【ポエム?怪文書?特命補佐官初任務②】

俺は、ソファの隅っこ――もはや壁と一体化するレベルのポジションにおさまった。


「三田村湊、それで……あなたはみすみす戻ってきたということね?」


「はい、その通りでございます……」


 鳳条会長の圧がすごい。もう、蛇に睨まれたカエルとかいう生ぬるい比喩じゃ足りない。

 高圧洗浄機の直撃くらいにはダメージある。


「会長。やはり彼には、荷が重すぎるのではありませんか?」


 冷えた声が飛んできた。会計係――九重 ここのえ みお。眼鏡の奥から、冷ややかな光。


「彼と私たちとでは、基礎スペックが違いすぎる気がします」


 眼鏡をクイっとさせる。


 はい、直球でございます。さすが会計係、情け容赦ゼロ。

 ……でもまぁ、言ってることは間違ってない。このままクビになってくれたら、それはそれで助かる。

 だから俺は黙って、心の中で九重を応援していた。


「澪。それはつまり、私の人選が間違っていたと?」


 静かに。だが確実に、室温が3度下がる。

 鳳条会長が背中から王の圧を放ち始めた。


「……めっそうもございません。出過ぎた発言でした。お詫び申し上げます」


 九重、即・陥落。さすがに鳳条会長相手にそこまでツッコむ勇気はなかったか。


「まぁまぁ。澪も、凛音のことを思って言っただけだろう。あまりきつく言わないでやってくれないか。俺からも頼むよ」


 声をかけてきたのは、副会長――白川 律しらかわ りつ。生徒会のバランサーであり、会長と唯一まともに会話が成立する男。


「まだ初日だしさ。湊も、もう少し時間が必要だろう。

 焦らず様子を見ようよ」


 笑顔は柔らかい。でも――

 **“結果を出せなかったら察してね”**という優しいプレッシャーが含まれていた。なんなんだこの紳士圧。


 鳳条は紅茶を一口すすり、息をひとつ。


「湊。調査はこのまま続けてちょうだい。進捗は、適宜私に報告を」

「……次は、多少なりとも進展のある報告を。できるわね?」


「は、はい……」


「――下がっていいわ」


 一礼して、そそくさとドアへ向かう俺。

 その途中、九重と目が合った。


 ……で、ふんっと、華麗に視線をそらされる。


ふぅ。さてと……なんか、どっと疲れたな。


 精神をすり減らすだけすり減らして、得たものは“次回に期待してるわ”という会長の笑顔。

 笑顔に見せかけた、事実上の最終警告。


 これはもう、見えない首輪を首元にカチャッとつけられた感覚である。


◇ ◇ ◇


 俺は逃げるように帰宅し、机に怪文書を並べた。

 そう、会長から預かった“例の紙たち”。

 ポエム? 怪文書? 呪いの書?――とにかく、ジャンル分け不能な一群である。



『小さい声は届かない、黙って頷くだけじゃ存在できない、注目されるのは声の大きい人だけ』



『校則という名の鋏が、

私に触れたとき――


私の翼は落ちた。けれど、もっと深く、

私の中に“誰か”が、深く刻まれた。



『火傷すると言われたから、最初から触れるなと決められた。

でも、炎を知らずに怯えるのは、正しいだろうか。』



 そして今回、新たに加わった一枚。



『花が咲くことを、罪だと言われた。

芽吹くより先に、刈り取られる感情がある。』



 こうして並べてみると――なんというか。

 どれも、何かに縛られてる“感情”がテーマになってる気がする。


 大きな声、小さな声。翼。炎。花。

 それぞれ違うようで、**全部“決められたルールへの違和感”**がにじんでる。


 ……これ、もしかして“校則”や”生徒会”への抗議?


 いやいや、仮にそうだったとして――

 それを俺が知ったところで、犯人が見つかるわけじゃないし。

 そもそも俺、探偵じゃないし、ただの雑用係だし。


 というわけで、俺は怪文書を机の端にずらし、スマホを手に取った。


 ――おっ、新作ゲーム出るんだ。買わなきゃ。


 このときの俺は、まだ知らなかった。

この怪文書が、まだ序章にすぎなかったことを。


◇ ◇ ◇


 翌朝。登校してすぐ、校庭の中庭にやたら人が集まっているのが見えた。


「……なんだ、あれ」


 俺は鞄を片手に、人だかりの隙間を縫って進む。

 その中心には――お察しの通り、生徒会。しかも、全員フルメンバー。


 その先頭に立つのは、もちろん鳳条凛音。


 あの人が校庭に立ってるだけで、もはや“公開処刑の開幕感”が出るのすごい。


 俺は会長を刺激しないように、そっと後方に回り込み、書記の倉橋七海に小声で訊いた。


「……なにがあったの?」


「これ、見て」


 七海が指差した先――花壇一面に、封筒がばら撒かれていた。


 ハートのシールが貼られた、ピンクのやつ。

 恋文か。ラブレター型の爆撃か。


 あちゃー。これは派手にやられた。


 ……会長、あの背中からだと表情が読めないんだよな。

 怒ってるのか、呆れてるのか、あるいは――笑ってたりしたらどうしよう。


 そう思っていたら、会長がゆっくり振り返り、まっすぐこちらに歩いてきた。


「湊。これ、片付けておいてくれる?」


「は、は、はい」


 冷静。めちゃくちゃ冷静。

 逆に怖い。笑顔より無表情のほうがこっちの精神削るって初めて知った。


「それと、進捗の報告。待っているわ。私を失望させないで」


 軽く微笑みながら、その一言を投げていく。


「七海。あなたも湊を手伝ってあげて」


「はい。かしこまりました」


 ……はいー、無事に見張りがつきましたー。

 逃げ道がまた一つ、封鎖されましたー。


 そろそろ成果の一つや二つ、持っていかないと――どんな目に遭うのやら。


◇ ◇ ◇


 封筒を回収していると、その中の一枚に手紙が入っていた。



『笑顔の天使たちが、今日も完璧に一列に並ぶ。

でもその羽は、誰かの設計図通りに動いているようだった。』



 ……今度は天使か。

 ポエムのレパートリー、地味に広いな。


 裏側を見ると――またしても、「鳳条会長宛」。


 はい出ました。おなじみの指名入り。

 この熱量、もはや執念の域。


◇ ◇ ◇


 放課後。

 俺は生徒会室の机に突っ伏していた。


 帰って、冷房の効いた部屋で、お菓子食べてジュース飲んで、漫画読んで――

 そんな自由は、今の俺には存在しない。


 机にうなだれていると、七海がやってきた。


「お疲れ。まずはどうする?」


「まずも何も、情報がなさすぎる。

 何か追加の手がかりでも?」


 七海は、革張りの高そうなメモ帳を取り出して俺の前に置いた。さすが書記兼、記録係


「新聞部の人から聞いた情報なんだけど――

 目撃証言によると、湊が張り込んでた日の図書室前の投書箱に何かを入れた人物は、3人いたらしいの」


 一人目は、軽音部の柴田 輝しばた てる


 二人目は、科学部の西原 栞にしはら しおり


 そして三人目、最有力容疑者――生徒会の三田村 湊。


「……俺?」


「新聞部の証言によると、一番挙動不審だったらしいわよ」


 七海が肩をすくめながら、ニヤッと笑った。

 くそう……俺が見ても、あの日の俺は怪しかった自信ある。だがそれを言われると傷つく。


「……まずは、軽音部から行こう」


 若干怒気混じりにそう言うと、七海は笑いを堪えつつついてきた。


「怒らないで。私は報告書をそのまま伝えただけよ。ふふふ」


 ――その“ふふふ”が、一番ムカつくんだけど。


◇ ◇ ◇


 軽音部の部室のドアを開けた瞬間、


 ギュイイイイイイイン!!!!!!


 はい、耳が終了しました。


 耳だけじゃない。鼓膜ごと社会復帰できないレベル。

 これもう、バンド練習という名の音響テロでは?


「すいませーん!!!」


 応答なし。


「すいませーーーーん!!!」


 まだだ。


「すいませえええええええん!!!」


「うわっ!? びっくりした……誰? なんの用?」


 やっと気づいた。声、届くまでに3コーラスくらいかかった気がする。


「あの、昨日の放課後、図書室付近でなにかされてましたか!?」


 自分でも驚くくらい大声になってた。そりゃ鼓膜いじめられた直後だもんね。


「ははは、君、声でかいね。うん、確かに図書室の近くにはいたよ。大事にしてたピック落としちゃって、それ探してたんだ」


「この封筒に見覚えありませんか? 毎週水曜、図書室前の投書箱に投函されてるんですが」


「全然知らないねー。毎週水曜はみんなでスタジオ行ったりカラオケ行ったりしてるから。友達に聞いてくれたらすぐわかるよ」


「了解です。練習、頑張ってください」


 扉を閉めた瞬間、また爆音ギターが鳴り響いた。

 耳の寿命が、確実に減っている。


「次、科学部ね」


「……部室、すぐ近くだったよな」


「近くて助かるでしょ。行くわよ、湊調査官」


 なんか七海、やけにテンション高くない?

 完全に“事件モノごっこ”を楽しんでいる顔だ。


◇ ◇ ◇


 理科室のドアを開けたその瞬間――


 ドッカーン!!!!


 今度は爆発ですか。こっちのライフ、ゼロですよもう。


「けほっ、けほっ……」


 白衣の女の子が、フラスコとビーカーと謎の煙に包まれていた。

 化学って、こんなに命がけだったっけ。


「だ、大丈夫ですか?」


「研究に失敗はつきものよ。これは成功のプロセス。第一歩なの」


 もうその前向きさを分けてほしい。俺、今、逆方向に振り切れてるから。


「ちょっとだけお話を伺っても?」


「何について? 万有引力? それともシュレーディンガーの猫?」


「そこまで難しくないです……昨日の放課後、図書室付近で何をしてました?」


「ええ。科学の本を返しに行ったの。その後で、天啓が降りてきて……しばらく図書室で考えてたの」


「“天啓”……いい閃き、ですか?」


「聞きたい?」


「いえ、遠慮しておきます」


「そう。残念」


 ほんとに残念そうな顔するのやめて。ちょっと罪悪感わいてくる。


「この封筒に見覚えはありませんか?毎週水曜日に投函されているんです。」


「ないわね。水曜日って言った?

その日なら無理ね。私、水曜は近くの大学の研究室に通ってるの。放課後すぐ出ないと間に合わないのよ。もしそれを覆す仮説があるなら、聞かせて?」


「いや、大丈夫です。それだけ分かれば」


「そう……残念」


 はい、二回目。

 この人、面白いことを常に探しているタイプだ。話してると何かに巻き込まれる。逃げろ俺。


◇ ◇ ◇


 教室の外。七海が壁にもたれて待っていた。


「どうだった?」


「どっちもアリバイあり。限りなくシロだな」


(ってことは、やっぱり……俺か? いやいや、それはさすがに――)


 ――でも、もしこのまま何の成果も出せなかったら、会長の“冷ややかな視線による処刑”が待っている気がする。


 俺は顎に手を当てて、静かに考える。


(……あー、なるほど。そういうことか)

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