第7話:養護教諭ですから

病院の自動ドアをくぐると、内部も外観と同じく明るく清潔感があり、まるでホテルのロビーのようだった。


「朝霧先生、こんにちは! 今日はどちらの診察ですか?」


受付の一人が、朝霧先生に親しげに声をかけている。学生を連れてよくこの病院に来るのだろうか。


「こんにちは、佐々木さん。彼女が捻挫をしてしまって。診てもらえますか?」


朝霧先生はそう言って、私のほうに視線を向ける。すると佐々木さんと呼ばれた看護師も私の方を見る。


「今日は、生徒さんじゃないんですね。こちらの受診は初めてですか?」


佐々木さんは何か勘ぐるわけでもなく、普通に対応している。


「あ、はい……。初めてです」


「では、こちらの問診票を書いてお待ちください」


そう言って、バインダーに挟んだ問診票とボールペンを渡された。


私たちは邪魔にならない場所まで移動する。


朝霧先生との車の中での会話から想定するに、本当の住所を書いても混乱を招きそうだったため、身分証とにらめっこしながら問診票を一つずつ埋めていく。


「名前は……藤野ヒナタ。住所は…… 光陽学園都市 桜小路1丁目2番地3号 ローズガーデン203号室。電話番号は……」


そういえば、電話はカバンになかったような……。


私はカバンの中を確認してみたが、携帯電話は見当たらなかった。私がどうしたものかと悩んでいたら、朝霧先生が声をかけてきた。


「どうかしましたか?」


「あ……いえ……携帯電話が……見当たらなくて……」


「失くされたんですか?」


失くしたのか、元々持っていなかったのか、私は答えられずにいた。


「困りましたね……」


朝霧先生はそう言って視線を落とすと、たまたま問診票が見えたのだろうか、突然、妙なことを言い始める。


「藤野先生もローズガーデンにお住まいなんですか!? 実は私もそうなんですよ。じゃあ、とりあえず私の番号書いておきます? 私、養護教諭ですし」


「え……?」


私は思わず朝霧先生の顔をまじまじと見てしまった。彼の言葉が、なかなか脳内で処理できない。


「あ、すみません。驚かせましたか? いや、まさか同じマンションだったとは!これは運命ですかね、なんて」


朝霧先生は悪びれる様子もなく、むしろ面白そうに目を細めている。


いや……そう言うことじゃなくて……。


私は声を出せずにいると、朝霧先生は私の返事も待たずに、問診票を取り上げるとスルスルとボールペンを走らせた。戻された問診票には電話番号が記入されている。


「……あの、これは……?」


「とりあえずですよ、とりあえず。連絡先書かないと先進めませんから」


「え? これ……ほんとに朝霧先生の……?」


「はい。私、養護教諭ですから」


いやいやいや……、養護教諭って全てを無効化する魔法の呪文か何かなの?

養護教諭だからってダメでしょ!

そんなヒトサマの個人情報を……。


とも思ったが、このよくわからん状況で意地を張っても仕方ないか。ここは素直に甘えておこう。


そして、湧き上がる疑問。


アレ? 同じマンションということは……。


「……あの……もしかして、……お隣さん、とか……?」


私の声は、ひどく掠れて聞こえた。しかし彼はそんなことを気にすることもなく答える。


「いえ、お隣ではないですけど、同じ階ですよ。廊下挟んで向かい側なので、よく見かけるかもしれませんね」


「……」


私は言葉が出なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る