20.「炎牢 ファルネウス」

「はぁぁぁぁっ!」


 俺は剣を横薙ぎに振り払った。

 光の弧が描かれ、迫る炎を一閃で薙ぎ払う。


 炎は霧散し、爆風が洞窟の壁を砕く。


 仲間たちの歓声が耳に届く。


「リカルド!」


 ゴドフリーが立ち上がる。


「お前に託す。俺たちは後ろから援護する!」


「ええ、あなたが進める道を作るわ!」


 ミランダが震える声で詠唱を始める。

 氷の壁が仲間を守り、俺の前進を助ける。


「皆……ありがとう」


 俺は仲間の想いを背に、剣を深い姿勢で構えた。


 ――ナディア。


 どこかで、見ていてくれるだろうか。

 俺はあの時、君を信じられなかった。君の支えを拒んだ。

 だが今なら、わかる。


 俺が勇者として立っていられるのは、君が信じ続けてくれたからだ。


「ここで決着をつける!」


 俺は地を蹴り、突き進む。


「さぁ来い!」


 ファルネウスの拳が落ちてくる。岩盤ごと粉砕する炎の拳。

 だが、恐れはなかった。


 剣と拳がぶつかり合い、光と炎が激突する。

 轟音が大広間を満たし、岩壁が崩れる。


 ――押し返せる。


 実感した。もう奴に押し潰されはしない。

 勇者の力が、俺の中にある。


「ふぅ——【真聖剣斬ジ・セイバー】」


 炎が裂け、ファルネウスの腕が弾かれる。

 巨体がわずかに後退した。


「馬鹿な……この我が……!」


 驚愕に歪む紅蓮の瞳。


 背後には仲間がいる。

 そして――どこかに、ナディアがいる。


 その全てを守るため、俺は戦っているんだ。


 聖剣がさらに光を増し、洞窟全体を照らした。

 ファルネウスとの死闘は、これからが本番だ。


 もう迷いはない。

 俺は勇者だ。


 仲間を、世界を、そして――信じてくれた人を守る勇者だ。


 だから――勝たなきゃならない。


「リカルド、すげぇじゃねえか!」


 ゴドフリーが傷だらけの腕を振り上げ、歓声を飛ばす。


「調子に乗るなよ!」


 ファルネウスの咆哮と共に、熱風が再び押し寄せてくる。

 炎の奔流に押され、ミランダが悲鳴を上げそうになる。


「冷やせ――【氷の壁アイスウォール】!」


 氷の壁が立ち上がり、炎を一瞬食い止めた。

 だが、熱風はそれを容易く融かしていく。


「ミランダ! 無理するな!」


「……っ、あんたが頑張ってるのに、私が頑張らないわけないじゃない!今なら押し返せる気がするのよ!」


 氷の欠片が飛び散る中、彼女の力強い瞳が映った。


「まさか……人間の底力がここまでとは」


 ファルネウスの声が低く響く。

 熱風が収まり、代わりに不気味な静寂が広がった。


 次の瞬間。

 ファルネウスの全身が爆ぜるように燃え上がり、形を変え始める。炎の皮膚が剥がれ落ち、溶岩のような筋肉が姿を現した。

 頭部からはさらに巨大な角が伸び、瞳孔のない紅蓮の光が俺たちを睨む。


「来るぞ!」


 ゴドフリーが前に出る。盾は既に無かったが、代わりに身体を強化していた。


「【炎牢解禁グラストノーフ】!」


 ファルネウスが咆哮し、両腕を広げると炎の壁が迫り来る。

 赤黒い焔が生き物のように牙を剥き、俺を焼き尽くそうとした。


「――押し返す!【閃光斬フラッシュ・セイバー】!」


 剣を横薙ぎに振り抜くと、閃光が奔流となって炎を切り裂いた。

 爆発のような衝撃が洞窟を揺らし、熱風で体が押し戻される。


「リカルド、下がるな! 今のまま押せ!」


 背後からゴドフリーの怒号が飛ぶ。


「【氷の槍アイスランス】!」


 ミランダの氷槍が飛び、ファルネウスの腕を撃つ。


 ファルネウスが目を剥く。

 その隙を逃すまいと、俺はさらに踏み込んだ。


 俺は駆け出し、跳躍する。


「【光翼突ブレード・ランス】!」


 氷の槍からアイデアを得て、聖剣を槍へと変形させうると、ファルネウスの巨体の胸を穿った。


「ぐっ……ぅぅぅ!」


 ファルネウスが苦悶に唸る。

 すぐさま腕を振り回し、俺を叩き落とそうとした。


「リカルド様、右です!」


 フローラの声。

 咄嗟に転がると、炎を纏った腕が空を薙ぎ、岩盤を粉砕する。


「まだだ! 【炎祭槌インフェルノ・ハンマー】!」


【聖環光刃ホーリー・アーク】!」


 光の弧を描く斬撃が放たれ、ファルネウスの炎の槌を受け止める。


「それでこそ勇者!だが——拳は止められんぞ【炎牢打押ヴォルカニック・プレス】」


 槌を持っていない、もう片方の拳が横から迫る。避ける余裕はない。


「受けろ!」


 ゴドフリーが近くの大岩を、俺に投げつける。


(そういうことか)


 ゴドフリーの投げた大岩を俺は後ろから受けた。無論、吹き飛ばされる――だが、これで炎牢の懐に入りこめた。


 俺は跳び上がり、炎の肩口へ斬り込む。


「【天衝閃セレスティアル・ドライブ】!」


 一閃。

 巨体がのけぞり、火花と血潮が散った。


 連続の斬撃が閃光となり、巨体を切り刻む。

 腕、脚、胴――無数の光の軌跡が走り、赤黒い肉を裂いた。


「馬鹿な……!」


 ファルネウスが呻く。


「これで、終わりだ」


 聖剣が、かつてないほど強く輝いた。


「【聖絶煌斬ラディウス・エンド】!」


 振り下ろした剣から放たれた光は、もはや斬撃ではなく爆発だった。

 大地を裂き、炎を呑み、ファルネウスを包み込む。


「……ッ! 我が……炎が……消える……!」


 断末魔が轟き、ファルネウスが崩れ落ちる。


「……勝った、のか」


 轟音は止み、炎牢の大広間には静寂が訪れていた。


 崩れ落ちた岩塊の隙間から熱気が漏れ出し、まだ赤い光がちらちらと揺れている。

 だが、さっきまで空気を支配していた圧迫感――四天王ファルネウスの存在は、完全に消えていた。


 ——勝ったのだ。





『……ナディア』


 胸の奥、冷たい銀色の声が囁く。

 氷牢カルディア。私の内に眠る魂が、かつてないほど鮮明に呼びかけてきた。


『カルディア……! 目が覚めたの?』


 心の中で呼びかけると、彼女の声が一層はっきりと響いた。

 その声は氷のように澄み切っていながらも、かすかな震えを帯びていた。


『ファルネウスが放った【炎牢解禁グラストノーフ】……あの炎が、私の魂を強く揺さぶったのよ。どうやら……彼の炎と、私の氷は、同じ繋がりがあるみたい』


『同じ……?』


『そう。彼もまた、魔王の呪縛に縛られているみたい』


 カルディアの声は、悲しみに滲んでいた。


 私は視線を上げる。

 そこではリカルド様が、仲間たちの支援を受けながら剣を振るい、ファルネウスと真正面からぶつかっていた。


 炎と光が衝突し、爆ぜる。


『カルディア……あなたが言いたいのは、ファルネウスもまた、操り人形だということ?』


『ええ。彼の魂は、魔王の呪いによって微かに穢れている。あれは本来の彼ではないわ。きっと私と同じなのよ』


 ならば――やるべきことは一つ。


「【魂共鳴陣起動ハーモナイズ・セレモニー】」


 小さく呟きながら、私は意識を集中させた。

 リカルド様の聖剣が覚醒し、仲間たちが声を張り上げ、互いに支え合いながら戦う光景を見つめながら。


 そのすぐ背後で――。


『私も行くわ』


 胸の奥、魂の深層へと潜る。

 カルディアの魂に導かれ、彼へと触れるために。



 暗い、赤い世界が広がっていた。


 炎に覆われ、絶えず燃え続ける空間。

 熱気で視界が揺らぎ、立っているだけで身が焦げそうになる。


「……ここが、あやつの」


 カルディアの声がすぐ隣から聞こえる。


 やがて、炎の奥に大きな影が揺れた。

 紅蓮の瞳が、苦しげにこちらを見下ろす。


「……誰だ。何故……我の魂に触れられる」


 ファルネウスだった。

 痛みに歪んだ表情を見せ、脚はカルディア同様に大きな鎖があった。


「私はナディア」


「カルディアだ」


 ファルネウスは目を見開いた。


「……カルディアも居ると言うことは——あのときの」


「そうよ」


「目的はなんだ」


「その鎖、解放しに来たのよ」


「これを知っているのか」


 ファルネウスの言葉に、静かに頷く。


「カルディアから聞いたわ、あなたもまた魔王に呪われているって」


「知っているのか。ならば、なおさら助けることなどできんことも知っているだろう」


 低く、苦しげな声。


「ファルネウス。私がここに居るということが、どういうことか分かるかしら?」


 カルディアの問いに、ファルネウスは嘲笑うかのように低く笑った。


「ははは、お前が助かったのだから、我も助かると?」


 そう言って、ファルネウスは崩れ落ちるように座り込んだ。鎖が重々しい音を立てる。


「度合いが違うのだ。諦めろ。だが、せっかくここまで来たんだ。昔話——とも言えぬが、我に何があったのか。魔界で何があったのかを教えてやろう」

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