11.「リアルテイ要塞 攻防戦」

 地脈の暴走は止まり、カルディアの魂も、今は私の胸で安らいでいる。

 時間が経てば、彼女も目覚めるだろう。


「……全部、おわったわね」


 呟くと、背後で控えていた死霊たちが、ほっと息をつくように頷いた。

 鎧が擦れる音、杖を地面に突く音、それぞれが疲労と安堵を混ぜて響く。


「ナディア様、ここは長くは持ちませぬぞ」


 ヴェル爺が低く諭し、指先で光の粒を散らす。転移陣の骨組みが空間に浮かび上がる。


「そうみたいね……地脈が安定するまで、崩落は時間の問題だわ」


「お嬢様、わたくしが魔奏で岩盤を抑えますわ。その間に戦闘部隊から撤退させましょう」


 ミーナが優雅に一礼し、手を広げる。透き通る音色が洞窟に満ち、天井の振動がわずかに和らいだ。


「ミーナ殿、助かる」


 クラウスは短く答え、戦闘部隊へ視線を送る。


「第一陣、先行しろ。バーン、後衛はお前が率いろ」


「任せな、姉御、足元滑りやすいから気をつけろよ」


 バーンは軽口を叩きながら、仲間を促す。


「全員撤退じゃ!」




 拠点へ戻ると、そこは慌ただしさに包まれていた。

 各部隊の死霊たちが走り回り、報告と命令が飛び交っている。


 そこへ、黒い外套に仮面の諜報部隊長メディアが、影から滑り出るように現れた。


「待ってました、ナディア様!」


 開口一番、彼女は胸を張る。


「尾行部隊からの報告で勇者がもうすぐ要塞に到着するっていうんだ。しかも間が悪いことに、私ら諜報部隊は、魔王軍の攻撃準備の様子を捉えちまった」


 リカルド様がもうすぐ到着? 嘘でしょ。

 頭の中で状況図がぐるぐる回り、脈拍が早まる。


「えぇぇ!? ちょ、ちょっと待ってよ! さっきカルディアと戦ったばっかりなのに……それにあと一日くらい余裕あるはずじゃ――」


 そのとき、転移陣が青白く輝き、光の柱が消えると尾行部隊長ルビアが膝をついて現れた。


「ナディア様、申し訳ございません。朝の時点では予定通りでしたが……一時間ほど前、勇者殿は速度を上げ、野営を行わず直行しております」


 リカルド様の安全を確保しようとすると、魔を開けずの二連戦になる。でも、それは皆に大きな負担に——。


「姉御、どうする?ちなみに俺は爆発させられんなら何でもいいぜ」

バーンが悪戯っぽく笑う。


「姫様、戦いになったとて我らが盾となります」

ドレイコは胸甲を叩き、重々しく誓う。


「戦闘部隊だけではない。他の部隊も不完全燃焼なのではないか?」

クラウスが淡々と告げる。


「おうよ、暴れ足りないってもんよ」

戦闘部隊の皆が同調して笑う。


「っちぇ……戦えない諜報部隊はお留守番だけどな。お前らナディア様のこと守るんだぞ!」

メディアが肩をすくめる。


「リカルド様の安全は、尾行部隊が保証いたしますわ!」

ルビアは凛と顔を上げ、断言した。


 みんなの言葉が、私の胸の奥でじわじわ熱に変わる。

 負担だなんて思ってたのは私だけか。


「……わかったわ。付き合ってくれるっていうなら――みんなでやってやりましょう!」





「……カルディアが逝ったか」


 岩山の上から戦場を見下ろし、炎を纏う巨躯の魔族——炎牢が低く唸った。


「だったら――攻めきるしかねぇな」


 炎牢は拳を握りしめ、軍勢に号令を放つ。


「総員、突撃だッ! 峡谷に橋を架けよ! リアルテイを焼き尽くせ!」


 魔族の咆哮が響き渡る。


 ——ブォォン


 戦術も策もない、ただの力押し。しかしその勢いは、カルディアの消失によって加速した焦燥と狂気に満ちていた。




 夜が更け、冷え込んだ空気の中で、俺たちは要塞に着いた。

 峡谷の向こう側、魔王軍が布陣する対岸を、城壁の上から見下ろす。


 大きな竜笛の音と共に、その対岸から、巨大な橋がゆっくりと降りてくる。


 橋の向こうには、波のように押し寄せる魔族の大群があった。


「……来たな」


 防衛兵たちが慌ててバリスタを構え、矢を放つ。だが、魔族も飼いならされた魔獣たちも怯まず、盾を固めて駆け上がってくる。


「勇者様方は、正面の橋を! 我らはそれ以外を守る!」


「任せておけ」


 そうして、それぞれの守備についた。


「ゴドフリー!」


「なんとかなってる。だが、もう長くはもたねぇ」


「ミランダ、上空の状況は!」


「やってるけど……数が多すぎる!」


 要塞の城門前に架かった巨大な橋を落とそうと試みるも、重装魔族が盾の壁を築き、押し寄せる。燃えもしないこの橋を落とすのは現実的ではなかった。


 俺は剣を握り直し、深く息を吸った。


 ナディアはいない。未来を読む声も、奇策もない。

 だが、退くわけにはいかない。


「【大煉獄連球グラン・インフェルノ・バースト】」


 橋の奥から、炎牢の咆哮が響いた瞬間、空が赤い魔方陣一色に染まった。


「耐性のない者は屋根の下に隠れろ!!」


 ゴドフリーの怒号と共に兵士たちが後方に転がるように避けた。

 だが、逃げ遅れた者たちが次々と燃え上がり、絶叫を上げる。


 上空では、炎の巨鳥が旋回し、尾羽から火球を降らせる。ミランダが矢を放ち抵抗するも多勢に無勢のようだった。


「フローラ、補助魔法をかけてくれ」


「かしこまりました、勇者様——【飛生の奇跡ミラクルフライト】」


 フローラの魔法が俺の体を光で包み込む。体が軽くなり、視界が鮮明になった。俺は剣を抜き、前へ駆けた。

 ——希望は、あいつを倒すことのみ。


 俺が、やるしかない。


 橋の上に立つ魔族の群れを一瞥し、俺は目を細めた。


「聖剣!」


 剣を高く掲げると、俺の声に応えるかのように、聖剣が輝きを増し、切っ先からはまばゆい蒼炎が迸る。


「【浄焔聖断セイントフレイム・セイバー】!」


 俺が振り下ろした一閃の光刃が、橋の上の魔族を一直線になぎ倒した。魔族の盾と体を容赦なく切り裂いていく。


「退け——っ!」


 攻撃によって出来たわずかな隙間を縫うように走り出した。

 そして、5メートルはあるだろう巨躯の炎の魔族——炎牢が見えた。


「――お前が炎牢ファルネウスだな?」


「いかにも、我は魔王軍四天王 炎牢ファルネウス・ネビュライである」


 その言葉と同時に、ファルネウスの全身から、凄まじい熱波が放たれた。熱気によって空気が歪み、俺の体から汗が噴き出す。


「【炎祭槌インフェルノ・ハンマー】」


 ファルネウスはそう言って、両の拳を合わせる。すると、その間に炎が集まり始め、みるみるうちに巨大な火を纏った槌が出来上がった。槌は俺の身の丈ほどもあり、その表面では炎が生き物のように蠢いている。ただそこに存在するだけで、橋の石畳がじりじりと溶けていくのが見えた。


「さあ、来るがいい。この炎牢、貴様の希望ごと焼き尽くしてやろう」


 俺の聖剣の蒼い炎と、ファルネウスの全身から迸る赤い炎が、互いに激しく火花を散らし合う。

これが、希望をかけた最後の戦い。


 俺は、聖剣を再び構え、その輝きをさらに強めた。


「【聖神正横ディバイン・クロス・スラッシュ】!」


 光によって伸びた聖剣による横からの大きな薙ぎ払い。


「笑止、我に死角はない……っ!!」


 俺の身長以上はあろう【炎祭槌インフェルノ・ハンマー】によって、攻撃は弾かれる。


「くっ」


 俺は、聖剣を再び構え、態勢を整える。


「逃がさん、【獄炎爆弾ヘル・ブラスト】」


 ファルネウスが巨大な火球を放つと、俺はそれを迎え撃つように、聖剣を前へ突き出した。


「【蒼焔螺旋剣ブルーム・スパイラル】!」


 聖剣の切っ先から放たれた蒼い炎が螺旋を描きながら飛んでいき、火球と激突する。

 轟音と共に、光と熱が炸裂し、周囲の魔族たちが吹き飛ばされた。


 爆炎の中、俺はファルネウスの懐に飛び込んだ。


「小賢しい!」


 ファルネウスの【炎祭槌インフェルノ・ハンマー】が、炎を纏って俺に迫る。

 俺はそれを寸前でかわし、聖剣の剣先でファルネウスの鎧の隙間を狙う。


「【聖神正縦ディバイン・バーティカル・ピアス】!」


「残念だったな! その程度の攻撃では我には届かん!」


 ファルネウスは嘲笑い、聖剣が手から弾かれた。


「打つ手なしのようだな勇者」


 このままでは、ジリ貧だ。

 どうすればいい?


「さらばだ——【炎牢打押ヴォルカニック・プレス】!」


 このまま、終わるのか?


 その時——遠くから響く声が割り込み、空気が一変した。


「応援してたら、つい出てくるのがギリギリになっちゃったわ」


 漆黒の仮面を付けた”誰か”が俺の前に立っていた。


「みんな、準備はオッケー?」

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