第23話 金色の星

 会社のみんなが二台のバスに分かれて乗っていく。


 私は純人すみとくんと一緒にバスの前方に座り込んだ。


 三階のオフィスにいたみんなと、四階のオフィスにいた開発チームが全員乗り込むと、バスがゆっくりと動き出す。


「徒歩で十五分くらいって言ってたっけ。バスだとどのくらい?」


「五分かな。すぐに着くよ」


 あっという間にバスがホテルの前に到着し、純人すみとくんが立ち上がって告げる。


「忘れ物がないようにね!」


 純人すみとくんが下りていくのに続いて、私もバスを降りていく。


 大きな古びたホテルのロビーを抜け、大ホールへと向かってぞろぞろと歩いていった。


 大ホールの入り口では佐久造さくぞうさんと数人の男性が、私たちを待ち構えるように佇んでる。


「ようやく来たか。さっさと中に入りなさい」


 純人すみとくんが入り口付近のテーブルで記名してから私に告げる。


「出席確認だから、名前だけ書いておいて」


 私は頷いて純人すみとくんの下に自分の名前を記した。


 会社のみんなが記名していく中、私たちは大ホールの中に足を踏み入れた。





****


 高い天井から下がる大きなシャンデリア。


 いくつもある丸テーブル、そして壁際には何種類もの料理が並んでいた。


「ビュッフェ形式?」


「そうだよ? その方が好きに食べられるでしょ。

 疲れたら壁際に椅子もあるから、座っててもいいよ」


 私は純人すみとくんの後に続いて、ステージ傍の丸テーブルに着く。


 ウェイターやウェイトレスがコップとビール瓶を載せて歩きまわる中、純人すみとくんにはウーロン茶が手渡された。


 佐久造さくぞうさんも私たちのテーブルに合流し、社員全員が大ホールに入ると、さっそく照明が暗くなる。


 スポットライトがステージに当たる中、見慣れない男性がマイクを片手に告げる。


「それでは我が社の新人歓迎会をこれより始めたいと思います。

 まずは社長より一言お願い致します」


 純人すみとくんがステージに上がっていき、男性からマイクを受け取って正面を向いた。


「えー、みなさん今日もお疲れさまでした。

 今日は今月入社した伊勢崎いせざき光香みかさんを歓迎する会です。

 ――光香みかさん、こっち来て!」


 え、私?! ステージに上がるの?!


 佐久造さくぞうさんが楽し気な笑みで私に告げる。


「主役をお呼びだ。早く行ってあげなさい」


「はぁ……」


 私はおずおずとステージに上がり、純人すみとくんの横に立って正面を向いた。


 スポットライトが眩しい中、純人すみとくんが告げる。


光香みかさんは僕の妻でもあり、今月付で取締役兼開発部長に就任しました。

 今後は我が社の為に力を尽くしてくれると期待しています。

 ――はい、光香みかさん。抱負をどうぞ」


 思わず差し出されたマイクを受け取り、私は純人すみとくんを見つめて答える。


「抱負って?! 何を言えばいいのよ?!」


「なんでもいいよ? 『頑張ります』でも。『よろしく』でも」


 そんなことを言われてもなぁ~?!


 私は正面を向いて、マイクを口に当てて告げる。


「えー、ご紹介に預かりました伊勢崎いせざき光香みかです。

 若輩者の身ですが、みなさんのお力を借りながら、精一杯頑張りたいと思います」


 周囲から「頑張れ、若奥様!」などと声が上がった。


 純人すみとくんが拍手をしだすと、社員一同が笑顔で拍手を浴びせてくる。


 私が純人すみとくんにマイクを返すと、私たちの手に飲み物のグラスが渡された。


 純人すみとくんがグラスを掲げて声を上げる。


「それじゃ、乾杯!」


 社員一同が「乾杯!」と声を上げ、それぞれが飲み物に口を付けていく。


 私もビールを一口飲んで、純人すみとくんに肩を抱かれてステージを降りていった。


 テーブルに戻った私は、純人すみとくんを睨みつけて告げる。


「ちょっと、挨拶とか聞いてないんですけど」


「歓迎会なら、本人のコメントも必要でしょ?

 営業に比べたら大したことないって」


 そりゃそうだけどさ、ちょっと驚いちゃったじゃない。


 視界の男性がマイクを手に告げる。


「本日は特別に、『あの方』に出演をご依頼しています!

 それではみなさん、拍手でお迎えください!

 ――それでは、どうぞ!」


 突然大ホールの中に、聞き覚えのあるイントロが流れ出した。


 『サンバ』と名前が付く、サンバとは違う独特のメロディライン。


 小学校でさんざん聞かされた曲だ。


 唖然とする私は思わず呟く。


「なんでこの曲が流れてるの……」


 数人の和服を着た女性たちがステージに上がっていき、見覚えのあるダンスを踊り出す。


 うわ、なつかし~?!


 純人すみとくんが遠い目をしながら呟く。


「うわー、小学校を思い出すよね」


純人すみとくんもあれを踊ったの?」


「うん、まだ現役のはずだよ。この曲は」


 長いイントロが終わりそうな頃、ステージに金色の和服を着た男性が上がっていった。


 そしてとても聞き覚えのある歌詞を口ずさみながら、笑顔でステップを踏んでいく。


 佐久造さくぞうさんが楽し気に笑い声を上げる。


「どうだ、驚いたか? なんとかスケジュールを確保して出演依頼しておいた」


 純人すみとくんが苦笑を浮かべながら佐久造さくぞうさんに答える。


「よくオファーを受けてくれたね」


「ま、相応に金を払ったからな」


 社員たちの年代にとっては憧れのスターらしく、名前を叫ぶ女性も居た。


 ステージの上の男性が笑顔でそちらに手を振り、愛想を振りまいていく。


「さすが、プロね……」


「そりゃあこの道のベテランだもの。

 でも生で見れるのは、これが最後かもね。

 こんなところまで営業に来てくれることは、滅多にないだろうし」


 曲が終わると決めポーズを取った男性が、笑顔で社員たちに手を振っていく。


 そのまま和服の女性たちと一緒に大ホールの奥に消えていった。


 明かりが戻った大ホールの中で、社員たちがビュッフェに並んでいく。


 純人すみとくんがコップを置いて告げる。


「行こう、光香みかさん。僕らも何か食べよう」


 私は頷いてコップをテーブルに置き、純人すみとくんとビュッフェコーナーへ向かった。





****


 純人すみとくんはある程度食べると、お皿を置いて私に告げる。


「そろそろいいかな。僕は社員の様子を見て回ってくるけど、光香みかさんはどうする?」


「――それなら、私も行く!」


 小皿をテーブルに置き、頷く純人すみとくんに続いて社員たちに挨拶をしていく。


伊勢崎いせざき光香みかです。よろしくお願いします」


「若奥様、そんなにかしこまらないで!」


 笑いながら答えてくれる女性に笑顔で頷く。


 純人すみとくんも気さくに話しかけ二言、三言を交わすと次のテーブルへ移っていく。


 白井しらいさんは開発チームのテーブルに居るみたいだ。


 こちらを見て、グラスを掲げて笑顔で告げてくる。


「おー、若奥様か! 仕事は順調か?」


純人すみとくんのおかげで、なんとかやれてます」


 白井しらいさんが笑顔で頷いてお酒を一口飲んだ。


「こっちも順調だ。やっぱり私が現場にいないと、まだまだ回らんな。

 私は現場が大好きだ。ずっとこのまま、現場で働いて居たいよ」


 純人すみとくんが笑顔で答える。


「安心してよ、白井しらいさん。

 僕と光香みかさんで、管理業務は回していくから」


「任せたぞ、若旦那!

 それより新しい開発ライン、中止でいいのか?」


「うん、開発ラインひとつを受注用に切り替えるよ。

 あれは目途が付かないから、受注が終わるまで凍結」


 白井しらいさんがしっかりと頷いて答える。


「わかった、そのつもりなんだな?

 人材のアサインはこっちで任せてもらえるのか?」


「うん、そのつもり。スキルアップもあるし、本人の望みになるだけ答えてあげて」


「任せとけ、若旦那!」


 楽しくお酒を飲む白井しらいさんと分かれ、私たちは自分のテーブルに戻っていく。


「なんだか、仕事の話ばっかりなのね。

 もう業務終了じゃなかったの?」


 純人すみとくんが笑顔で答える。


「こういう場のコミュニケーションも大事なんだ。

 最新の情報でやりとりできるし、白井しらいさんは一を聞いて十を理解してくれるから。

 ああいう人が現場を仕切ってくれると、とっても助かるよ」


 技術者同士のツーカーってところかな。私には分からない世界だ。


「私もいつか、そんな風になれるかな」


光香みかさんなら、いつかはなれるよ。

 五年か十年か。それぐらい経験を積めばね」


 そっか、やっぱりそのぐらいかかるんだな。


 私は食事を再開しながら、佐久造さくぞうさんを交えた会話を続けていった。


 これからのことを考えると、やっぱり二年じゃ足りない。


 だけど契約した結婚の期限は、私の借金が整理されるまで。


 それが終わっても会社に居座るなんて、できるのかな。


 虫が良すぎるよね、それは。


 この暖かい会社でキャリアアップを望めて、優しい夫も付いてくる。


 あとは私が、この人生に乗るかどうかだけ。


 これを逃したら一生後悔する――それは分かっているのに、最後の一歩を踏み出せない。


 純人すみとくんが笑顔のまま私に告げる。


「そんなに悩まなくていいよ。どんな選択だろうと、僕が全てフォローするから」


 ……本当に何も言わなくても、全部分かってくれる。


 私、そんなに分かりやすい顔をしてたのかな。これから気を付けよう。


 楽しい宴の夜は、二時間足らずで終わっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る