第11話「鏡の裏に映る町」

いつからだろう。

あの小さな鏡が、私を見返してくるようになったのは。







◇2階に置かれた“神鏡”◇


ある日、LOOPの2階廊下の隅に、小さな丸い鏡がひっそりと置かれていた。

それはまるで、神社にあるような“神鏡”だった。


誰が置いたのか、管理者は知らないと言う。

けれど、その日から、若い女性たちが次々に体調を崩しはじめた。


──吐き気。

──幻聴。

──急な嗚咽。

──無言の消失。


「ねえ、上の階って、あるんだよね?」

神経症を患っていた隣人の少女が言った。




LOOPは3階建て。4階など、ない。


なのに、夜な夜な「上の階からの足音」が聞こえるという。

誰にも届かない、誰も行けないフロアから、トン、トン、トン、と。





⛩鏡と“結界”


民俗学的に言えば、鏡は霊を封じる道具でもある。

そして、結界を張るための境界点でもある。


「あの鏡、逆さにすると、見えるんだって。

向こうの世界が──LOOPの“本当の姿”が」




少女がつぶやいたその夜、鏡は割れ、誰かが叫んだ。

そして、和田施設長が、午前2時の管理室にいたという噂が流れる。


誰かが言った。「LOOPは“上”じゃなく、“下”に続いてる」と。





★転機


限界だった。

あの土地の“密度”、

人間の歪み、

霊的な圧迫。


そんなある日、ある福祉施設の担当者がLOOPにやって来た。

転居先候補として、数軒を提案してくれた。


その中のひとつに──町田があった。


町田。

桜の咲く街。

境界の街。

そして「まだ終わっていない街」。


「ここなら、“ふつうに生きていける”と思いました」

その人は、そう言ってくれた。







*出発前夜の夢


出発が決まった晩、私は不思議な夢を見た。


割れた鏡の中、LOOPがひっくり返っていた。

そして、鏡の奥には、桜の花びらが舞っていた。


少女の声が聞こえた。

「あたしたち、ここに“いたよ”って、覚えててね」




起きたら、隣室の少女は退去していた。

神経症の彼女は、もうそこにいなかった。

でも、机の上には白い折り紙で作られた桜の花が置かれていた。





◦◦◦LOOPから、町田へ◦◦◦


ループする不条理、切り取られた空間、土地に染みついた絶望。


でも、私はそこから出られた。


“死ななかった”人間が、逃げた街の名前は──町田。











つづく

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