第12話 「桜と鉄塔の町(町田編①)」

「町田なんてさ、境界みたいな場所でしょ?」


そう言ったのは、LOOP最後の夜に出会った福祉職員だった。


「けど、あそこなら──普通に暮らせると思うよ」





🌸桜が咲く、町のこと


町田に着いた日、私と彼は無言だった。

背負ってきた生活、重ねてきた誤解、疲れた心と体。

それらをただ静かに下ろしたかった。


けれど春の町田は、

意外にも、優しかった。


町の道端に咲く桜。

電線を突き抜けて伸びる鉄塔。

子どもが騒ぐ声と、老人の笑い声。


「ここ、全部がぐちゃぐちゃじゃない」

彼が小さな声で言った。







… 新しい場所、新しい部屋…


私たちが住むことになったのは、町田の福祉付きアパートメント。

LOOPとは違い、ドアに名前も表札もなく、無言の干渉もなかった。

スタッフは、「こっちが生活に慣れるのを待ってくれる」人たちだった。


「あの……シェアアパート、どこまで干渉してくるんですか?」


担当者は笑って首を振った。

「うーん、ここでは基本、自立が前提です。困ったら助けるけど、見張りませんよ」




見張らない。

それは、LOOPにはなかった言葉だった。





●LOOPからついてきた“なにか”


もちろん、すぐに何もかもが晴れるわけじゃなかった。


夜中に聞こえる幻聴。

焦点の合わない夢の記憶。

LOOPで失くした時間の影。


けれど、それでも。


「眠れるようになったね」

「洗濯物、盗られないんだよ」

「あの、おじさんの声もしないし」

「ケースワーカーが“まとも”に見える」




私たちは、変わっていった。





○手紙のように届いた風


引っ越して数週間後、風の強い日だった。

公園を歩いていたら、足元に小さなメモが舞い落ちた。


《LOOPから抜け出した人は、ちゃんと、生きられますか?》



メモにはそう書いてあった。


宛先はなかった。誰かの捨てた独白かもしれない。

けれど、私は拾ってポケットに入れた。



「──生きられるよ」

小さく答えてみた。




そして見上げた空には、鉄塔の向こう、桜の枝が風に揺れていた。










つづく









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る