第7話 作戦会議




 エルフの氏族長ラーンとの交渉を終え、ゼフィラたちは森を後にした。

 リーファとバルドは安堵しながら、まだ信じられないといった興奮の中にいた。


「ラーン様が……仮とはいえ、許してくださったなんて……!」

「ああ、まだ夢を見ているようだ……!」


 バルドは怪我で顔を歪めながらもリーファの手を固く握りしめ、その瞳には希望の光が宿っていた。


 『エヴァー・ブロッサム』へ戻る道中、フェリックスは本格的にバルドの傷の手当を始めた。

 彼の指先から放たれる淡い光がバルドの裂けた皮膚をゆっくりと癒していく。


「傷は深いですが幸い骨には達していないようです」

「ありがとうございます、フェリックス所長」


 ゼフィラは自分を庇ったバルドの傷が治っていくのを見て安堵した。


「ゼフィラさん、本当に……私たちのためにあそこまで……」


 バルドは痛みを感じつつもゼフィラに視線を向けた。

 リーファもまたゼフィラの前に静かにひざまずいた。


「貴女様がいなければ、私たちは永遠に引き離されるところでした。その荒々しいお言葉は最初は恐ろしかったですが私たちの心を、そしてラーン様のお心をも動かしてくださった。本当に感謝してもしきれません……!」


 カリカリと頭を掻きながらゼフィラは照れくさそうに顔を背けた。


「ふん……別にアンタらのためじゃねぇ。ただ、筋が通らねぇのが気に入らなかっただけだ。それにあたしが何か特別なことしたわけじゃねぇしな」


 彼女はそう言うが、その言葉とは裏腹に心の奥底では確かに小さな喜びを感じていた。

 自分の行動が実際に誰かを救い、状況を変えることができたという実感。

 それはこれまでの「喧嘩に勝つ」こととは全く異なる種類の満足感だった。


 バルドの手当を終えフェリックスはゼフィラに視線を向けた。

 彼の瞳には深い洞察と抑えきれない興奮が宿っていた。


「ゼフィラ。貴女のキューピットの加護は私が想像していたよりも遥かに強力です」


 フェリックスの言葉にゼフィラは訝しげな顔をした。


「は? あたしはただ、あのジジイに筋を通しただけだろうが」

「貴女が『筋を通す』その行動こそがキューピットの力を引き出しているのです。ラーン氏族長が放った茨の魔法は本来であれば致命傷を与えかねないものでした。しかし君の周囲でその威力が劇的に減衰させました。さらにバルド殿の傷がこの程度で済んだのも、貴女の加護が彼らにまで及んだ証拠です」


 フェリックスは興奮を抑えきれないといった様子で続けた。


「キューピットの力は単なる『縁結び』ではありません。憎しみや対立といった負の感情を押し返し、愛や絆を育むこの世界の根源的な調和の力なのです。それが今、貴女という存在を通して無意識に発動しています……!」


 ゼフィラは興奮気味のフェリックスを見て頭を抱えた。


「愛がどうとか加護がどうとか言われても、あたしにはさっぱり分かんねぇ。頭が痛くなるだけだ」


 彼女の脳裏にはフェリックスが語った「愛が失われつつある世界を救う力がある」という言葉が蘇る。

 そんな大それたことが自分にできるとは到底思えない。


「あたしはただ、気に入らねぇことを気に入らねぇって言ってるだけだ」


 ゼフィラはそう吐き捨てた。

 しかし、その顔には以前のような完全な拒絶の表情はなく、どこか戸惑いと微かな期待のようなものが入り混じっていた。

 ラーン氏族長を動かせたという事実が、彼女の中で小さな変化を生み出しているのだ。




 ***




 その日の夕食時。

 リーファとバルドは再びフェリックスとゼフィラに頭を下げた。


「ラーン様が仮交際を許してくださったこと、本当に感謝しております。ですがドワーフの族長が……」

「そうですね。ドワーフの族長はエルフの氏族長とはまた異なる性質を持つ。彼らは、より実利的で一度決めたことを覆すことは極めて稀です。エルフへの根深い憎悪の感情はラーン氏族長以上かもしれません」


 フェリックスは慎重な口調で懸念を示した。


 ドワーフの族長「ドラン」は荒々しい気性と何よりも部族の利益と「鉄の掟」を重んじることで知られている。

 エルフとの歴史的対立は彼らの心に深く刻まれているのだ。


「特に魔石戦争の際に王族が滅びた遠因にもドワーフたちが深く関わっています。彼らの頑固さはエルフの比ではないでしょう」


 フェリックスの言葉にバルドの表情も固くなる。


「ドラン様は一度決めたら決して曲げないお方です。それにエルフとの結婚など我らの部族にとっては最大の裏切りに等しい……」


 リーファは不安げにバルドの腕を握りしめた。


 しかし、ゼフィラはそんな二人の不安やフェリックスの懸念を跳ね除けるかのようにテーブルを「ドン!」と叩いた。


「任せとけ!」


 彼女の瞳は次の戦場を前にした戦士のようだった。


「エルフのクソジジイも、最初はどうにもならねぇ面してやがったが最終的には話が通じたじゃねぇか。ドワーフの族長も同じだ。理不尽な壁があるんならぶっ壊すまでだぜ」


 ゼフィラがニヤリと笑うと彼女の口のピアスがキラリと光る。


「次も同じやり方でケリつけてやる。ドワーフの族長にもあたしの啖呵をたたき込んでやるよ!」


 彼女の荒々しい言葉の中に、確かな自信と使命のようなものが芽生えているのをフェリックスは感じ取っていた。


 ドワーフの族長ドランが、ゼフィラの「規格外の縁結び」の前にどのような反応を示すのか。

 次なる試練はエルフの森での出来事以上に困難なものになるだろう。



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