異世界恋愛・結婚相談所 〜無敵のヤンキー相談員の縁結び〜
毒の徒華
第1話 ヤンキー所員の日常
「だから、あたしも王子様と結婚したいの。貴族の人を紹介してちょうだい!」
甲高い声が閑静な一角にあるその恋愛・結婚相談所『エヴァー・ブロッサム』に響き渡った。
ソファにふんぞり返る女性は、世間を賑わせている大ニュースにすっかり感化されている。
このところ、国中の人々がその話題で持ちきりだった。
この王国の若き王子が、なんと身分も名もない平民の娘と結婚したのだ。
伝統と格式を重んじる王家において、これは前代未聞の大事件だった。
当初は戸惑いや反発の声も少なくなかったが、やがて世間の反応は熱狂的な祝福と希望へと変わっていった。
「愛に身分は関係ない」
「努力すれば夢は叶う」
……——――そんな希望の光が、この国中に瞬く間に広まった。
貧しい農民から名もなき行商人、さらには種族の壁を越え、異なる文化圏に住む者たちまでがそのニュースに熱狂した。
そして「自分も!」と色めき立つ人々が後を絶たず、結婚相談所には連日、身分違いの恋に憧れる人々、そして人間ならざる様々な種族までもが怒涛のように押し寄せていた。
相談員の青年は、そんな我儘な客にほとほと困り果て顔をひきつらせていた。
彼は小声で「少々お待ちください……」と呟くと、そそくさと奥へと引っ込んでいった。
そして、奥の部屋で書類に目を通していた一人の女に助けを求めるように声をかけた。
「ゼフィラさん、すみません。ちょっと……例の『お姫様願望』のお客様がまた大変でして……」
ゼフィラと呼ばれた女性は「チッ」と舌打ちした。
金色の髪から覗く赤いメッシュが揺れる。
常に怒っているように見えるその鋭い瞳で青年を睨めつけ、心底面倒くさそうに立ち上がった。
両腕の刺青がちらりと見え隠れする。
口の左側には銀色のピアスが光る。
渋々ながらも客の元へ向かい、ソファに座ると腕を組んだ。
「で? 何が言いたいんだよ、お嬢さん」
不躾な口調に女性は一瞬怯んだものの、すぐに気を取り直して先ほどと同じ我儘を捲し立て始めた。
「だから言ってるでしょう? 私は王子様みたいな人と結婚したいの! それか、せめて公爵家の次男とか、身分の高い人がいいわ。顔も良くて、財産もあって、私の言うことを何でも聞いてくれるような人。昨日紹介された人、あんなの論外よ! 顔は平凡だし、服も地味だし、何より私の話に感動してくれなかったのよ? 私みたいな素敵な女性を前にして、退屈そうな顔をするなんて失礼だと思わない? ちゃんと私の価値を分かってる人を選んでちょうだい。あんたたち、本当に私のこと考えてるの?」
ゼフィラは苛立ちを抑え込み、努めて冷静に相手の言葉に耳を傾ける。
しかし、女性の傲慢で身勝手な言い分はゼフィラの我慢の限界を完全に超えていた。
「いい加減にしろよ、この甘ちゃんが!」
ゼフィラの口から放たれたのは、誰もが息をのむような荒々しい啖呵だった。
「てめぇ、いつまで寝ぼけてんだよ? 夢追いかけ続けるだけならこんな場所くるんじゃねぇ! 王子様だぁ? そんな高尚な人間を望むなら、まずはてめぇがそのクソみたいな性格と根性叩き直せや! 鏡見てから出直せ! 化粧がへたくそなんだよ!」
矢継ぎ早に放たれる容赦ない罵倒と的確な指摘に、女性の顔はみるみるうちに青ざめていく。
やがて声を上げて泣き出し、半ば逃げるようにして相談所を飛び出していった。
その様子を、奥から出てきたフェリックス所長が穏やかな眼差しで見守っていた。
女性の姿が見えなくなると彼は静かにゼフィラに声をかけた。
「ほどほどにお願いしますよ、ゼフィラ」
「しょーがねーだろ、現実が見えてねぇにもほどがある」
「……しかし、助かりました。あの手の人は言っても聞かないですし」
「あざっす!」
ゼフィラは反射的に頭を下げた。
どうして荒々しいゼフィラがこの場所で、この仕事をしているのか――……
彼女の脳裏に、所長と出会うまでの血と暴力にまみれた日々が鮮明に蘇る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます