第26話 手料理

 私たちがリビングで会話を楽しんでいると、純人すみとくんが両手に買い物袋を抱えて帰ってきた。


「ただいま。今から料理を作るから、光香みかさんは友達の相手をしてて」


 私は慌ててソファから立ち上がり、純人すみとくんに告げる。


「そんなわけにはいかないわよ! 私も手伝う!」


 純人すみとくんが微笑んで私に答える。


「いいから、友達の相手をしててよ。

 ゲストの相手をするのも、社長夫人の仕事なんだから」


 そう言ってエプロンを付けた純人すみとくんは、さっそく料理を開始してしまった。


 この場合、私はどうすれば?!


 立ち尽くす私に、仁美ひとみが告げる。


「いいから甘えておきなさいよ。

 光香みかが居ても料理の邪魔でしょ」


 そうなのかなぁ。最近はサラダくらいなら作れるようになったんだけど。


 ソファに座り込んだ私に早紀さきが告げる。


「いい旦那さんじゃない。何が不満なの?」


「不満と言うか、自分の意思で結婚したわけじゃないから」


「でも続けるかどうかは、光香みかの意思なんでしょう?

 それでいいじゃない? 光香みかが自分の意思で続けると決めたなら、他の夫婦と変わらないわ。

 始まりが変則的だっただけで、後は他の夫婦とかわらないでしょう?」


 私はため息交じりで答える。


「そう、なのかなぁ……。

 この一か月は仕事で手一杯で、夫婦の仲をどうするかとか、あんまり考えられなかったし」


 仁美ひとみが私に告げる。


「これから考えてあげればいいじゃない。

 あんなに真剣に光香みかだけを見てくれる人なんでしょ?

 手放すのは惜しいわよ?」


「それも分かってる……でもきっかけがなくて」


 早紀さきがため息をついて告げる。


「後一か月もしないでクリスマスよ?

 その時に思い切って伝えてみたら?

 最高の思い出になるんじゃない?」


 そっか、もうそんな時期か。


 純人すみとくんは十二月に誕生日って言ってたっけ。


 誕生日プレゼントでもいいのかなぁ。


 インターホンの音が鳴り響き、純人すみとくんが声を上げる。


光香みかさーん! ちょっと代わりに出て!」


「はーい!」


 パタパタとモニターに近寄り、映し出された人影を確認する。手荷物? 私服の配送業者?


「はい、どなたですか」


『若旦那に頼まれて、お酒を持ってきました』


 私は純人すみとくんに振り向いて尋ねる。


「ねぇ、なんでお酒を注文してるの?」


 純人すみとくんがこちらに背を向けたまま答える。


「僕は二十歳前で、お酒を直接買えないからね。

 どうしても誰かに持ってきてもらうしかないんだ」


 法の抜け穴?!


 純人すみとくん自身が飲むわけじゃないから、ギリギリグレーゾーン?!


 私はすぐに玄関に出てドアを開けた。


 私服の男性が紙袋に入ったワインを私に手渡してくる――重たっ?!


「じゃ、若旦那によろしく」


 それだけ言うと、私服の男性はすぐに帰ってしまった。


 ワインの紙袋を抱えた私はダイニングに戻り、床に紙袋を置いた。


「ねぇ、あの人は誰なの?」


「お爺ちゃんの秘書の一人。

 元は光香みかさんのお父さんの秘書だった人だよ。

 僕に秘書はいらないから、再就職先を斡旋しておいたんだ」


 相変わらず、気が利くことで……。


純人すみとくんは、なんで秘書を使わないの?」


「AIがあれば、スケジュール管理は事足りるし。

 電話連絡も僕が直接したほうが、話が早いでしょ。

 最近は電話以外のコミュニケーションが主流だし」


 私は小さく息をついて答える。


「つくづく、合理性の塊ね。

 ――ねぇ純人すみとくん、誕生日はいつなの?」


「僕の? 十二月二十四日だよ。クリスマスイブ」


 おっと、イブと重なるのか。


 そうなるともう、残るタイミングはクリスマスイブしかないなぁ。


 こちらに振り向いた純人すみとくんが笑顔で尋ねる。


「どうしたの? 何かプレゼントでも貰えるのかな?」


「それはまだ決めてないんだけど……何か欲しいものはある?」


 純人すみとくんがニコリと微笑んで答える。


光香みかさんの心」


「はいはい、分かったから料理に専念してなさい!」


 私は火照った顔のまま、仁美ひとみたちの元に戻っていった。





****


 夜になり、ダイニングテーブルに料理が並べられていく。


「アレンジ料理だけど、口に合えば」


 仁美ひとみが感心した様子でテーブルを眺めていった。


「エビチリに牛のカルパッチョ、カプレーゼ? 凄いわね、手作りなの?」


 早紀さきもテーブルを眺めながら告げる。


「ナムルにポテトサラダ、春雨サラダもあるわね。

 この上でバゲットサンドもあるの?

 こんなに食べきれないわよ?」


 純人すみとくんがエプロンを外しながら答える。


「僕が食べるから心配しないで。

 じゃあ食べようか」


 仁美ひとみが手を挙げて告げる。


「待って! 写真撮らせて!」


 スマホを構えた仁美ひとみが、食卓の写真を撮影していく。


 早紀さきが楽し気に微笑んで告げる。


仁美ひとみは相変わらずね。まだSNSにアップしてるの?」


「美味しそうな料理を前に、写真を撮らないとかないでしょ!」


 私と早紀さきも、釣られるように数枚の写真を撮って行く。


 撮影が終わると、私たちは一斉に「いただきます」と告げ、料理に手を伸ばしていく。


 料理を口にした仁美ひとみが感激したように声を上げる。


「やだ、美味しい! 十八歳でこの腕前なの?!」


 純人すみとくんが微笑みながら答える。


「レシピ通りに作ってるだけだよ。誰にだってこれくらいはできるって」


 早紀さきが私を肘で小突いて告げる。


「言われてるわよ、光香みか


「うるさい! 分かってるわよ!」


 くっそー、なんとしても料理を覚えてやる!


 でも悔しいけど、純人すみとくんの料理って美味しいんだよなぁ。


 これに勝てる日は来るのかな。


 純人すみとくんが料理を小皿にとりわけながら私に告げる。


「焦らなくていいってば。できることをやっていけばいいじゃない。

 料理を覚えたければ、僕がいつでも教えるし」


「……料理教室に通うのは? 純人すみとくんだって仕事があるでしょ?

 休みの日はゆっくりしたいだろうし」


 純人すみとくんがニコリと微笑んで答える。


「だーめ。僕以外の人が光香みかさんに何かを教えるのは、ちょっと許せないかな」


 仁美ひとみが呆気に取られながら純人すみとくんを見つめた。


「案外、独占欲が強いタイプなのね」


 早紀さきが頷いて続く。


「人畜無害そうに見えて、意外よね。

 ――光香みかは知ってたの?」


 私も戸惑いながら早紀さきに答える。


「ここまで純人すみとくんが私に拘るのなんて、私も――あ、会社の送迎があったか」


 仁美ひとみが私をジト目で見つめながら告げる。


「何よその『送迎』って。社長に送り迎えさせてるの?」


「だって、『単独行動禁止、他の人と行動するのも禁止』って言うから……」


 純人すみとくんが料理を口にしながら告げる。


「一人で帰宅とか、危ないでしょ。

 一緒に行動させてる人が安全な保証もないし。

 僕が傍に居れば、僕が守れるから」


 仁美ひとみが呆れながら私に告げる。


「べた惚れじゃない……ここまで思われて、まだ不満なの?」


 私は唇を尖らせて答える。


「不満なわけじゃないってば。心の整理がつかないだけ」


 早紀さきがサラダを味わってから私に告げる。


「それなら早めに答えを出してあげなさいよ?

 このまま生殺しじゃ、純人すみとさんが可哀想よ」


 やっぱりそうなのかなぁ。


 せめて純人すみとくんが二十歳になる頃には、きちんと解放してあげないとかなぁ。


 悩む私の背中を、純人すみとくんが優しく手で叩いた。


「焦る必要はないから。光香みかさんが納得する結論を出して」


 私は小さく頷くと、ワインをあおってから肉料理に手を伸ばした。





****


 翌朝、仁美ひとみが朝食を食べながら告げる。


「私たちは午前中で失礼するわ。

 ついでだから実家に立ち寄りたいし、帰りは自力で東京まで戻るから」


 純人すみとくんが頷いてコーヒーを飲んでいく。


 私は仁美ひとみ早紀さきに眉をひそめて告げる。


「気を使わせちゃった? ごめんね」


「なに言ってるのよ。こちらこそバスに乗せてもらえて、片道の交通費が浮いたわ。

 それに社長夫人になってまだ一か月なんでしょ?

 覚えることはまだ多いはずだし、早く一人前になってあげなさい」


「はーい」


 仁美ひとみにまで言われてしまった。


 リビングの隅で那由多なゆたが「カーッ!」と鳴いた――『頑張れ!』って?


 仁美ひとみたちの前だと、那由多なゆたに反応することもできない。


 『頑張れ』か。何を頑張ったらいいのかなぁ。


 仁美ひとみ早紀さきは、食後のコーヒーを堪能した後、本当にさっさと帰ってしまった。


 静まり返った家で、純人すみとくんが告げる。


光香みかさん、今日はどうするの? 予定が空いちゃったけど」


「んー、じゃあ一緒に映画でも見ようか!」


 二人でリビングのソファに座り、ネット配信の映画を流していく。


 今はまだ二人きり。ここに子供たちが混ざったら、忙しい日々になるだろう。


 その頃には仁美ひとみ早紀さきにも、子供が生まれてるのかな。


 そんな未来を思いながら、私は純人すみとくんに体を寄せて映画を見続けた。

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