第23話 金色の星
会社のみんなが二台のバスに分かれて乗っていく。
私は
三階のオフィスにいたみんなと、四階のオフィスにいた開発チームが全員乗り込むと、バスがゆっくりと動き出す。
「徒歩で十五分くらいって言ってたっけ。バスだとどのくらい?」
「五分かな。すぐに着くよ」
あっという間にバスがホテルの前に到着し、
「忘れ物がないようにね!」
大きな古びたホテルのロビーを抜け、大ホールへと向かってぞろぞろと歩いていった。
大ホールの入り口では
「ようやく来たか。さっさと中に入りなさい」
「出席確認だから、名前だけ書いておいて」
私は頷いて
会社のみんなが記名していく中、私たちは大ホールの中に足を踏み入れた。
****
高い天井から下がる大きなシャンデリア。
いくつもある丸テーブル、そして壁際には何種類もの料理が並んでいた。
「ビュッフェ形式?」
「そうだよ? その方が好きに食べられるでしょ。
疲れたら壁際に椅子もあるから、座っててもいいよ」
私は
ウェイターやウェイトレスがコップとビール瓶を載せて歩きまわる中、
スポットライトがステージに当たる中、見慣れない男性がマイクを片手に告げる。
「それでは我が社の新人歓迎会をこれより始めたいと思います。
まずは社長より一言お願い致します」
「えー、みなさん今日もお疲れさまでした。
今日は今月入社した
――
え、私?! ステージに上がるの?!
「主役をお呼びだ。早く行ってあげなさい」
「はぁ……」
私はおずおずとステージに上がり、
スポットライトが眩しい中、
「
今後は我が社の為に力を尽くしてくれると期待しています。
――はい、
思わず差し出されたマイクを受け取り、私は
「抱負って?! 何を言えばいいのよ?!」
「なんでもいいよ? 『頑張ります』でも。『よろしく』でも」
そんなことを言われてもなぁ~?!
私は正面を向いて、マイクを口に当てて告げる。
「えー、ご紹介に預かりました
若輩者の身ですが、みなさんのお力を借りながら、精一杯頑張りたいと思います」
周囲から「頑張れ、若奥様!」などと声が上がった。
私が
「それじゃ、乾杯!」
社員一同が「乾杯!」と声を上げ、それぞれが飲み物に口を付けていく。
私もビールを一口飲んで、
テーブルに戻った私は、
「ちょっと、挨拶とか聞いてないんですけど」
「歓迎会なら、本人のコメントも必要でしょ?
営業に比べたら大したことないって」
そりゃそうだけどさ、ちょっと驚いちゃったじゃない。
視界の男性がマイクを手に告げる。
「本日は特別に、『あの方』に出演をご依頼しています!
それではみなさん、拍手でお迎えください!
――それでは、どうぞ!」
突然大ホールの中に、聞き覚えのあるイントロが流れ出した。
『サンバ』と名前が付く、サンバとは違う独特のメロディライン。
小学校でさんざん聞かされた曲だ。
唖然とする私は思わず呟く。
「なんでこの曲が流れてるの……」
数人の和服を着た女性たちがステージに上がっていき、見覚えのあるダンスを踊り出す。
うわ、なつかし~?!
「うわー、小学校を思い出すよね」
「
「うん、まだ現役のはずだよ。この曲は」
長いイントロが終わりそうな頃、ステージに金色の和服を着た男性が上がっていった。
そしてとても聞き覚えのある歌詞を口ずさみながら、笑顔でステップを踏んでいく。
「どうだ、驚いたか? なんとかスケジュールを確保して出演依頼しておいた」
「よくオファーを受けてくれたね」
「ま、相応に金を払ったからな」
社員たちの年代にとっては憧れのスターらしく、名前を叫ぶ女性も居た。
ステージの上の男性が笑顔でそちらに手を振り、愛想を振りまいていく。
「さすが、プロね……」
「そりゃあこの道のベテランだもの。
でも生で見れるのは、これが最後かもね。
こんなところまで営業に来てくれることは、滅多にないだろうし」
曲が終わると決めポーズを取った男性が、笑顔で社員たちに手を振っていく。
そのまま和服の女性たちと一緒に大ホールの奥に消えていった。
明かりが戻った大ホールの中で、社員たちがビュッフェに並んでいく。
「行こう、
私は頷いてコップをテーブルに置き、
****
「そろそろいいかな。僕は社員の様子を見て回ってくるけど、
「――それなら、私も行く!」
小皿をテーブルに置き、頷く
「
「若奥様、そんなにかしこまらないで!」
笑いながら答えてくれる女性に笑顔で頷く。
こちらを見て、グラスを掲げて笑顔で告げてくる。
「おー、若奥様か! 仕事は順調か?」
「
「こっちも順調だ。やっぱり私が現場にいないと、まだまだ回らんな。
私は現場が大好きだ。ずっとこのまま、現場で働いて居たいよ」
「安心してよ、
僕と
「任せたぞ、若旦那!
それより新しい開発ライン、中止でいいのか?」
「うん、開発ラインひとつを受注用に切り替えるよ。
あれは目途が付かないから、受注が終わるまで凍結」
「わかった、そのつもりなんだな?
人材のアサインはこっちで任せてもらえるのか?」
「うん、そのつもり。スキルアップもあるし、本人の望みになるだけ答えてあげて」
「任せとけ、若旦那!」
楽しくお酒を飲む
「なんだか、仕事の話ばっかりなのね。
もう業務終了じゃなかったの?」
「こういう場のコミュニケーションも大事なんだ。
最新の情報でやりとりできるし、
ああいう人が現場を仕切ってくれると、とっても助かるよ」
技術者同士のツーカーってところかな。私には分からない世界だ。
「私もいつか、そんな風になれるかな」
「
五年か十年か。それぐらい経験を積めばね」
そっか、やっぱりそのぐらいかかるんだな。
私は食事を再開しながら、
これからのことを考えると、やっぱり二年じゃ足りない。
だけど契約した結婚の期限は、私の借金が整理されるまで。
それが終わっても会社に居座るなんて、できるのかな。
虫が良すぎるよね、それは。
この暖かい会社でキャリアアップを望めて、優しい夫も付いてくる。
あとは私が、この人生に乗るかどうかだけ。
これを逃したら一生後悔する――それは分かっているのに、最後の一歩を踏み出せない。
「そんなに悩まなくていいよ。どんな選択だろうと、僕が全てフォローするから」
……本当に何も言わなくても、全部分かってくれる。
私、そんなに分かりやすい顔をしてたのかな。これから気を付けよう。
楽しい宴の夜は、二時間足らずで終わっていった。
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