第20話 闇の深奥
ゼフィラはライアットたちと共に、街の明かりが完全に消え去った裏路地をさらに奥へと進んでいた。
やがて彼女たちの前に現れたのは廃墟と化した工場地帯だった。
錆びついた鉄骨が剥き出しになり、窓ガラスはほとんど割れている。
その中心に異様な空気を放つ巨大な建物があった。
入り口には全身に刺青を施した巨漢たちが数人、無表情で立っている。
彼らの目は感情を宿さず、無機質だった。
ゼフィラが中に足を踏み入れるとひんやりとした空気が肌を刺す。
内部は薄暗い通路が複雑に絡み合い、まるで巨大な蟻の巣のようだった。
ところどころで構成員たちの低い声や、金属が擦れる音が聞こえる。
壁には血のような赤黒い染みや正体不明の魔法陣が描かれており、不穏な雰囲気を一層際立たせていた。
「…………」
ライアットは無言でゼフィラをある部屋へと連れて行った。
見覚えのある光景にゼフィラの心臓が嫌な音を立てる。
そこはゼフィラがかつて影牙衆にいた頃、彼女自身が使っていた部屋だった。
小さな窓が一つあるだけで、質素なベッドと錆びついた鉄製の机が置かれているだけの空間。
何も変わっていない。
「懐かしいだろ、ゼフィラ? お前の場所だ」
ライアットは
他の構成員が去り、部屋に二人きりになるとライアットの表情から先ほどの嘲笑が消え失せて冷酷な眼差しに変わる。
それを見たゼフィラの全身に悪寒が走った。
「分かってるよなぁ……?」
低い声が部屋に響く。
ゼフィラは身を硬直させた。
ライアットはゆっくりとゼフィラに近づき、その細い腕を掴んで乱暴に引き寄せた。
「俺はお前をずっと待ってたんだぞ? なのに勝手に抜け出して愛だの縁結びだの、くだらねぇ真似をして……」
「ご、ごめんなさ……」
「謝って済むワケねぇだろ!!」
ライアットの拳がゼフィラの顔、腹を容赦なく襲う。
「ぐぁっ……」
痛みで視界が歪む。
息が詰まり立っていられなくなる。
全身が鉛のように重くなりゼフィラはその場に倒れ込んだ。
しかしライアットは全く容赦なく暴力を止めない。
かつてそうであったように、彼は徹底的にゼフィラの肉体と精神を打ちのめし抵抗する気力を奪い取っていく。
「俺よりあんなくだらねぇことの方が大事だったのか? なぁ?」
「俺がずっとお前の世話してきたんだぜぇ? ガキのお前を拾って育ててやったのはテメェの家族じゃねぇ、俺だ。その恩を忘れたのかぁ……?」
「俺がなんでも教えてやった。俺が教えてない事はしなくていい。俺の命令したことだけやっていればいいんだよ!」
どれほどの時間が過ぎたのか。
ゼフィラの意識が遠のきかけた頃、ようやく暴力は止んだ。
身体中が軋み、激しい痛みが全身を駆け巡る。
口の中いっぱいに血の味が広がっていた。
その後、ひんやりしたものがゼフィラの頬に触れた。
ライアットの手だ。
彼は血まみれのゼフィラを抱き起こし、優しく顔の汚れを拭った。
「ゼフィラ。痛かったか? でも分かってくれよ。お前に裏切られたような気がして俺も胸が押しつぶされたみたいに痛かったんだぜ……?」
その声は驚くほど穏やかで、まるで先ほどの暴力を振るったのが別人であるかのようだった。
ライアットは一度部屋を出ると温かいスープと一切れのパンを持ってきて、ゼフィラに差し出した。
「ほら、食え。腹減ってるだろ。あーんしてやろうか?」
ゼフィラはライアットが差し出してくるスープが乗っているスプーンを目の前にして、僅かながら口を開けた。
ライアットは丁寧にゼフィラにスープを飲ませる。
口の中でスープの味と血の味が入り混じった。
身体は痛みで麻痺しているが、ライアットの優しさにわずかながらも安堵を覚えている自分がいることに絶望する。
食事が済むまでライアットがゼフィラにスープやパンを甲斐甲斐しく食べさせた。
「ちゃんと食べられてエライエライ。今日はもう休め」
そう言ってライアットはゼフィラの血と汗に濡れた頭を優しく撫でた。
「明日からまたきっちり働いてもらうからな」
ライアットは立ち上がると、再び部屋のドアを閉めて重い鍵をかけた。
ガチャリ、という音が響きゼフィラは一人暗闇の中に残された。
***
街はずれの何もないところでガレンは、荒い息を吐きながら血が滲んだ拳を太い木に叩きつけていた。
それを心配そうに見守るフェリックス。
ライアットにまるで子供のようにあしらわれた悔しさ、そしてゼフィラを連れ去られた無力感がガレンを
「くそっ……!」
ゼフィラを救うためには自身の武術を「変革」する必要がある。
正統派の型だけではライアットのような裏社会の理不尽な暴力には通用しない。
ガレンはゼフィラとの手合わせで感じた、あの予測不能な動きと彼女の笑顔を思い出す。
あの時の楽しさ、そして彼女を守りたいという純粋な感情が彼の新たな「強さ」への原動力となった。
「影牙衆の拠点を探します。ゼフィラさんを救い出さないと」
とガレンは言うが、ライアット率いる
「ガレン殿、焦ってはいけません。影牙衆の本拠地は厳重な警備が敷かれています。無闇に突っ込めば、ガレン殿もゼフィラも危ないでしょう」
フェリックスは自らが持つ社会のコネクションを辿り、情報収集を開始した。
フェリックスもまたガレンと同じ気持ちでいた。
ゼフィラは喜んでライアットについていった訳じゃない。
彼女は囚われているのだ。
それも強く精神的にも拘束されているのが見て取れた。
手配師や情報屋、引退した裏社会の人間……フェリックスは様々な伝手を使い、影牙衆の拠点や内部構造、ライアットの行動パターンに関する手がかりを探した。
それでもライアットに関する情報は少なかった。
誰もライアットの事を積極的に語ろうとしない。
もしそれがライアットにバレたら報復を受けると誰しもが分かっていたからだ。
フェリックスは眉間に皺を寄せ、資料を読み込む。
ガレンはフェリックスの調査を待つ間、自身の特訓をした。
通常の訓練場ではなく人通りの少ない廃倉庫を借り切り、ひたすら己の動きと向き合う。
型を破る。
不意打ちに対応する。
相手の意表を突く。
ゼフィラの身体能力と直感を思い出しながら、彼は泥まみれになり血を流しながら新たな武術の境地へと足を踏み入れていた。
――ゼフィラさん……必ず、俺が助け出します
二人の男はそれぞれの方法で、闇の奥深くへと囚われたゼフィラを救い出すための方法を探していた。
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