第35話 幕間⑧
力なく階段を降りて、一呼吸を置いて部室棟を仰ぎ見る。
白塗りのプレハブ二階建て。五月の洋々たる日差しを浴びてトタン屋根はてらてらと輝く。
安上がりなそれは、私を孤独から守ってくれた。
とても快適ではないけれど、不便で窮屈なくらいが落ち着く。きっと彼女もそう感じるだろう。
新たな城主になった後輩を想う。
私とは違い、自ら孤独への道を往く彼女の前途はきっと灰色だ。
他ならぬ彼女自身が青春から色素を抜こうとしているのだから。
「――多分、君には向いてないよ」
反論がない場所に来てからぼやく私はずるいのかもしれない。
しかし、私はどの生徒よりも一か月間だけ後輩の近くにいた。
その私が直接目にしてきた薄い笑顔も、柔らかい眼差しも、幻なんかじゃない。
どこまで後輩が自覚出来ているのかは定かじゃない。でも本当に人付き合いを断絶するつもりなら、廃部寸前とはいえ団体球技の部活など選ぶだろうか。
色々と才能に恵まれた後輩のことだ、お姉さんとの一件があるまでは順風満帆だったのではないかと勝手に想像する。
元々人との繋がりがあったのに、ある日を境に突然孤独になる焦燥感や空虚感だけは理解できる。
後輩だってその落差に苦しんでいるのではないかと。
本当は寂しいんじゃないかと。
後輩は恐らく私より我慢強いと思うけど、それでも――
どうしようもなく人恋しくなる時が。このまま無為に青春を終えることへの恐怖が芽生えるときが必ず来る。私がそうだったように。
「――その時に手遅れにならないといいね」
遅ければ遅いほど、周囲の関係性は出来上がっていく。
それだけ入り込むことが難儀なものになっていく。
ましてや後輩は、私よりもよっぽど深いところで拗れてしまっている。人恋しくなるのに時間は掛かるだろうけど、限りある三年間は時を止めてくれない。
「お」
手に取った携帯には、友達からのメッセージが入っていた。
今日はカラオケで勉強会。先に入って待っているとのことだ。
我ながら薄情なもので、後輩への罪悪感が削がれていく。
同時に、やっぱり私の求める青春はここに無かったのだと確信する。
私に必要な人は、だらだらと気軽に話せる友人たち。
後輩にとってはどんな人だろう。
近寄りがたい雰囲気の彼女に、面と向かって本音を言える人。
堅苦しい彼女にも寛容に付き合ってくれる人。
それでいて、彼女の領域に踏み込まないような人。
もしくは私たちみたいにならないように、興味を抱かれる前に付き合いを断つとか……。
期間限定の関係性――それこそ、私が後輩を誘った時のような。
どんな関係性だ。そして条件のどれもがハードル高い。
何にせよ、もしもそんな都合の良い人物が現れようものなら、きっと君は夢中になってしまうことだろう。
私が一時期後輩に溺れそうになったように。いや、それ以上に。
――まあ、全部私の勝手な想像なんだけど。
すぐに行く。と返信して歩みを速めていく。今までの居場所が遠のき、新しい居場所へと近づいていく。
春の終わり、私の青春は取捨選択を終えて煌めいている。
捨てた方の青春。そこに残してきた後輩に出来る事はもうただ一つ。
あなたが自暴自棄に打ち明けてくれた過去は、せめて私の胸の内に。密やかに秘めておくことだけだ。
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