第2話 バズって初めての配信

006 突然の10万

探掘者養成学校、通称は公的な文書には<ドンジョン・アカデミー>、世俗的には英語の発音に近い<ダンジョン・アカデミー>が使われる。

探掘者を育成する、国立の教育機関。

通常は中学を卒業したあと、希望者がここに入学する。

ダンジョン関係者を増やすことは、国にとっても他国との競争や国土保全のためにも急務になっていた。


七海しずく16歳は、ダンジョン・アカデミー大井分校、探掘科2期生。


「いけない、遅刻しちゃう!」


今日も<自宅>で制服に着替えて、身だしなみを整える。

制服はどこにでもある、ありふれたブレザーとチェック柄のスカートだった。

ダンジョン・アカデミーは普通の高校向けの教育も一部行っている。だから高校生のような制服姿というのも、それほど変ではない。


普通にかばんを持って‥‥


「あっ、ハンマーも出しとかないと」


通学路はダンジョンの中。ゆえに、道中でモンスターに出くわす。

まずは日課の<ドラゴン・ミニヨン>を一撃で倒したあと、中層のモンスターたちをハンマーで蹂躙する。

上層ではすっかり顔を覚えられてしまったのか、最近の会敵はほとんどない。

遅刻しそうになっているからありがたいといえばありがたいのだが、どうせ見つかっても一瞬で倒すので問題はない。


ダンジョンは洞窟。

たとえ夏でもひんやりしているし、まして秋なら普通に長袖のブレザーで身長大のハンマーマルト・サンセールを片手で振り回しても汗をかかない。

しずくにとってそれは、運動の前にやるストレッチのようなものだった。


早朝だからか、すれ違う探掘者はほとんどない。

ダンジョンの入り口は、地下鉄の入り口と似ていて、土や岩でできたトンネルと階段がセットになっているようなものだ。その手前にプレハブでできた簡易的な事務所があり、出入りの時に探掘者はここの名簿に名前を書くことになっている。

しずくは上層を出るとハンマーをおさめて、出入り者名簿に名前を走り書きして守衛の挨拶を聞き流してから、ダンジョン・アカデミーに向かう。

‥‥はずなのだが。


――ダンダンダンダンダンダンダンダン


ある二車線道路の歩道を走っていると、スマホがけたたましく鳴った。

この特別に設定している着信音は、しずくの親友、小沢たまきだ。


(もう、遅刻しそうなのに!)


そばで自転車に乗りつつスマホをいじっている人が自分を追い越すのを傍目で見つつ、しずくは走ったままスマホを耳につける。


『しずく、早速やけどおめでとうやで!』

「何、どうしたの。私の誕生日じゃないんだけど」

『ちゃうちゃう、え、しずく、ほんまに知らんの?』

「一体何?」

『チャンネル登録者10万人超えとるで』

「‥‥は?」


(確か、登録者は10人だったはず。まさか、そんなこと‥‥)


と思ってスマホの画面を見て‥‥しずくは遅刻も忘れて立ち止まった。

スマホの画面に木の陰をかぶせて、指でピンチアウトして、何度も確認する。


そこには確かに、普段なら1桁と2桁の狭間を行き来していた場所に、6桁という非常識な数字が刻まれていた。

10万4816人。


『‥な、驚いたやろ?』

「‥‥‥‥‥‥‥‥え、待って、何があったの?」


人間、現実的でないものを見ると驚きよりもまず思考がフリーズしてしまうものである。

電話口からクックックッと、むかつくような煽るような笑い声が漏れる。


『‥‥あのな、昨日、2人の探掘者を助けたやろ?』

「うん」

『そんで、家にあげたやろ?』

「うん」

『2人、配信者やったんやで』

「ええっ?」

『そして、カメラも動きっぱなし。しずくの家、ぱっちりとられてんで』

「えええええっ!?」


「ええええええええええええええ!!!!!!!!」


いたいけな少女の悲鳴が、大井に響いた。

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