第3話 それぞれのプライド

「はは。足りない……か。じゃあ……」

 嘲笑するようにもクスリと笑みを漏らすと、九埜は言った。


「他に何が出来るんだ?」


 挑むようにも斜め上に向ける目線。

 九埜の目線を受け止めながら、亮二さんは答える。


「あんたが見てきた中でそんなもんしか頭にないのなら……」


 堂々とした態度で亮二さんは言い放つ。


「探偵辞めた方がいい。向いてないよ」


 互いに強い目線を向けながらも、言葉の間が開いた。


 九埜は笑みを浮かべた表情を変えはしなかったが、そっとカウンターに目線を落とした。

「じゃあ訊くが……調査対象に接触する前に気づかれた時、何処までの真実を語れる?」

 亮二さんは、答えずに九埜の横顔をじっと見ていた。

 返答がない事を九埜は残念に思ったのか、少し俯き、苦笑を漏らす。

 その笑みの後、亮二さんが口を開いた。


「それが分からないようなら、尚更だな」


 そう返された事に九埜は、亮二さんをゆっくりと振り向いた。

 九埜は自分がそうだと思っているものを、相手に求めていたのかもしれない。

 それが得られない事を不快に思ったのだろう、皮肉めいた口調で九埜はこう返した。


「探偵ってさ……いや。探偵に限らず、自分の能力に適応出来るもんが仕事になる……それは掲げられている職種の適応だ。俺はそれが探偵だったってだけの事。辞めるもなにも、出来るもんやって何が悪いって言うんだ? 仕事を選ぶのなんて、そんなもんだろ」

「はは。それで務まっているつもりなら、適応なんかしてねえよ。それでもそう思えるのは、あんたの今いる場所があんたに合っているってだけだ。それは探偵事務所や仕事って以前に、あんたにとって都合のいい場所としてな」


 ……都合のいい場所……か。

 これまで聞いた話とあの時の状況を思い起こしても、確かにその通りだ。


「随分だな、杉田 亮二。まだ根に持っているのか? いや……後悔か? 引き摺ってんねえ。あの時の依頼のは俺の所為だって? 探偵辞めたのは、お前の意思だろ。まあ、それでも探偵に戻ったんだから、俺のお陰でもあるって訳か」


 っ!!


 反射的に体が動いた。


 カウンターに置きっぱなしのグラスが床に落ちて割れた音が、時を止めたみたいにその場に現状をさらけ出す。


 僕は。


「ユウ」

 亮二さんの手がそっと僕の手に触れ、力を抜けと伝えてくる。

 僕は、掴んだ九埜の胸元から手をゆっくりと離していく。

 だけど、悔しさが治まらない。


 何も知らないくせに。

 お前に亮二さんの何が分かるんだよ。


 だけど。

 それを声に出したら、亮二さんを非難しているのと同じになってしまう。

 九埜の言った事に逆上している事が、その言葉を周囲に納得させてしまうようで。


 緊迫感が漂う中、穏やかな声が間に流れた。


「どうぞ」


 圭介さんが九埜の前にグラスを置いた。

 突然提供されたカクテルに、九埜は圭介さんをじっと見る。

 圭介さんは笑みを見せて言った。


「『』です」


 ……圭介さん……。


 圭介さんを振り向くと、ペルノのボトルが視界に入った。

 このマティーニ……もしかして……。


 九埜はグラスを手に取り、口に運ぶ。一口飲み込むとグラスを置いた。

 そして、九埜はふっと笑みを見せると圭介さんに言う。

「ベースはジン。ドライ・ベルモットにペルノ……か。マティーニ・No.5だったかな? 好みの味だ」

 九埜の言葉に圭介さんが答える。

「マティーニ・No.5というのは、バリエーションの多いマティーニのレシピの中で、世界的有名な出版社がこのマティーニのレシピを掲載したのが五番目だったからNo.5と識別したって事かな」

 穏やかに圭介さんと九埜が会話を始めた事に、他の客は僕たちから視線を外した。

「ふうん……」

 九埜はマティーニを飲み干すと代金をカウンターに置き、席を立った。


「また来るよ。その方がそっちも都合がいいだろう?」



 僕は割れたグラスを片付け、カウンターの中に戻る。

「……ごめん……圭介さん。それと……ありがとう」

「気持ちは分かるよ、ユウ」

「……うん。ありがとう。でも本当にごめん……つい、感情的になった」

「ユウをそうさせたのは俺だよ。迷惑掛けちゃったね、圭介さん」

 頭を下げる僕たちに、圭介さんは穏やかな口調でこう言った。


「酒場にあるのは正直な思いだけだ。それは良くも悪くもね……リキュールやビターズのように、甘くて苦くてクセがある。だからカクテルは意味が持てるんだよ。探偵だって依頼人の思いを元に調査するだろう? 調査結果が依頼人にとって良くも悪くも正直な思いがあるからこそ、探偵だって意味が持てるんじゃないのかな? スッキリとしたスピリッツがベースになるように、ね? それが信念なんじゃないかな」


 ……圭介さん。


 圭介さんの言葉が胸に沁み、深く納得出来る事に笑みが漏れた。

「なんだか……圭介さんの方が探偵みたいだ」

 呟くように言った僕に、圭介さんが笑みを向ける。


「だって僕、ショウと組んでいた事があるから、経験はあるんだよ」


「「え??」」


 僕と亮二さんが同時に驚きを見せる。

「僕はともかく、亮二さんも知らなかったの?」

「ああ。聞いた事ない。初めて知ったよ。淳史がオーナーと初めから組んでいたのかと思ってた」

「それは『katharsis』を開いた時の話だろ? 僕とはその前。ショウが独立開業する前にいた事務所での事だよ。まあ……ショウは寡黙だからね、そういった話をわざわざ持ち出さないか」


 そうだったんだ……。

 だけど、納得だ。

 圭介さんの洞察力には、なんだか僕たちと近いものを感じていた。


 一人、二人と客が店を後にし、僕たちだけになった。

 圭介さんはテーブルの上を片付け始め、僕も手伝う。

 片付けながら圭介さんが言う。


「僕は安心しているんだ。キミたちがショウの力になってくれているからね」

「それは逆だよ、オーナーが俺たちの力になってくれている」

「うん、そうだよ」

「ふふ……そうか。でもね……」


 圭介さんは、昔を思い返すように目線を上げると、僕たちにこう話した。


「パートナーだった親友同士の最終的に持った夢が違ったからね……僕はショウの力になってあげられなかった。ショウは探偵事務所を開きたかったし、僕はバーを開きたかったしね」

十分じゅうぶん、力になってると僕は思ってるよ。それは亮二さんだって淳史さんだって、勿論、オーナーは一番に感じていると思う。それは証明出来る事だよ。だって……」


 僕が続けた言葉に亮二さんは深く頷く。

 そう話している中で、淳史さんが店にやって来た。



「僕たちはここに集まるんだから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る