6.「地脈浄化」

「どうして……」


 彼女の指摘通り、魔族を倒し、根に突き刺さっていた魔道具を取り除いたにも関わらず、汚染は止まっていなかった。

 地脈の奥深くで、まだ何か、汚染を促進させているものがある。


「まだなにかあるってこと……」


 魔族の周到さに、私は歯噛みした。

 おそらくはカルディアの手下。この程度で終わる相手ではないと分かっていたはずなのに、まだ甘く見ていたようだ。


「ヴェル爺! 地脈の中を探って! 奥に、まだ汚染源があるはずだわ!」


「了解じゃ!ワシに任せるがよい!」


 ヴェルは杖を地面に突き立て、深淵なる魔力を地中に送り込んだ。彼の魔力は、地脈を巡り、汚染の根源を探っていく。やがて、彼の額に脂汗が浮かび、顔を歪めた。

 その様子から、尋常ではない困難さであることが伝わってくる。


「これは、厄介じゃな……」


 ヴェル爺が苦しそうに顔を上げた。


「この森の地脈の最深部に、強力な魔力反応がひとつ。地脈を汚染させる魔道具が、地脈の中に隠れておるわ、これでは破壊するのは困難じゃな」


「それって、ギジャン要塞で使われていたカルディアの?」


「そうじゃな、だが全て同じではないようじゃ。カルディアの氷魔力以外に、炎牢えんろうファルネウスの炎魔力も見える」


 カルディアがギジャン要塞で使った、地脈のエネルギーを強制的に吸い上げ、魔素に変換する装置——”地脈汚染炉オーブ・カルマ”。

 それを、さらに四天王 二人で改良したってわけね。


「厄介ね」


「試してはみるが、破壊できるかどうかは賭けじゃな」


 ヴェル爺が苦渋の表情で言う。彼の魔力をもってしても、破壊が困難なほどの強固な代物ということか。


「時間との勝負になりますわね、ナディア様。クラウス殿たちも蛇の洞窟で奮戦しているはず。こちらも負けるわけにはいきませんわ」


 ミーナの言葉に、私は強く頷いた。彼女の言う通りだ。


「みんなで役割を分担して、解決にあたりましょう!」


 この困難な状況を打破するためには、それぞれの死霊の持つ特性を最大限に活かす必要がある。


「ヴェル爺は引き続き地脈汚染炉オーブ・カルマの位置と、周囲を覆う結界の綻びを正確に探ってちょうだい。それと、私の浄化魔法を一点に集中できるよう誘導してほしいの」


「了解じゃ」


 ヴェル爺が力強く応じる。師匠である彼の膨大な知識と経験は、この状況で最も頼りになる。


「ミーナは私の補助、合図に合わせて結界の綻びを誘ってちょうだい。微細な魔力操作、貴女の得意分野でしょう?」


「おほほ、お任せください、お嬢様! わたくしの魔奏で、その堅牢な結界に綻びを作って差し上げますわ!」


 ミーナは優雅に微笑んだ。彼女の魔奏——魔力操作は、音の波長を用いて、魔法や魔力に特殊な影響を与えることができる。


「ドレイコは、護衛をお願い。私たちが浄化魔法に集中している間、何があっても守って」


「御意に、この身、いかようにもお使いください」


 三人は力強く応じ、それぞれの位置についた。ドレイコは私を挟むように立ち、ミーナは特殊な琴状の魔楽器を持ち、ヴィル爺は杖を地面に突き立て、全身の魔力を地脈に接続し始めた。


「ヴェル爺、見つけ次第、地脈汚染炉オーブ・カルマの正確な位置と、結界の綻びを教えて! 」


「承知した! じゃが、油断は禁物じゃぞ!」


 私は杖を両手でしっかりと握りしめる。


「発見じゃ、行きますぞ、ナディア様——意識共有シェア・コンシャス!」


 ヴェル爺の声と共に、脳内に彼の見ている地脈の情報が入り込んでくる。

 私は意識を集中させ、それを頼りに地脈の奥深くへと魔力を送り込む。


「んっ!!見つけた、すごい結界っ……」


 魔力の抵抗が尋常ではなかった。

 幾重もの鋼の壁が立ちはだかっているかのようだ。カルディアの氷魔力に加え、ファルネウスの炎魔力が混ざり合うことで、その防御力は想像を絶するものになっている。


 無理に突破しようとすれば、地脈にダメージを与えることになる。


「ミーナ、お願い!」


「はい、お嬢様!【美麓魔奏マリオン・ノクテイル】!」


 ミーナが優雅に琴を弾き始めると、ミーナの魔力が、地脈汚染炉を覆う結界を乱し、僅かずつ、その強度を削り取っていく。

 同時に、ヴェル爺の魔力が私の魔力の経路を整え、一点に集中できるよう誘導する。


「ナディア様! 見えたぞ! 結界の最も薄い点じゃ! 」


 ヴェル爺の叫びと共に、私は杖を介して、全身の魔力を地脈に込める。

 地脈の浄化は、通常、穏やかな時間をかけて行うものだ。しかし、今回は時間がない。無理やりにでも、地脈の理を正すしかない。


「【魂魄浄化ソーラー・アブソリューション】!」


 私の杖から、純粋な光の柱が放たれる。

 光は地中深くに伸び、ヴェル爺が示した結界の綻びへと集中する。ミーナが 【美麓魔奏マリオン・ノクテイル】で作り出した僅かな綻び、そしてヴェル爺が誘導する完璧な経路を通り、光はカルディアとファルネウスの混合した魔力による結界に触れる。


「かたい……!」


 まるで、氷と炎がぶつかり合うかのような、激しい魔力の衝突が起き、光は止まる。

 額からは汗が流れ落ち、魔力の消耗も激しい。


(それでも、諦めるわけにはいかない!)


 リカルド様のために、そしてこの森の精霊たちのために。


「【魂魄浄化ソーラー・アブソリューション】!!!」


 パリンッ!


 乾いた音が響き渡った。


 光の柱はそのまま、地中深くの地脈汚染炉オーブ・カルマに直撃する。


 轟音と共に、地中から鈍い振動が伝わってきた。それまで黒く澱んでいた地脈の光が、浄化の光によって徐々に清らかな輝きを取り戻していく。


「やったわ……!」


 安堵の息が漏れる。


「お見事じゃ、ナディア様!地脈の汚染も止まったようじゃな!」


 ヴェル爺の声が喜びを帯びて響く。ドレイコとミーナも、私の元へ駆け寄ってきた。


「かっこよかったですわ!」

「姫様、ご無事ですか!」


 ミーナが心配そうに私を支える。ドレイコも、その無骨な手で私の肩をそっと叩いた。


「ありがとう、大丈夫よ」


 私は疲労感に包まれながらも、満面の笑みを浮かべた。


 しかし、これで全てが終わったわけではない。

 蛇の洞窟でのクラウスたちの戦いは、まだ終わっていない。

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