7.「蛇の洞窟」
◇
転移陣から降り立った瞬間、冷たい風が全身を包み込んだ。周囲はごつごつとした岩肌に囲まれ、頭上には細い三日月が不気味に輝いている。そこは、蛇の洞窟から、数百メートル離れた谷底だった。
「……ここが、蛇の洞窟か」
戦闘部隊隊長であるクラウスは、低く呟いた。背に負った長剣の柄を握りしめ、周囲の気配を探る。事前の情報では、谷底にある蛇の洞窟で、カルディアの配下の魔族が地脈汚染を進めているという。
「お前たち、準備はいいか?」
彼の背後には、奇襲部隊として選抜された精鋭たちが控えていた。
重厚なプレートアーマーに身を包み、巨大な剣を地面に突き立てる重装騎士の霊たち。彼らの鎧は生前の激戦で刻まれた傷跡だらけだが、魔力によって修復され、その存在感は揺るぎない。
「いつでもいいぜ、隊長」
そして、奇襲と陽動を任された副隊長のバーンが、身体から漆黒の炎を微かに揺らしながら、不敵な笑みを浮かべて呟いた。
「罠には警戒しろ。カルディアのことだ、単純な防衛線なはずがない」
クラウスは低く指示を飛ばした。彼の声は静かだが、その中に鋭い緊張が宿っている。偵察部隊のエイルがリアルタイムで魔素の動きを伝えてくれているが、それでも油断はできない。
「バーン、陽動は任せた。敵の注意を引きつけ、洞窟へ進む道を確保してくれ。二部隊に分かれ、俺たちは地脈汚染の核を叩く」
「へいへい」
バーンはニヤリと笑い、手のひらに魔力を集中させ始めた。漆黒の炎が彼の掌で揺らめき、瞬く間に球状に凝縮されていく。
「おらよっ!【
バーン率いる陽動部隊は、洞窟外で周囲の敵の注意を引き付ける。
「てめぇら魔族のアホ面もっと見せろや~!」
自分自身に高い誇りを持つ魔族の性格を活かし、陽動部隊は煽りに煽って周囲に挑発を繰り返した。
「な、なんだと!!」
「貴様ら、どの分際でぇ!」
魔族もまた彼らの思惑通り、その挑発に乗って、半数以上の魔族が、洞窟の入り口から離れた。
「よし、突入開始だ」
クラウスは無言で剣を抜き放ち、洞窟へ走り出した。続く死霊たちも、音一つ立てずに彼の後を追う。
洞窟の中は、外の月明かりすら届かない漆黒の世界だった。進むにつれて、魔素の濃度はさらに増し、不快感が募っていく。
さらに進むと、そこには、簡易的な魔王軍の陣地が築かれていた。漆黒の装甲を纏った魔族の兵士たちが、槍や剣を構え、こちらを警戒している。
「目標は魔族全員だ、誰も逃すなよ」
クラウスは指示を飛ばし、自らも敵陣へと斬り込んだ。彼の長剣は、魔力を帯びて青白く輝き、魔族の兵士たちを瞬く間に切り裂いていく。
重装騎士の霊たちは、文字通り「壁」となり、敵の攻撃を受け止めながら、じりじりと前進する。彼らの巨大な剣の一振りは、魔族の兵士をまとめて吹き飛ばす。
「くそっ、何者だ!?」
魔族の指揮官らしき声が聞こえるが、すでに戦場の主導権は彼ら死霊部隊にあった。
「【
「【
魔族の必死の抵抗で、魔法が放たれる。
「遅れてわりぃ、【
それを相殺したのは、バーンだった。爆炎の熱気を纏い、得意げに笑いながら、彼はクラウスの傍らに躍り出た。彼の言葉通り、洞窟入り口の敵はすべて片付けられたようだ。
「もう終わったのか」
「特大爆裂魔法で一発だったぜ、引き付ける敵も居なくなっちまった」
そう言って笑うバーンに、クラウスは軽く頷いた。合流した二部隊は、勢いそのままに洞窟内にあった陣地を数分で破壊させた。
「さて、片付いたな。先に進むぞ」
その後、さらに奥に進むと、暗闇の奥から微かな光が見えてきた。その光は、まるで氷のように冷たく、青白い。その光は、洞窟の壁に彫られた奇怪な紋様から放たれ、地面を這うように広がる魔素の流れをさらに加速させているようだった。
「カルディアの凍結魔法か……」
クラウスは確信した。
かつてギジャン要塞で目にしたものと同じ方法で地脈を犯しているのだと。地脈の魔素を凍結させ、その力をねじ曲げて汚染を進める魔法。
その魔法を直接行使しているということは——この先に、カルディア本人が居る。
「止まれ」
クラウスの声に、死霊たちは一斉に足を止めた。バーンもその異様な空気に気づき、顔から笑みが消える。
「どうしたぜ、隊長」
「この魔法を見ろ、発生源からかなり離れているにも関わらず、ここまで強力な凍結魔法となるとカルディア本人がこの奥には控えているはずだ」
バーンもその名前に反応したようだった。驚きよりも興奮の方が強く見える。
「へぇ、あの女か。四天王だろ?リベンジしたかったんだ、面白れぇ」
「面白がっている場合ではない。この凍結魔法は、地脈を歪め、この峡谷一帯を生命の芽生えない死地にさえできる。ナディア様から指示されたのは、あくまで地脈汚染の停止だ。カルディア本体との戦闘は、我々の目的ではない」
クラウスは冷静に判断した。カルディアとの戦闘は、死霊部隊にとってあまりに危険だ。ましてや、彼女が本陣を築いているであろう場所で戦うとなれば……。
「ここは一度、ナディア様に連絡をしよう。彼女の指示を仰ぐのが最善だ」
◇
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