7.エルマハルトとの再会2

「エルマハルトさま! どうなさったの。今日から出立って言ってたのに!」


 アルシェビエタは勢いよく馬車の扉を開くと、迎えにきていたエルマハルトの首に向けて飛びついた。

 少しよろめきながら妹を抱き抱えるエルマハルト。やがてふっと笑って小柄な体を大事そうに降ろす。


「ただいまアルシェ。出立は明日の朝なんだ。時間があるなら一度顔を見せに来いって親がうるさくてね」

「もぉ、私に会いたかったって素直に言えばいいじゃない?」


 エルマハルトの首に手を回したままふふっと愛らしく笑う。


 一方、車内に残されたままのレイン。降りるタイミングを完全に見失っていた。

(こんなところで抱きあわなくても……)


 遠慮とか配慮とかなさすぎて、呆気にとられるどころではない。


 一体どういうわけなのか。アルシェビエタの頭には、レインから彼を奪ったという事実は綺麗に消し去られているらしい。


 とてつもなく場違いな存在になってしまったレインは、どうか二人がこのまま自分のことを忘れてくれていますように、と心の中で祈る。


 アルシェビエタは楽しくなると周りが見えなくなる。このまま静かにしていればきっと大丈夫。


「今日ね。お姉さまと一緒に買い物に行ってきたのよ」

「……お姉さまって?」


 焦れたようなアルシェビエタの声に、エルマハルトの怪訝そうな声が聞こえてくる。

 姉、という言葉に反応したように思えた。


 まさかと思うが、自分がメイドになったことを知らないのだろうか。


 意を決して馬車から降りたレインを見て、エルマハルトは目を大きく見開いた。


(嘘でしょう? 本当に知らなかったの)


 短く切り揃えた銀色の髪。黒い革製の服で包んだ引き締まった長身は、立っているだけで迫力がある。

 レインは「お久しぶりです」という言葉を言おうとして喉が詰まった。


 エルマハルトの方は、レインを見る目がますます険しくなっている。


「……」


 そんな二人の顔を不思議そうに見比べていたアルシェビエタは、あ、と小さく手を合わせた。


「エルマハルトさま。もしかして聞いてらっしゃらない? お姉さまはうちのメイドになるのよ」

「メイド?」

 問い返したエルマハルトの眉間の皺がますます深くなった。


「よく分からないんだが、メイドと言ったのか?」

「お姉さまの結婚はなくなったのよ。行き場所がないからうちに来てもらったの」

「……結婚がなくなった?」


 自分から婚約を破棄したのに、何を驚いているのだろう。


「それでうちのメイドになるって本気なのか? 君は本当にそれでいいのか」

「はい。……それでは失礼いたします」


「誇りはないのか」

 すれ違いざまに言われて足を止める。


「お気になさらずに。私のことはメイドとして扱ってください」

「なあ、こっちを見て話せ」

「……っ!」

 肩に伸びてきた手を思わず振り払うと、体が小刻みに震えた。エルマハルトは驚いた顔をし、伸ばした手を宙に止めている。


「メイドでお嫌でしたら、どうかいない者として扱ってください」

「本当にそれでいいんだな」


 いいのかと問われても、他には修道院で生贄として選ばれる道か、家出をするしかない。

 答えられないでいると、エルマハルトは一転してつまらない者を見る目になる。


「なんか、気持ち悪いな」


 レインの返事を待たず、エルマハルトは踵を返してさっさと家へ向けて歩きだした。

 使用人たちが慌てたようにエルマハルトに集うが、煩わしそうに世話の手を跳ね除ける。


「あら、エルマハルトさま。どうなさったの? あ、お姉さま。荷物は忘れないでね」

 アルシェビエタはレインに命じると、小走りでエルマハルトを追いかけ、腕に絡みついていた。



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次の「エルマハルトとの再会3」はエルマハルト視点になります。

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