【ポエム?怪文書?特命補佐官初任務③】

「なぁ、七海。ひとつ聞いてもいい?」


「どーぞ、特命補佐官さん」


「この目撃証言、誰から聞いたんだっけ?」


「新聞部よ。あの人たちもネタ探しに必死で、どこかから情報かぎつけて、勝手に調べてたみたい。」


「ふむ。そこまでは理解した。……で、その新聞部は誰から“その話”を仕入れたんだ?」


「図書委員の女の子から聞いたって言ってたわよ」


「……つまり、目撃者はその子ひとりってことか?」


「たぶんね。……あれ?」


 七海が言葉を止めた。目が細くなる。


「その子は“ずっと図書室付近にいた”ってことになるわよね……?」


「……だよな」


 俺たちは顔を見合わせて――


「あーーっ!」


「まだ図書室にいるかも!」


 息ぴったりに叫んで駆け出す。打ち合わせなしでも、なぜか動きはシンクロしていた。


 図書館に到着すると、メガネをかけた大人しそうな、存在感の薄さがステルス迷彩レベルの女の子が一人、受付にちょこんと座っていた。


「君、怪文書のこと何か知ってるよね?」


「はい? 怪文書? 知らないですね。」


 清々しいほどの他人行儀。俺はポケットから封筒と手紙を取り出す。


「これは見たことある?」


 女子は目を細めて、それを見つめる。


「はい。確かにこれは私が出した物です。なぜあなた達が持っているのですか?」


「はい?」


 即・自白。潔さレベチ。


「これは過激な抗議だよね? たとえば校則や生徒会への不満を、詩に見せかけて叩きつけてるというか、そういうヤツじゃないの?」


「はい? 何を言ってるんですか?」


 ……いや、なんでこんなに話が噛み合わない? 言語設定ズレてる?


「たとえばこれ」


 俺は最初に届いた手紙を見せる。


『小さい声は届かない、黙って頷くだけじゃ存在できない、注目されるのは声の大きい人だけ』


って。……つまり、これは“目立てない生徒に光が当たらない学校の構造そのものへの反抗”では?」


「違います。これは“会長に私のことを見つけてほしい”って意味です。声の大きい人、存在感がある人が得をする現実に、ちょっとだけ嫉妬も込めました。そのままです。……どうか、私のことを忘れないでって。」


 そうか、これはつまり、ポエムという名の――


 ラブレターだ。


 俺はカバンをガサガサして、もう一枚取り出す。


「じゃあこれは? 


『校則っていう名の鋏が触れたとき、翼は落ちた。けれど、もっと深く、

私の中に“誰か”が、深く刻まれた。』


これは髪の毛の自由化を訴えた。ハサミで髪を切りたくないけど、切らなければいけなくて、その校則を作った者への恨みが深く刻まれた……みたいな意味では?」」


「これは、会長にネクタイが曲がってると注意されたとき、私の“この人に勝ちたい”というプライドの翼が折れました。そして代わりに、会長への尊敬の気持ちが刻まれたということです。」


 こっちもラブレターだった。


「じゃあこれ。


『火傷すると言われたから、最初から触れるなと決められた。

でも、炎を知らずに怯えるのは、正しいだろうか。』


これはSNSの投稿を制限されることに対する反発とか、そういう意味じゃないの?」


「いえ。これは、“会長は怖いから関わるな”って言われていたけど、私は……もっと知りたかった。近づきたかった、という意味です。」


 それもラブレター。


「じゃあ“好き”って生徒会掲示板に大量送信してたのは?」


「好きだからです。」


「花壇にばらまかれたラブレター風の手紙は?」


「ラブレターです。」


 ……潔いな。いや、攻めすぎじゃない? ちょっと怖いんだけど。


「最近はご公務がお忙しいのだとは思いますが、以前に比べて図書室においでなさらないので……寂しくて。少しでも気付いていただければと……」


 恋する乙女の破壊力って、ホント怖い。


◇ ◇ ◇


「以上が今回の報告となります。」


「くくくく……」


 白川副会長は笑いを堪えていた。絶対ツボってる。


「……そういう意味だったのね。納得したわ。」


 会長は両肘をテーブルにつき、手を組んで口元を隠す。まるで“裁きを下す女王”って感じだった。気安く喋ったら処されそうな雰囲気。


「ホントに迷惑な話ですわね。少し最後のはやり過ぎでしたわ。」


 九重がピシャリ。普段冷静なのに、語気強めなの逆に怖い。


「でも、それだけ凛音のカリスマ性がすごいってことだね。」


 白川副会長が全力フォローを入れる。さすがまとめ役。


 ……ついでに俺にも「頑張ったで賞」とか出ませんかね?


「しかしながら、直接的には関係なかったにしろ、今回の一件により、校則という制度が、長きにわたり旧態依然のまま存続していたことが明るみに出たわ。時代の変化に即した見直し――それが、今こそ求められているのかもしれないわね。


 ともあれ、湊。あなたは私の期待に、見事応えてくれたわ。労をねぎらうわ。……よくやったわね。」


「はっ、勿体なきお言葉!」


「あなたには少しお休みを与えましょう。また、必要になれば声をかけるわ。」


 鳳条会長の顔はちょっと曇ったままだった。あの図書委員の処遇、いろいろ悩んでるのかもしれない。俺にはどうにもできないが。


「ありがとうございます!」


 俺は一礼して、廊下に出て角を曲がると、即ダッシュ。

 やった。ついに俺にもオフが訪れた。これで夢のグータラ生活に突入だ!


 校門を出て、ポケットを探る。

 あっ……最悪だ。鍵忘れた。机の中だ。完全にやらかした。


 俺はしぶしぶ、再び学校へ向かった。


◇ ◇ ◇


 教室へ戻る途中、ふと図書室の前を通る。

 何気なく覗いた中に――いた。会長と、あの図書委員。


俺は陰に隠れ、聞き耳を立てた。


「あなたが、あの文章を送ったそうね。」


 会長は腕を組んで仁王立ち。圧がすごい。裁判の開廷みたいな空気。


「……はい。」


 女子生徒は俯いたまま。これは……泣くな。下手したら涙の土下座まである。


「……素敵な文章だったわ。読ませてもらえて、嬉しかった。」


 ……えっ、そっち!?


「いえ、滅相もございません。しもべの方に伺いました。……私のせいでご迷惑をおかけしてしまったようで……」


 彼女は伏し目がちに言葉を継いだ。緊張が声ににじんでいる。


「――あなたが謝ることではないわ。悪いのは、私よ。」


 会長は腕を組んだまま、静かに言葉を続けた。その声には、凛とした温度と優雅な余白があった。


「私の読解が至らなかったせいで、ここへ来るのが遅くなったわ。反省しているの。……余計な気苦労をかけてしまったわね。」


 彼女は少し首を傾げると、瞳を細めてふっと笑った。


「やはり、本は定期的に読まないと感覚が鈍るわ。今後も……あなたのおすすめを、楽しみにしているわ。」


「はいっ!」


  女子生徒の顔がぱっと明るくなる。春が来たみたいに、あたたかく。


「……とはいえ、今回の件。少々度が過ぎていたわね。相応の“責任”は、取ってもらわなければならないわ。」


「……はい……」


 喜びの咲いた顔が、ふたたび曇る。


「――あなたのその文章力。見逃すには、惜しいわ。今後、文化祭や体育祭のキャッチコピー、手伝ってくれないかしら?」


「はいっ! もちろんです! 会長のためなら……寝ずに考えます!」


 張り切る声に、会長はふっと目を細めて微笑む。


「……体を壊されたら、元も子もないわ。無理のない範囲で、誠心誠意――その才能を貸してちょうだい。」


「はいっ!」


 女子生徒は感激に頬を染めて、深々と頭を下げた。


 ……なんだかんだでこの人、“国民”にはやっぱり優しいんだよな。


 俺は、気づかれないようにそっとその場を後にした。


◇ ◇ ◇


――翌日。


「……遅いわよ、三田村湊」


「いや、五分だけですけど……。ていうか、昨日“休んでいい”って言ってたじゃないですか?」


「“また必要になれば呼ぶ”とも言ったはずよ。詳細は七海から聞いて」


 ……ここ、生徒会という名のブラック企業かーーーーッ!

 “国民”には優しいくせに……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る