第11話 不器用な求道者




 エルフの氏族長ラーンとドワーフの族長ドラン。

 長きにわたり反目し合ってきた二大種族の最高権力者が、異種族間の「仮交際」という前代未聞の事態を渋々ながらも許可したというニュースは、まさに王国を揺るがす大事件として瞬く間に駆け巡った。


 都市の大通りでは号外を配る新聞売りの声が響き渡り、酒場では人々がグラスを片手に熱い議論を交わしていた。


「信じられるか!? あのエルフとドワーフがまさか仮交際の許しを出すとは!」

「和平協定はあったが、まさか魂の繋がりまで認めるとはな……まさに奇跡だ!」

「なんでも『エヴァー・ブロッサム』っていう恋愛・結婚相談所が仕組んだことらしいぞ!」


 誰もがこの歴史的な出来事に驚きと興奮を隠せない。


 長年連れ添った夫婦が「もう一度愛を確かめたい」と願う者から、恋愛に奥手な若者、はては「運命の相手を見つけたい」と夢見る貴族の令嬢まで、あらゆる階層の人々がこのニュースに熱狂した。


 この奇跡のような「縁結び」の立役者が都市の一角にある小さな『エヴァー・ブロッサム』だという噂もまたたく間に広まった。


 それまで一部の変わり者や平民の女性が王子と結婚したブームに乗った客しか寄り付かなかった事務所は、一夜にして「奇跡の縁結び事務所」としてその名を轟かせ、翌朝から依頼人が殺到した。


「所長! また新しい依頼が! 手が回りません!!」

「ゼフィラさん今度はどこそこの貴族のお嬢様が、どうしても貴女に担当してほしいと……!」


 事務員は山と積まれた依頼書に文字通り埋もれていた。

 通信は鳴りっぱなし、事務所の扉はひっきりなしに開閉し来客が途絶えることはなかった。


「へっ、ざまぁみろってんだ! これで所長も、あのケチくせぇ飯から卒業できるな!」


 ゼフィラはそう言って笑い飛ばすが、彼女自身も大忙しだった。

 やはり一定数「お姫様になりたい」「玉の輿に乗りたい」といった、恋愛そのものよりもステータスを求める依頼人が多く、ゼフィラは容赦なく彼らを一蹴していた。


「てめぇらの目的は愛じゃなくて金と名誉だろうが! 馬鹿が! 王子様がお前みたいな世間知らずをめとるわけねぇだろ! 身の程をわきまえろ! せめて勉強して教養を身に付けろ!」


 彼女の容赦ない言葉に依頼人たちは泣きながら帰っていくのが常だった。


 それでも、『エヴァー・ブロッサム』の評判は落ちるどころか、むしろ「本気で愛を求める者にしか力を貸さない」という、ある種のブランドイメージを確立しつつあった。




 ***




 そんなある日の午後。

 依頼人の対応に追われる喧騒の中、一人の男が事務所の扉を静かに開けた。


 男は「ガレン」といった。

 人間族であろうか、その鍛え上げられた肉体は分厚いローブの下に隠されているものの、そこから滲み出る質実剛健な雰囲気は隠しようがなかった。

 表情はあまり豊かではなく、口数も少なそうに見える。

 服装も簡素で武術の稽古着のような動きやすい服を好んで着ている。


 ガレンは周囲の騒がしさに戸惑うことなく、真っ直ぐに受付へと向かった。

 彼の醸し出す独特の雰囲気に、事務員たちは僅かに身構えた。


「……依頼を、頼みたい」


 ガレンの声は低く感情の起伏が少ない。

 受付の事務員が恐る恐る尋ねる。


「あの……どのようなご依頼でしょうか?」

「……恋愛、についてです」


 その言葉に事務員たちは一瞬、沈黙した。

 この厳めしい雰囲気の男から、「恋愛」という言葉が出るとは想像していなかったのだ。


 ガレンは武術の求道者だ。

 幼い頃から強さを追求することに全てを捧げ、恋愛など二の次だった。


 しかし、彼が所属する流派の師範から「武術の真髄は精神にもある。人との縁、愛を知ることもまた強さの探求だ」と半ば無理矢理に背中を押され、この騒がしい事務所へとやってきたのだ。

 本人としては全く乗り気ではない。


 やがて、ガレンはフェリックスの元へと案内された。

 フェリックスは彼の雰囲気に驚きつつもいつもの柔らかな笑みで迎える。


「なるほど。恋愛のご相談ですか。具体的にはどのようなお悩みでしょうか?」


 ガレンは口を開きかけたものの、すぐに言葉に詰まった。

 彼は目を伏せ苦しそうにうめく。


「……その、女性と、どう接すればよいか分かりません。言葉が続かない。何を話せば良いのか……」


 彼の言葉は途切れ途切れで、その不器用さが痛いほど伝わってくる。

 フェリックスは彼の真面目さに好感を持ちつつも、その朴訥ぼくとつさゆえに、一般的なアドバイスが響かないだろうことを悟った。

 他の相談員に任せてもきっと埒が明かないだろう。


 フェリックスが誰に担当させるか思案していると、そこにゼフィラが興味深そうに近づいてきた。


「なんだ、この朴念仁ぼくねんじんは。面構えは悪くねぇのに何が不満だってんだ」


 ゼフィラは遠慮なくガレンの顔を覗き込んだ。

 ガレンはその唐突な距離感と、ゼフィラの荒々しい物言いに反射的に少し身を引いた。


「てめぇ、恋愛の相談に来たってのにそのツラはなんだ? 死んだ魚みてぇな目しやがって。そんなんで女にモテると思ってんのか?」


 ゼフィラの容赦ない言葉にガレンは口を真一文字に結び、何も言い返せない。

 彼はこれまでもその不器用さゆえに、何度か失恋を経験してきたのだろう。


 ゼフィラはそんなガレンの様子を見て、ふと彼の武術の求道者としての雰囲気に気づいた。

 彼の鍛え抜かれた身体からは、ただならぬ修練の跡が感じられる。

 彼女自身も喧嘩を通じて己を鍛え上げてきたため、その「本気」を感じ取ったのだ。


「あんた、あたしが担当してやるよ。どうせ他の奴らにゃアンタの悩みは解決できねぇだろうからな」


 ゼフィラはニヤリと笑った。

 フェリックスは驚き、他の事務員たちは心配そうな顔で二人を見つめていた。

 ゼフィラがここまで食いつく依頼人は初めてだったからだ。


「おい、朴念仁ぼくねんじん!」


 ゼフィラはガレンの胸倉を掴み、乱暴に彼を壁に押し付けた。

 ガレンは驚きつつも、その圧力に抵抗しようとはしなかった。


「てめぇ、口下手なのはいい。だが本当に相手を思うなら、その『本気』を態度で示せ! 武術の修行と同じだ。半端な気持ちじゃ何も掴めねぇんだよ!」


 ゼフィラの荒々しい言葉にガレンは最初は戸惑う。

 しかし彼女の言葉の裏にある「本質」と「真剣さ」を、彼は感じ取っていた。

 それは、彼の武術の師がかつて語った「武の教え」に似た響きがあった。


 ガレンは、静かに頷いた。


「……分かりました。努力します」


 ゼフィラは自分の言葉が彼に届いたことに少しばかり驚いた。

 他の依頼人とはまるで違う反応だ。

 この朴訥な男が彼女の中に、これまでとは異なる「筋」を感じさせた瞬間だった。


「あたしが担当するからには絶対縁結びするからな!」


 その自信に満ちた様子のゼフィラにガレンはなんとなく納得し、彼女に依頼を頼んだ。



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