時空が歪む二秒前までの店内の様子がこちらです

 私が営むカフェは地球にある。だが、客は異世界人ばかりだ。


 店内にはテーブル席が三組と、簡素なカウンター席。そして、床には、いつものように全裸で寝そべる男が一人。


 今店にいる客は二人。


 カウンター席に座っているのが二十代半ばの女性アザレアさん。

 店の奥のテーブル席に座っている中年男性がハシダさん。


 アザレアさんが、豪快に豚にんにくラーメンをすすり上げたあと、

「今日も異端者を血祭りにあげたんだけど、親玉に辿り着けなかったんだよねー」

「アザレアさんの世界の教会のシスターって異端者を平気で血祭りにしちゃって、物騒ですよね。普通、シスターは血祭りを開催しませんよ」


 白いベールに白の長袖ワンピース。見た目だけなら、絵に描いたような清楚なシスターだ。中身はさておき。


「仕方ないでしょ。異端者のほうが物騒なんだから。でも、私もシスターの端くれだし、お布施くらいは受け取れるんだよ」

「自分が殺した異端者の金を、お布施と称して追い剥ぎしてそう」

「そんなことはしないよ。だって、できないもん」


 少し残念そうな表情を浮かべたが、すぐに困った顔をして、

「異端者の親玉がね、供物と称して、市民たちを生贄に捧げて変な怪物を召喚してるんだけど、足取りが掴めなくてね」


 アザレアさんがハシダさんのほうを振り返った。

「ねぇ、親玉の場所視れない?」


 一方、テーブル席でホットドッグを頬張っているのは、ハシダさん。侍のような服を着た異世界人だ。


「仕事以外で力を使いたくはないでござるが、無辜の市民を見捨てては置けぬ。ふむ。良かろう」

 ハシダさんは自分の世界では役人をしているという。使い込まれた刀を肌見放さず持っている辺り、かなり治安が悪そうな世界だ。


 右目の上に指を滑らせ、何事かを低く呟く。


 あらゆるものを読み、あらゆるものを見る。それが彼の使う魔法的能力だ。目を閉じていても、情報は流れ込んでくるらしい。


「どこかの建物の二階でござるな。窓から店の名前が見える」


 ハシダさんが店名を伝えると、

「あ、あそこのパン屋だね」

 アザレアは見当がついたようだった。


「よかった。これでやつを、神の御下に送ってあげられるよ」

 そう言いながら、勢いよくラーメンを啜り上げる。

 自分の部屋に戻ったら、きっと突入しにいくんだろう。


 扉が開いた。

 店に入ってきたのは、二十代前半の若い夫婦だ。農民のような素朴な格好をしている。 


「いらっしゃい。テオバルトさん、マーヤさん」

「これ、今日の代金だよ」

 テオバルトさんは柔らかなほほ笑みを浮かべながら、果物がぎっしりと詰まったかごを私にくれた。


 テオバルトさんは金髪碧眼の理想的な美男子だから、女性には相当モテそうだ。


 その妻のマーヤさんだって、柔らかな茶髪のボブヘアが可愛らしい清純派の美人である。


 そんな二人は、この店の客には珍しく、まともなものを代金として持ってきてくれる。


 地球では異世界の通貨は利用できないが、こちらとしても商売なのでタダ飯を食わせることはしない。


 アザレアさんはテオバルトさんに仕事やプライベートの愚痴をぶちまけ始めた。

 彼はそれを頷きながら、穏やかに聞いている。何時間だって、人の愚痴を聞き、決して否定しないため、客たちにも大人気だ。


 私は二人にコーラを出した。


 マーヤさんが、

「今日はフライドチキンとピザが食べたいなー。あ、それで食後のデザートに大福もください」

「わかりました」


 私は冷凍激辛フライドチキンをレンチンし、冷凍ピザをオーブンで解凍。

 とっても楽だ。

 

 テオバルトさんはフライドチキンにたっぷりのタバスコを振ると、ナイフとフォークを手に取り、上品にフライドチキンへと取りかかる。コーラを一口飲んだ。


 マーヤさんはピザやチキンにたっぷりとマヨネーズをかけて、美味しそうに食べだした。


「テオバルト様。地球のご飯っておいしいですね」

「そうだな。あんことタバスコとコーラは控えめに言って神レベルだ」

「マヨネーズもです」


 マーヤさんは自分の夫に様をつけて呼んでいる。


 アザレアさんの見立てではあるが、テオバルトさんは半農しないと生きていけない下級貴族の次男以下の息子。小作人のマーヤさんが嫁いだんだろう、とのことだ。


 実際のところは知らない。ここでは、他人の事情に踏み込むのはマナー違反だ。


 突然、どこからかガタガタと音が鳴った。


「なんでしょう?」

 マーヤさんが不思議そうに辺りを見回す。


 全裸男は相変わらずの高いびきだ。こいつが動くときは、大抵ロクなことが起きた後だから、これで良しだ。


 ハシダさんは使い込まれた刀を構え、アザレアさんは箸から杖に持ち替えた。


 テオバルトさんだけが気にせず、タバスコがベッチャリとかかったフライドチキンを頬張っている。


(すごい神経してるな……もうちょっと緊張感持ってほしいんですけど。……まあ、いいや)


 音は扉からだった。


 小刻みに震えている。


 そして、私の懐に入っていた時空歪度計からも警報音が鳴り響く。


 私はエプロンの中ある小型魔導散弾銃に手を伸ばしながら、扉を注視した。

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