059 しずくの分身
※お待たせしました。本日から連載再開です
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「ふふ、実際に作ってみたほうが早いかも」
そう言って、ハンマーをシンバルに変えて、3個のビー玉を挟み込む‥‥
そんなしずくの背後から、18区の一般モンスター、<
<オトルーシュ・ド・グラス>はダチョウの形をしている。もちろん普通の動物と比べて一回り大きく、しずくよりも身長が高い。
そして攻撃手段は、氷を吐く。つまりある程度距離があっても攻撃を浴びることがある。
今からしようとしている攻撃も、まさに遠隔だった。
ダチョウがその小さな口を大きく開け、準備を整える。
”ああああああああああああああ後ろからダチョウがああああ”
”加工してる場合じゃねえ”
”せめて安全ゾーンで加工しろおおお”
”モンスターの目の前で加工とか舐めプ以前の問題なんよ!!!”
”逃げて!!!!!!”
「もお、邪魔ですね」
しずくはたったそれだけ言ったかと思うと‥‥
走り出す。
ダチョウに向かって。
武器となるはずの<マルト・サンセール>を、攻撃に全く使えないシンバルの形にしたまま。
「えいっ」
その片足が、ダチョウの腹を蹴り上げる。
重そうな体は、まるでボールのように、ぽーんと飛んでいき‥‥壁にめり込む。
”え?”
”は?”
”え、ええっ?”
”知ってた”
”え、おい”
”えっ?”
”今、足だけで攻撃してなかったか?”
”ええ、ハンマー使わずに?”
”武器使ってなかったよな?”
「はい、できました!」
シンバルをハンマーに戻し、白く光る3個のビー玉を地面に転がしたしずくが満面の笑顔で宣言するが、リスナーはそれどころではない。
変形する白い何かが蠢くのを背に、配信コメントを眺めていたしずくは、まずその質問に応える。
「何って、これ、私の素の運動能力です。ハンマーを出していない間も自動車くらいの速さで走れますし、さっきの蹴るのもそうです。ただし、ちゃんとした攻撃ではないのでモンスターと戦うには不向きですが‥‥今回は打ちどころが悪かったようですね」
通学路を時速80キロメートルで走ってよく警察に捕まっていたことを思い出しつつ、しずくはさらっと言う。
現に、<オトルーシュ・ド・グラス>のダチョウの大きな胴体は壁にめり込んだままだ。
脚をぶんぶん暴れるように動かしているのが見えるが、胴体が固定されて身動きできないということだろう。
必死で足を壁に押し付けてなんとか出ようとしているが‥‥ダチョウ特有の細い足でどこまでの力が出せるか。
”モンスターと戦うには不向きって言われてもね、うん”
”実質戦闘不能にしてるし。ドロップはないけどね、うん”
”ハンマー無くても危険人物なのね‥‥”
”夫婦喧嘩できねえ”
”ワロタ”
”マルト・サンセールの効果か?”
”スキル発動してないときにも効果出るユニークスキルなんて聞いたことないぞ”
リスナーたちは混乱している。
が、それを尻目に‥‥しずくは「あっ、できましたよ!」と、そちらを指差す。
カメラも、指さした対象に向けられる。
先ほど魔力を込めたビー玉を落とした方向には‥‥1人の人間が立っていた。
どこからどう見ても人間だ。
だが‥‥服装はしずくの今着ている、まるでダンジョン探索に向いていない普段着と同じ。
真っ黒な長髪も、くりんとしたかわいらしい瞳も、そして顔立ちもしずくと全く一緒だった。
リスナーはあっけにとられたのか、コメント欄が全く流れない。
そんなことも気に介さず、目の前の少女はしずくに向かってお辞儀する。
「ご主人様の分身です。
黒い長髪、かわいらしい顔立ち、そして身長ほどのハンマーをトレードマークにした少女――七海しずくの目の前に突如として現れた彼女は、『グット』と名乗った。
見た目がしずくと全く一緒なのである。
笑顔を全く見せない、無愛想であることを除いて。
そばに浮かぶ、浮遊端子を装着したスマホの配信画面では、困惑したリスナーによるコメントが流れていた。
”見た目全く同じいいいいいいいい”
”もうこれハンマーのありなしでしか区別できないのでは”
”目印ください”
”かわいいいいいいい俺にくださいハァハァ”
”待って、霧の涙で人間量産できるってこと? これもこれでやばい気がするんだが”
”パラレルワールドも虎分解もやばすぎて、グットちゃんがまともに見える”
”てかこれ記憶引き継いでるの?”
「はい、私の記憶を引き継いでます。なので作ってすぐにお手伝いしてもらえるんですけど、維持するために1日1個<ラルム・ド・ブルーム>が必要なので、必要なときにだけ作っています」
「リスナーのみなさま、初めまして。ご主人様の分身のグットです。ご主人様がいつもご迷惑をおかけしていますが、広い心でお許しくださいますと幸いです」
紹介するしずくの横でぺこりと丁寧に頭を下げながら失礼なことを言うグットである。
”wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww”
”第一声がそれかよwwwwwwwwwwwwwwwwwww”
”確かに迷惑かけまくりだなwwwwwwwwwwww”
”おっ、分かってるじゃねえか”
”分身が本体より頭いいパターン?”
”本体があんなにおっちゃらけてるとなw”
”しずくちゃんより頭いいの?”
「も、もう、私の念の入った分身だから知能はそんなに変わらないんじゃないかな、ねえグット?」
「Si l'intelligence préprogrammée de l'outil dépasse celle de l'utilisateur, cela ne s'applique pas」
「え、今何て言ったの?」
「Apprenons un peu le français」
”グット>>>>>>>>>しずく”
”分身に煽られてるぞwwwwwwwwwwwwwww”
”流暢な英語すぎて聞き取れねえ”
”↑フランス語だぞ”
”え、今のフランス語なの? 英語ならわかるんだけど”
”もしかして俺達より知能高くねえか?”
”ざっと訳してみると、霧の涙自体に知能があるらしくて、それがしずくの知能を上回っているから、霧の涙の知能に合わせているらしい”
”ありがとう”
”なるほどわからん”
”リスナー語学力高すぎだろ”
”ちなみにその他にもなんか言ってた?”
”二言目は「少しフランス語の勉強をしましょう」だったかも”
”それフランス語で言うんかwwwwwww”
”煽られてやんのwwwwwwwwwwwwwwwww”
”wwwwwwwwwwwwww”
”まさかの毒舌キャラwwwwwwwwwwwww”
”分身なのに性格ちゃうやんけwwwwww”
相変わらず無愛想に言葉を返すグットに、しずくは抗議する。
「ねえ、いきなり英語で言われてもわからないよ!」
「失礼しました、それではご指示をください」
「あ‥‥うん、それじゃあ、これからコンロを作るから、それを運んで18区ボス部屋にいる調査団のお世話をしてほしいな。あと、たまきから塩対応でって言われてるからよろしくね」
後半部分は配信に流れないよう小声で伝えておく。
「それから1日1個<ラルム・ド・ブルーム>の補給が必要になるから、これも持っといて」
「お言葉ですが、ポケットに入れられても、自分を調査団と思い込んでいるあの方々に奪われるかと存じます」
「思い込んでるんじゃなくて本物の調査団だからね。でも、確かにそうだね‥‥」
「なのでグットの口に入れます」
「え、それは食べ物じゃないけど‥‥」
「問題ございません」
戸惑いを隠さないしずくの前で、グットはぱくぱくと何個か丸呑みにする。
「グットは人間ではありませんから、胃の中に消化されないまま保管されます」
「ああ‥‥そうだったね」
グットを殺さない限り、胃の中のものは取り出せない。
そしてグットを殺すことは、これ以上のお世話を拒否すること、調査団の生活の質が下がることを意味する。
しかし、自分と全く同じ見た目の子が異物を飲み込んでいるのを間近で見るのは、どうにも恐怖に近い変な気持ちになる。
その場で作ったコンロを持ち上げ、野菜入りの白い袋を背負ったグットは、「ご主人様、しっかりしてくださいね」と言い残すとそのままボス部屋の扉を開いて中に入っていく。
「うまくいけばいいんだけどな‥‥」
それはまるで子供を見る親のようだった‥‥。
”心配しなくても大丈夫だからwwwwwwwwwwwwww”
”大丈夫だ、問題ない”
”しずくちゃんより頭いいから”
”むしろしずくちゃんが心配される側な”
「もう、みんなひどくない?」
”頬膨らませてるのもかわいいよおおおおお”
”しずくちゃん俺の妻になってくれえええ白いパンツが似合うよおおおハァハァ”
”↑通報”
”そういえばグットちゃんはたまにしか出さないと言ってたけど、グットちゃん電池切れになったらどうなるの?”
「ああ‥‥<ラルム・ド・ブルーム>が切れちゃうと、大きく形が変わって、土くれみたいになっちゃうんですよね。同じもので作った他のものと違ってハンマーで壊す必要がないのは嬉しいですけど‥‥その、寂しいんですよね。でも維持費もばかにならないんですから‥‥」
声のトーンをおさえて、淡々と説明する。
”しずくちゃんが真面目そうに話をしている、だと‥‥!?”
”しずくちゃんもそんな顔ができるんだなw”
”のほほんとしてないの初めて見た”
”かわいい”
「みんな薄情ですーー!!」
モンスターを倒しながらそう叫びつつ、元の世界の18区ボス部屋に帰還する。
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