第38話 薫ふがごとく 今盛りなり③
さて、試合の方は少々の士気が上がった所で善戦にすら至らないのが現実である。
始まってみれば、試合は想像通り散々なものだった。
私たちは決して運動神経は悪くない。しかしただそれだけのチーム。
繋ぐことを目的とした形式的な練習はともかく、本気で点を取りに来る相手の攻撃は凌げない。
無回転で揺れ動くサーブを拙いレシーブで抑え込めず、あらぬ方向に跳ねていとも容易く点を取られる。
何とか相手のコートに返しても、素早いトスに翻弄されてブロックはバラバラ。
無防備に相手のスパイクを打ち込まれれば触ることすら出来ない。
時々相手がミスをして点が入る程度で、私たちの力で点を取る場面はないままに一セット目が終わった。
滲む汗は冷や汗が大半を占めている。もはや脂汗かも。
「相手は強豪ですから、あなた達はむしろよくやっています。胸を借りるつもりで――」
セット間の休憩はお通夜のような雰囲気。
焼き増しのような、ありがたい武田先生のお言葉は耳から耳へと抜けていく。視認できる歯は相も変わらず白く光り輝いていた。ありがたや。
「おーおー、舐めてくれちゃって」
佐久間先輩が舌打ち混じりに相手コートを睨む。二セット目は補欠メンバーが数名投入されるらしい。
普段出番のない三年生に出場機会を与える、所謂思い出出場という奴だ。
「まぁ、仕方ないわよ」
冷静に宥める丹羽先輩の言う通り、惨めだけど仕方がない。私が相手の監督でも同じことをするだろう。
「いやー、参った参った。昨年は弱小校同士、泥仕合を繰り広げたんだけどねえ」
「それはそれで地獄っすね……」
柴田先輩と夏帆はもう試合が終わったかのように燃え尽きている。
私も似たようなものなのだけど、なまじ経験がある分、せめて相手に一矢報いたいと言う中途半端な悔しさが心を焦がしている。
先輩を横目で盗み見る。ハンドタオルで汗を拭う姿からは何の感情も読み取れない。 まともに練習していれば、相手のチームに混じっても何ら遜色なく活躍できただろうに。
もはや一セット目のように円陣を組もうとする選手は一人もおらず、だらだらと持ち場に着いた。
コートと相手選手が変わっても流れは変わらない。
悪戯に点が取られていく。
しかし強いて言えば、ラリーが一セット目に比べて続くようになっていた。
厳しい指導を乗り越えてきたとはいえ、控え選手を複数投入すれば連携に解れが生じる。
また、弱小校相手に対する油断が蔓延しつつあるのだろう。一つ一つのプレーが雑になっているようだ。
言わば完全に舐められているけど、おかげでどうにか戦えている。そんな自信が私たちに芽生えつつあった。
だけどもう一歩の所で点が奪えない。
「ごめん、深月!」
「大丈夫、です!」
コート真ん中にへろへろと舞うボールの下に潜り込む。
要因としては、まずまともなレシーブが上がらないこと。一本目が乱れれば、それだけ私も正確なトスを上げるのが難しくなる。
勿論私の技量が足りないのも大いに問題だ。ネットから距離がありすぎるトスや、高さが不十分なトスをスパイカーに送ってしまう。
それでも先輩だけは拙いトスから何とか攻撃の体を成すスパイクを打ち込んでいた。
しかしどうしても威力は落ちて、相手を崩すには足りない。
もう少し。
相手と対等に渡り合う努力なんてしていない。だけど舐められたまま終わりたくない。
そんな我儘と歯がゆさを募らせながら試合が進んでいく。
ようやくまともに点を取れたのは二十三対十二。相手のマッチポイントまで残り一点という局面だった。
「っしゃあああ!」
とはいっても個人技。柴田先輩のサーブによる得点だけど。
長身から繰り出されるサーブは自負する通りに強烈だ。
「ナイス!」
諸手を上げて喜ぶ柴田先輩の元に後輩たちが駆け寄り、賞賛の雨を降らせた。
このまま勝てるなんて都合のいいことは誰も考えていない。それでも嬉しい物は嬉しい。いうなればやけくそに近い。
「ひっひっひ。もう十三点取っちゃうぜ」
不敵に笑う姿は、すっかり絶好調といった様子だ。調子に乗りすぎだろうと思わなくもない。
肩をぐるんぐるんと回し、二発目のサーブに備えている。
現在のローテーションは前衛が私と先輩と夏帆。後衛は二年生二人と柴田先輩。
前衛の選手は味方のサーブが打ち終わるまでネット際に張り付かなければならない。
黒い網目の向こうでは相手の選手たちが険しい顔でサーブを待ち構えている。
中学では私もそちら側だった。今は先輩に巻き込まれて、険しさの対岸にいる。
良いか悪いかはまだ分からない。でも、嫌いじゃない。
審判が笛を鳴らす。サーブを打つ前に訪れる静けさ。
固唾を飲んで次の動きに備える。柴田先輩がボールを叩きつけた。
そして。
「んぎゃああっ!」
鈍い音の後に、珍妙な悲鳴が上がる。
強烈な軌道を描いたボールは相手コートではなく夏帆の後頭部に吸い込まれたのだった。可愛そうな夏帆が頭を抱えて蹲る。
「か、夏帆!大丈夫?」
「いってえ……。星が見える……」
ベンチの二年生と交替するかと問いかける先輩を手で制して立ち上がる。大事には至っていない様だけど涙目だった。
どたどたと足音を立てて駆け寄ってくる柴田先輩が夏帆に飛びつく。
「かぽりん!すまん!マジでごめん!大丈夫⁉死ぬな!」
大型動物を宥めるかの如くガシガシと夏帆の頭を撫でている。痛みを助長させているようで、撫でられている筈の顔は苦渋に満ちていた。
滑稽さが二割増しで、相手チームとギャラリーからは失笑が漏れていた。
「いや、死なねえっすけど……。だー、くそ!深月!」
「は、はい?」
苛立つように名前を呼びつけられて、思わず同級生相手に敬語となる。
夏帆の潤んだ瞳に炎が宿り、相手コートを睨みつけていた。
「あいつら笑いやがって……このままじゃ終わらねえ!一点取るぞ!」
何かとバレーには消極的だった友達が、やる気を見せている。原動力は逆恨みなのはともかくとして。
「……おう!」
動機はともあれ、友達として、チームメイトとして力強く応えた。
「試合はまだ始まったばかり!」
「お、おう?」
勢いづいた夏帆と、乗り切れない私。
流石にもう遅いと思ったのは、胸の内に留めておくことにした。
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