第21話 リベンジ
「どうでした?!」
私は眉をひそめて微笑んだ。
「
「申し訳ありませんが、もう時間をだいぶ過ぎました。
本日はこのままお引き取りを」
「では資料は後ほど、メールでお送りします。
質問があればいつでもお答えしますので、お気軽に」
頷く
****
車に戻った私は、ようやく一息ついていた。
「緊張した……よくあそこから握手まで持って行けたわね」
「僕には僕の武器があるからね。
今日の方向性は悪くなかった。後は必要な知識を仕入れるだけ」
「誠実か……それで、
「
え、さっきの話の資料を、今まとめてメールで送ったってこと?!
「なんで?! 準備してたの?!」
「話しながら何が必要かは、もう頭でまとめてあったからね。
あとは銀行が欲しいデータを添付して、提案書をまとめて送るだけ。
相手も忙しいから、長い資料なんて読まない。端的にセールスポイントだけ書けばいい」
今、さらっと『話しながら』って言わなかった?
あれだけの駆け引きをしながら、必要な資料のピックアップを同時にしてたの?!
私は呆れてため息をついていた。
「どういう頭をしてるの、
「こういう頭です」
そっか、この頭の中に
思わず彼の頭を抱きしめながら、私は呟く。
「後利益がありますように……」
「僕は神様じゃないよ?!」
「なんでもいいわ。神童なんでしょ?」
運転席から笑いがこぼれてきて、阿部さんが楽し気に告げる。
「だからいちゃつくのは仕事が終わってからにしてくださいよ。
――それで、これで帰社しますか?」
「いや、次は
私は驚いて、腕の中の
「まだやるの?!」
「やるよ? 失敗したままじゃ、今日が後味悪くなるでしょ?
今度の相手は銀行よりずっとやりやすい。
資料もまとめ直しておいたから、今度こそ成功させてみて」
私は
「わかった、やってみる」
通用するかは分からない。でも
失敗しても
運転席から
「気合はいいですけど、そろそろ若旦那を話してあげてください。
そのままじゃ、ゆでだこになってへばっちゃいますよ」
言われて
「……どうしたの、
「だって……
――うわぁ?! うっかりしてた!
慌てて
俯きながら、私は
「ごめん……」
「いえ、こちらこそ……」
「お二人とも、夫婦なのに何を照れてるんですか」
う、それを言われると……でも他人には事情を説明できないしなぁ?!
「僕も
阿部さんが納得したように頷いた。
「それならなおのこと、人前でいちゃつかないでください」
「いちゃついてないったら!」
私の抗議の声は、
私たちを乗せた車は、次の目的地へと向かっていった。
****
帰り道の車の中で、私は達成感に浸っていた。
純人さんが私の肩を抱いて告げる。
「ご苦労様。これで
私はおずおずと答える。
「でも、今回の今回の社長さんは今までで一番簡単だったわ。
愛想よく話も聞いてくれたし、すぐに資料も請求してくれたし……。
最初から
「違うよ
だから相手のガードが下がりやすくなって、突破口が見えただけ。
私はため息をつきながら
「そういうものかしら……」
「そういうものだよ? だから最初から高いハードルを設定したんだ。
信頼にこたえてもらえて、僕も嬉しいよ」
「……スパルタなんだから」
「そうかな?」
もう
私たちは寄り添い合いながら、社用車が会社に辿り着くまで体温を感じ合っていた。
****
社用車を降りると、
「僕らはこのまま帰るから、何かあったらチャットで伝えて」
「はい、わかりました。お疲れさまでした」
車のキーを手にした
それを見送った
不意に視界を覆うように白い羽が羽ばたき、
「カーッ!」という声が地下駐車場に響く――『今日はお祝いだ!』?
私は苦笑を浮かべながら
「ずっと見ていたの?」
「みたいだね。どこに隠れてたのやら」
車のドアを開け、二人で乗り込んでいく。
****
家に帰った私は、疲れ切ってソファに倒れ込んでいた。
気疲れ、なのかなぁ。もう体が動かない。
タフだなぁ、
私よりずっと仕事をしていたはずなのに。
私が動けなくなっても、
なんて安心感なんだろう。『女性だから家事をしろ』なんて、一言も言われない。
こんな夫は、きっともう見つからない気がした。
……今の会社なら、私は重役として経験を積んでいける。
たった一年や二年じゃ、成長なんてしきれない。
五年、いや十年くらい経験を積んでみたい。
そして会社を大きくする力になってみたい。
今日のことで、自分の小ささを知った。
でも自分でもできることがあるって分かった。大きな収穫だ。
もっとできることを増やして、
「
「――あ、はーい」
私はソファから起き上がると、ジャケットを脱いでスカートを整えた。
ゆっくりと立ち上がり、ダイニングテーブルに向かう。
テーブルの上にはいつの間にか、赤ワインと葡萄ジュースが置いてあった。
「これ、どうしたの?」
「
私は微笑みながら
「もう……どこまで気が利くの?」
「
胸が熱い。この愛に溺れてしまいたい。
この結婚を本物にしてしまいたい。
そう思うのに、あと一歩を踏み出す勇気が持てない。
どうして? まだ不満なの?
ワインを見下ろしながら俯いていると、
「大丈夫、焦らないで。僕は平気だから」
「うん……ありがとう」
私も椅子に座り、ワイングラスを掲げる。
「
「
私たちは笑顔を交わし合い、ワインとジュースに口を付けた。
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