親父の興信所に入る気は元々なかったけど、入るも何も結局、興信所は奪われたしね。だからといって俺が伊織さんのところで探偵になったのは、親父の紹介じゃない。俺が選んだんだ。姉もだろうね……だからあの場所での再会は奇跡でもあったんだろうな]


「奇跡、ねえ……」

 亮二さんはインカムに入れず、溜息混じりにそう呟いた。


 尾行を続ける僕たちだったが、杜嵜 新は何処に向かっているのだろうと疑問に思う。自身で車を使わないのは飲酒目的があったからだろうが、式場ホテル付近にはタクシーも常駐している。方向的にも駅に向かっている訳でもなさそうだ。時間的にも最終にはなるだろうが……。

 杜嵜は、父親の向かうところに心当たりはないのだろうか。そういった情報は入ってこないが……。


 問おうとした時に、先に瞭良さんが杜嵜に訊ねた。

 [父親の向かいそうな場所に心当たりないんスか? てか、直接聞けないんスか?]

 [俺、親父の事、避けてたし。事務所が奪われた当時なんか暴言吐いてそれっきりっだから。挙句、俺だって似たような状況になったしね。決まり悪いだろ]

 [それだけじゃないでしょ、またなんか隠してんスか?]

 [酒飲んでフラつく親父の行き先なんか分かる訳ないだろ。対象との距離200切った。視界に入れば意識される距離だ、少しズレて]

 [は? 何処にズレろって言うんスか? 少しって、振り向かれたら終わりでしょ。このまま脇道の奥に、通り過ぎるまで下がった方がいいんじゃないっスか]


 何故、その会話……インカム入れる……? まあ……それで杜嵜がどういう動きをしているのか分かったが。


 [対象者の有効視野から外れろって意味。角度分かるだろ。少し下がって屈んで]



「対象者の有効視野、ねえ……」

 再度、亮二さんは呟くように言う。

 僕たちの会話はインカムには入れていない。

「さっきからどうしたの? 亮二さん」

「いや……有効視野ってさ……尾行がそれにもなるだろ」

「あ……そっか。そうだよね」

 ……確かに亮二さんの言う通りだ。

 有効視野は対象を集中的に見る範囲で、その視界範囲は狭い。左右にして30度程度、上下に20度程だ。その視界範囲から外れているものには意識が向かない。

 だけど。


 亮二さんが言葉を続ける。

「だが、対象に集中し過ぎて周囲に目を向けないって訳じゃない。あの様子……不自然だと思わないか、ユウ」

「うん……思ってるよ。杜嵜 新の動向もだけど、伯羽もね……」

 おそらく、杜嵜 新は尾行されている事に気づいている。

「ああ」

 僕と亮二さんで二人会話をする。

「伯羽のあの様子……周囲を一切警戒していない。雰囲気を変えてるっていっても、僕たちは伯羽に気づいただろ……ホテル内のラウンジ・バーだったからね……雰囲気を変えてるのは僕たちだって同じだ。亮二さん、だからあのタイミングで席を立ったんだろ?」

 僕の言葉に亮二さんは静かに頷く。

「俺たちの席は入って来た客の視界に入り易い位置だった。伯羽は自分の指定席にしか目線が向いてなかったんだよ。客を気にして入って来ている訳じゃないならそれもあるんだろうが……まあ……微妙だな。ユウ、お前、席立つ時、伯羽を見たか?」

「こっちに目線が動いたかどうかは分からなかったけど、気にした様子はなかったと思う」

「それは俺も同じだった」


 亮二さんと会話する中、杜嵜からインカムが入る。

 [対象通過。佐嘉神くん、そっちお願いするよ]

 [ああ、分かった。任せておけ]


「杜嵜 新を追い出し、今や事務所の代表に落ち着いた伯羽が杜嵜 新を尾行する理由がなんなのか……」

「……ユウ。そっちは淳史たちに任せるとするか。あの様子からしても見失う事はないだろ。緋色が特に知りたい事だろうしな」

「そうだね」

 僕は頷き、亮二さんと二人、足を止めた。

「亮二さん、引っ掛かってる事……僕たちはそっちを探るんだろ?」

「ああ。杜嵜 新がオーセンティック・バーにいたなら、ラウンジ・バーにいた伯羽は杜嵜 新にどう気づけたのか……」


 亮二さんはスマホを取り出し、電話を掛け始める。


「オーナー、頼みたい事があるんだけど……」



 亮二さんがオーナーに伝える言葉で、あの時、既にオーナーが気づいていた事を知った。

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