第14話 「赤い街、ヒトシニの音」

──“左に入ると、帰れない。”


八王子の外れ、16号沿い。

そこはまるで、「結界の切れ目」のようだった。


赤いネオンが滲む通りに、同じようなラブホテルが、いくつもいくつも──。


《左入町》。

そこに入ったら最後、「見えないもの」が一緒に帰ってくるという話がある。

それは地元の人でも口にしない。

けれど、じわじわと、空気に滲んでくる。


「このへん、夜になると“ヒトシニ”の音が聞こえるんだよね…」




そう呟いたのは、LOOPに住んでいた利用者のひとり。

彼女は、ラブホテル街から救急車が走る音を数えるようになった。


「ああ、また……」




まるで呪いの数取り唄のように、何台もの救急車が通りすぎてゆく。





そのラブホテル街には、「開かずの部屋」があるとされていた。

それはある遊女が身請けを断られ、自ら命を絶った場所だと聞く。


この一帯は、江戸時代──いやそれ以前から、**「身売りの通り」だったらしい。

女人が命を売る場所には、決まって“封じの結界”**が張られる。


けれど、それは時代と共に“効力”を失い、現代では歪みだけが残る。

かつて結界を護っていた神社も、開発で次々と潰され、

ヒトの穢れが土地に染みていった。





夜。LOOPの階段に、うっすらと「赤い光」が差すことがあった。

それは道路を挟んで向かいの建物のネオンが、奇妙な角度で反射していたから。


「この色、昔の地図で“赤線”って塗られてた通りだよ」




ある日そう言って、元職員らしき年配の人が呟いた。


「この通りには昔、“生きる場所”と“死ぬ場所”の線があったんだよ。

赤い方に入ったら、死んででも働かされる。

白い方に戻れたら、運が良かったって言うしかない」







LOOPのベランダにいた母子は、

その“赤い場所”から逃れてきたのだろうか。


3人の小さな子どもと共に、洗濯物を干していた母親は、

いつも空を見上げていた。

まるで、「この空の向こうにはまだ救いがある」と思い込もうとしているかのように。





だがある晩、赤い街の奥から、また救急車のサイレンが鳴った。

LOOPの廊下を風が通る。

私はそのとき、ふと“背中を見られていた”感覚に襲われた。


振り向くと、誰もいない。

でも鏡のように光る窓ガラスの中に、何か影が映っていた気がする。


「ここ、地図で見ると“変な三日月形”に土地がえぐれてるでしょ。

それ、昔の処刑場跡地って噂もあるよ」




町田の古地図に詳しい友人がそう言った。

──結界は切れている。

それはすでに、感じていた。





👁‍🗨あとがき:結界と遊女の怨念


この左入〜滝山街道一帯には、かつて八王子城の外郭結界線があったとされる。

稲荷坂・馬場谷戸・左入城址──いずれも呪術的な封印や処刑、身売りといった陰の歴史がある。


土地に染みついた「未昇華の念」は、今もなお、

夜道を走るライトの陰で、人の姿を模して揺れているのかもしれない。









つづく

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