初夏

6歳になった朝、ポストの中にバラの添えられた入学証を紅子の元に持ってきたのは、新聞をとりに行った父だった。母は、声をあげて喜び、受け取った紅子本人は小さい頃から憧れていた、薔薇館の生徒に選ばれたことに、ワクワクとした喜びと希望に胸を躍らせていた。

翌年、同じく入学証を受け取った同級生たちが薔薇館に集まる。みんな自信に満ち溢れた顔で入館の儀式に臨み、紅子もその中の一人だった。しかし、現実はそう甘くはない。初めて使う魔法はどきどきしたが、なかなか満足のいく結果が出ない。最初に張り出された成績表はかろうじて、中の上といったところだった。

そんな中、必ず1位に名前のある子がいる。白子だ。実技テストも筆記テストも白子は必ず、一位にその名前を載せていた。紅子はそんな白子のことを尊敬の念で眺める。自分よりも遠い、雲の上のような存在で、いつか彼女のようになれるようにと今日も友達と実技の練習に励んでいた。




ギラギラと肌を焼くような日差しが容赦なく降り注ぐ。髪の毛から滴る汗を顎のあたりで拭う。

教室内は湿気がこもり、空気はどことなくどんよりとしていた。エアコンは稼働しているが、一括管理されているため、こちらで制御することはできず、26度の弱冷房から動くことはない。


「きりーつ。きおつけー。れーい。」


日直の号令にダラダラと従いながら、頭を下げると脱力したように椅子に腰を下ろした。


「お疲れ、紅子ちゃん。」

「黄乃ちゃんもお疲れぇ。今日はほんとに暑いね。」

「暑さもそうだけど。今日は湿気がすごいね。朝、髪の毛が言うことを聞いてくれなくて大変だったよ。」

「今日はその手のお願いごとが来そうだな。」

「だいぶ減ったけどね。」


『相談室』を開き、願いごとを選択するようになってから、少しの努力で叶う願いを相談してくる人はみるみる減り、紅子も魔法で簡単に叶えるのではなく、願いを叶えるお手伝いをしたり、ほんの少し勇気を与えるような魔法をかけるにとどめている。

バッグにを持ち、黄乃と一緒に教室を出る。


「よし。今日も頑張るぞ!」


紅子が気合を入れて、歩き出す。廊下が湿り、キュッキュッと上履きが軽快な音を鳴らしていた。

いつものように、職員室で学年主任から鍵をもらい相談室に向かうと、扉の前に人影が見える。近づくと、女子生徒だった。ゆるく巻かれた髪に、色付きリップで艶の出た唇。少し大きめのカーディガンをゆるく着こなした可愛らしい生徒だった。


「こんにちは。相談事ですか?」

「あ、うん。どうしても叶えて欲しいお願いがあって。」

「では、お話を聞くところから。どうぞ入ってください。」


紅子が話かけ、黄乃が教室の扉を開いて中へ入るよう促す。

少し緊張したような面持ちで、彼女は扉を潜った。すでにお客さまがいるため、紅子と黄乃は簡単に机を動かし、黄乃が椅子を引きそこに座ってもらう。紅子が正面に座った。


「それでは、まずはお名前と学年を伺っても良いですか?」

「うん。2年A組の榎本桃子です。今日はよろしくね。」


少し緊張気味に桃子が口を開いた。


「桃子先輩ですね。今日はどういったご相談ですか?」

「えっとね。実はわたしね、好きな人がいるの・・・。」


恥ずかしいのか、語尾がどんどんか細く顔を真っ赤に染めながら、絞るように言う。


「それでね、その好きな人と両思いになりたくて。」

「両思い・・・。」

「うん。」

「じゃぁ、告白する勇気の出るおまじないを・・・。」

「違うの!」

「え?」


桃子に決心ができる魔法をかけようと腕を上げると、手首をガッチリ掴まれ止められる。そして、桃子は紅子の目をまっすぐ見つめた。


「違うの。もう告白はして、振られてるの。」


泣きそうに顔を歪めながら言う桃子に戸惑う赤子に変わり、黄乃が口を開く。


「じゃぁ、桃子先輩はどんな願いを叶えたいんですか?」

「両思いになりたいの。」


目に薄く膜が浮かび、徐々に溢れてくる。


「彼にね、『君のことは好きだと思う。けど、まだそうゆうのわからない』って振られたの。だから、お願い。彼と両思いになれるように、わたしのお願いを叶えて。」


掴んでいた紅子の手首から手を離し、そのまま両手でその手を包み込むように握った。


翌朝、桃子がスクールバッグとは別に大きめのトートバッグを手持ち、校門のまで待っている。そこに紅子が合流し、グラウンドへ向かう。昨日、桃子からの相談に黄乃と話合い、本当にその彼が、彼女のことが好きかを確認してからにしようと結論付けたからだ。運動部の活気がある声が響く中、野球部のグラウンドへ向かう。ちょうどバッティング練習をしていたようで、一人がマウンドに立った。桃子は目の色を変えてフェンスに近づき、バッドを構えた彼を熱心に見つめる。青空によく通る金属音を響かせながら、球がアーチを描いて飛んだ。その光景に紅子は純粋に感心しつつ、桃子に話かける。


「あの今打った彼が?」

「そう、わたしの大好きな青くん!」


上機嫌に答えるが、目は青をとらえたままだ。

すると、突然こちらを振り返る。頭の上から、足の先までじっと見つめた後、口を開く。


「わたしの青くんなんだから、色目使っちゃだめだからね?」

「は、はい!」


その目はとても冗談には思えなかった。

野球部の練習が終わり、一年生たちがグラウンド整備を始める。

2年生の青たちは、備品の片付けを手伝いながら、グランドから出てきた。


「青くん!」


桃子は青にかけよる。青もそんな桃子をにこやかに迎えた。


「桃子、まだ登校時間早いよ?」

「でも、青くんが練習する姿見たかったから。」

「相変わらず、物好きだな。」


徐に、青が桃子の整えられた髪を撫でる。『崩れちゃうでしょ』と言いつつ、満更でもないことは、彼女の表情を見れば明らかだ。桃子は持っていたトートバッグから、スポーツドリンクと小さな包みを渡す。

青がそれを受け取り、包みを解くと可愛らしいクッキーが入っていた。


「お!俺の好きなやつ。ありがと。」


嬉しそうに、クッキーを一つ摘み口に含む。もう一度桃子の頭を撫でると、仲間たちと去っていった。

その背中が見えなくなるまで、じっと見つめていた視線をこちらに向けた。


「ね、青くんわたしのこと好きでしょ?」

「そうですね。仲の良い恋人のようでした。」

「そうなの!でもね、わからないんだって・・・。不思議だよね。」


寂しそうに足元を見つめて桃子が話出す。


「青くんはね、小さい頃から一緒にいるの。わたし、青くんのこと大好きだからよく後ろを追いかけてた。青くんと一緒に入れるように昔は野球もやってたんだよ。でも、青くんはどんどんわたしを置いてっちゃうから、少しでもそばにいたくて告ったんだけどなぁ。」


懐かしい記憶に想いを馳せるように目を伏せた後、しっかりと紅子を見据えた。

昨日と同じように紅子の両手をとり、自身の両手で包み込んだ。


「だから、お願い。わたしを青くんと両思いにして。」


昨日よりもさらに強く握り込まれたその手を振り払うことはついぞできなかった。


桃子と別れ教室に入ると、すでに黄乃が自席に座っていた。


「おはよう黄乃ちゃん。早いね。」

「おはよう紅子ちゃん。だって昨日の先輩の話気になっちゃって。待てずに早めに来ちゃった。」

「その話なんだけど、放課後にいつもの相談室で良い?」

「えー焦らすの!」

「流石にここで話すのは。」


黄乃は周りを見渡し、ポツポツとクラスメイトたちが登校してく様子に『そうだね』と頷き、昨日の夜みたドラマの話に切り替える。

紅子は今朝みた二人の様子が頭の中で悶々と燻り続け、授業に集中することができなかった。数学では、いつもはしない簡単な計算ミスをし、現文では教科書の音読が自分に回ってきたことんい気づかず、注意を受けてしまう。

ようやく、放課後になり相談室に行くと早速といったように黄乃が紅子に詰め寄った。午後の体育後に使ったボディシートの香りが鼻腔をくすぐる。


「それで、どうだったの?」

「うーん。見た限りだと両思いだと思うんだよね。差し入れのクッキーとか嬉しそうに食べてたし。」

「でも、クッキーが好きなだけかもしれないよ?」

「2回も頭撫で出てし、それになんとなくだけど、あの二人の周りだけ空気が違うというか、雰囲気が甘いというか。」

「紅子ちゃんがそこまで言うってことは、本当なのかなぁ。」


相談室からの窓から外を見下ろすと、ちょうど野球部のグラウンドが見えた。フェンスの方を見ると、今朝と同じように桃子が練習の見学をしている。


「あの表情は恋する乙女って感じよね。あ、ちょうど休憩だ。」


部員たちが、ベンチに戻りすぶん補給をしながら談笑をしているようだった。

その様子をフェンスの外から眺めている桃子の雰囲気は、なんだか幸せそうな、それでいて寂しそうな複雑な色をしている。


「あたしは、青くんって人は桃子先輩のことをどう思っているか直接聞いたわけじゃないけど、両思いだと思うんだよ。」

「紅子ちゃんがそう思うなら、叶えてもいいんじゃないかな?元々両思いなら、トラブルにもならないだろうし。」


桃子は、日が傾き始めた頃、相談室にやってきた。青の練習を見てきた後だから、少し上機嫌に入ってくると、紅子の座っている席の向かいに腰を下ろす。


「それで、どう?わたしの願い叶えてくれる?」

「はい、桃子先輩の願い、花咲紅子がお受けします。」


色良い返事を返せば、桃子は花が綻ぶように満面の笑顔となり、立ち上がると紅子の手をとり頭を下げた。


「ありがとう!ほんとにありがとう!」


その勢いに、思わず一歩後ろに下がってしまった紅子だったが、持ち直し桃子の手を握り返す。


「それじゃ、行きましょうか。願いを叶えに。」


紅子の言葉に、桃子は頷くと握っていた手を話した。黄乃もつれて3人でグラウンドにでる。ちょうどマウンドに青が入るところだった。今朝みたアーチよりも大きな弧を描いて飛んでいく。

その一打で練習試合の勝敗は決したようで、監督の周りに集まり、指導を受けた後解散し部員たちが片付けに走る。朝練の時とは違い使っていた道具が多いのか、全員しっかり片付けに参加していた。

一通り片付けが終わった後、着替えをして友達と連れ立って出てきた青に、桃子がかけよった。


「青くん、ちょっと時間もらえる?」

「おう、いいぜ。」


桃子の誘いを快諾して、紅子や黄乃がいるグランドのすみにやってくる。


「それで?どうしたんだ?」


桃子と青が向かい合った直後、紅子は指を宙で振る。指先から生まれたキラキラとした光は、青の頭の上から降りかかり、消えていった。降り注ぐキラキラを眺めていた桃子の手が突然掴まれ引っ張られる。勢いに負けて倒れそうになる桃子をガッチリと抱き込んだのは、他でもない目の前にいた青だ。


「桃子、好きだ。」


耳元で囁くように言われ、桃子の顔は真っ赤に染め上がり、思考が追いついていないのか、あらぬ方向を見ている。


「青くん。ほんと?」

「あぁ。」

「わたしと付き合ってくれる?」

「あぁ。俺と付き合ってくれ。」


そうして、二人は手をしっかりと握って、帰っていった。

その様子を見ていた、紅子と黄乃が木の影から出てくる。


「本音に忠実になる魔法、成功かな?」

「紅子ちゃんの言うとおり、本当に両思いだった。」

「でしょ、間違いないと思ったんだよ!」


魔法が成功しとで、少し興奮気味の紅子がスキップでもしそうな勢いで、歩き出す。


「さ、あたしたちも帰ろう!」

「そうだね。」


こちらも揃って帰路に着く。


次の日、桃子と青は一緒に登校してきた。人目も気にせず、手を繋ぎ肩を並べて歩いてる。グラウンドで一度別れ、青は朝練へいくがフェンスの外には桃子がいるため、練習中も桃子に手を振り休憩のたびに、フェンスそばまで走りより桃子から飲み物を受け取る。

練習後は、片付けに目もくれず更衣室に走り着替えを手早く済ませて、桃子の元へ走りった。そうして、また桃子の手を握り、仲良くならんで校舎に入って行く。

そんな二人の様子は、校舎内に噂として流れ一週間経つ頃には、仲の良いカップルとして一年生にまでまわってきた。

いつものように、相談室にいると扉が開き、桃子が入ってくる。


「花咲さん。ありがとう。貴方のおかげで、今とっても幸せなの。」


頬に赤みがさし、興奮したように話す桃子のお礼は、いつものように赤い光となり紅子の薔薇へ吸い込まれていく。


「いえ、成功したようで良かったです。末長くお幸せに。」

「ええ!もう幸せすぎだけど、もっと幸せになるわ。本当にありがとう!」


そう言うと、ヒラリと手を振って、相談室から小走りで出ていった。


「あの二人、すっかり学校中の公認カップルになったね。」


黄乃が野球部の練習を相談室の窓から見下ろす。


「うん。上手くいってよかったよ。」

「でも、なんで青先輩は一度桃子先輩の告白は断ったのかな?紅子ちゃんの魔法は『本音に忠実になる魔法』でしょ?」

「うーん?本音に気づいてなかったとか?たまにいるよね。」

「そうゆう人もいるけど、なんか違和感があるんだよね。」

「黄乃ちゃんの考えすぎじゃない?」

「そうかなぁ。」


煮え切らない黄乃の様子に、紅子も窓に近寄りグラウンドの二人を見下ろした。幸せそうな雰囲気に、やはりこの願いを叶えるのは、間違いではなかったと紅子は確信する。

黄乃はジッと練習中に談笑している二人を見つめていた。そんな彼らの後ろでは、部員たちが次の練習準備をしている。その光景に黄乃は喉に何かが引っかかるような、言いようの無い不安を覚えた。

その不安の正体はこの一ヶ月後に判明することとなる。


バケツをひっくり返す返したような雨が降っていた放課後、扉が壊れるのではないかと言うほど大きな音を立てて開かれた。一人の男子生徒が足音を大袈裟に鳴らしながら相談室に入って来ると、紅子の目の前にバンと、勢いよく手をついた。


「おい!青に何しやがった!」


突然怒鳴り込まれ、紅子と黄乃は身体が反射的に後ろにのけぞる。逃がさないとでも言うように、男子生徒はさらに乗り出した。


「落ち着いてください。何をしたとは?」


先に回復した黄乃が彼に聞く。

彼は少し冷静になったのか、どかりと椅子に腰を下ろすが大きく開いた膝の片方に手を置き、前屈みになり話始めた。


「最近榎本と付き合いだした、青のことだよ。あいつ、榎本と付き合いだしてからおかしいんだよ。練習にも全然身が入ってなくて、仕舞いにはここ一週間無断欠席が続いてる。絶対榎本のせいだと思って、クラスのやつに聞いたら、この相談室に榎本が来たってっ来たから。絶対原因はお前らだろ。無理やり付き合うように魔法でもなんでも使ったんだろ。」

「でも、彼らは両思いでした。確かに、桃子先輩はここに来ましたが、あたし達は告白のお手伝いをしただけで、無理やりなんて・・・。」

「じゃぁ、なんで今、この時期にあいつが付き合うんだよ!あいつはな!甲子園が終わったら榎本の告白に答えるって言ってたんだよ!『今は、桃子は野球をしている俺の姿が好きだから、格好いい姿を見せてから、改めて俺から告白するんだ。』って!」


ガタっと扉の方で音がする。全員が音の先を見ると、桃子が持っていたバッグを落として呆然と立っていた。


「ねぇ、それってほんと?青くんが甲子園の後にわたしに告白してくれようとしてたって。」

「あぁ。ほんとだよ。みんなに練習が終わるたんびにアイツ、更衣室で言ってたんだ。」


桃子の問いに、彼は不機嫌そうに答えると、桃子を睨みつける。


「それなのに、なんだよ。いつの間にか付き合ってるし、練習は出てこないし、おかしいだろ。お前らがなんかしたに決まってる。」


そんな彼の声など聞こえないかのように、桃子はしゃがみ込み、手で顔を覆った。


「どうしよう。わたし、余計なことしちゃった。青くんがね、今週に入って一回も練習に行かないの。『桃子との時間の方が大事だから』って。でも、それっておかしいなって気づいたの。だって、青くんあんなに野球団張ってたんだもん。そんな青くんが野球を辞めちゃうなんておかしいよ。」


そう言い切ると、顔をいきなりあげて紅子に迫る。その顔は血の気が引き、今にも倒れそうなほど真っ白になっていた。

紅子の右手をとり強く引っ張る。紅子が顔を歪めたことにも気づかず、相談室の外へと向かう。


「桃子先輩?」


困惑ながら、紅子が声をあげ、黄乃はその桃子の手を逆に掴み離すよう促した。


「桃子先輩。まずは紅子ちゃんを離してください。」

「嫌よ!ねぇ、お願い・・・。青くんを元に戻して・・・。」


紅子の手を離さぬまま、俯いてしまう。

そうすると、様子を伺っていた男子生徒も紅子に近づき、頭を下げた。


「頼む。アイツを元に戻してくれ。大切な仲間なんだ。アイツを、返してくれ。」


二人の様子に、紅子は黄乃と目を合わせる。黄乃は紅子から目を離すことなく、浅く頷いた。紅子も頷き返すと、掴まれていた桃子の手に左手を添える。


「わかりました。その願い、お受けします。」


早速、桃子が告白をしたグランドの隅へ青を呼び出す。


「急に呼び出してごめんね。」

「ううん。桃子の呼び出しならいつでも応じるよ。桃子より優先しなきゃいけないことはないから。」

「違うよ青くん。青くんにはもっと大事なものがあるはずだよ。」

「何言ってるんだ?そんなものあるわけないだろ。」


その答えに、表情が暗くなりながらも、桃子は青の背後にいる紅子に目配せをする。それに頷くと、紅子は指を宙で一振りした。最初と同じようにキラキラとしたものが青の頭の上に降り注ぐ。桃子が改めて尋ねた。


「青くん。青くんの今、一番優先しなきゃいけないことは何?」

「何言ってんだ?もちろん桃子に決まってるだろ。」

「え?なんで?」


青の様子が全く変わっていないことに、桃子は唖然としてしまう。そうして、青の脇を通り、紅子の元に迫った。


「どうゆうこと?魔法は解けたんじゃないの?」

「解除呪文をかけたはずなのになんで・・・?」


紅子自身もわけがわからないという表情で自分の手を見つめていた。


「もう一回。」


紅子が再び指を振るが、キラキラとした粉はかかるが、青の魔法が解ける気配は言い高にない。


「どうしよう・・・。魔法が解けない・・・。」


何度も、何度も指を振るう。しかし、青の様子が変わることはなく、桃子が一番だと呟き続けている。


「ねぇ、青くんは戻らないの?もう野球やってくれないの?」


桃子は大粒の涙をこぼしながら紅子の詰め寄り、肩を掴んだ。紅子は唇を噛み締め桃子を見つめた後、青に視線を移す。そして、視線を足下に落とした。頭の中で、『どうしよう』と言う言葉がぐるぐるまわる。頭の隅で、白子の顔がよぎった。しかし、手を借りていいものか。当主を決める儀式中にもう一人の候補の手を借りて良いのか、紅子に判断がつかない。

泣き崩れてしまっている桃子の様子に、青が一生懸命慰めようとしているが、つぶやく言葉は桃子の欲しいものとは程遠いものばかりだ。


「この状態のままにすることはできない・・・。白子のところに行ってくる。」


紅子は決意したように顔をあげた。


「桃子先輩、一日中だけ時間をください。」

「え?」

「魔法を解く方法、必ず見つけます。なので、お願いします!」


思いっきり頭を下げた紅子を桃子はジッと見つめた後、制服の袖で涙を拭う。


「わかった、待つ。それで青くんが元に戻るなら。」


その言葉に一つ頷くと、紅子は黄乃を連れて校舎へ走りだした。


「え?紅子ちゃん?」

「黄乃ちゃん!白子を探そう!」

「そっか!白子ちゃんを探して協力してもらうんだね。わかった!」


校舎に入ると、二手に分かれてそれぞれ走り出す。紅子は真っ先に白子と会った廊下へ向かう。階段を駆け上がり、最上階の廊下から屋上に上がる階段をもう一つ上がった。使用されていない机や椅子はあるが、白子がいる様子はなくシーンとしている。


「白子?どこ?いる?」


もしかしたら、姿を隠しているだけかもしれないと声を掛けてみるが、返事はない。


「他に、白子がいきそうなところ・・・。」


教室にある廊下におり、空いている教室を一つずつ確認していく。1階ずつ下がるごとに、焦りが頭の中を支配する。一階まで降りたところで、携帯に黄乃からメッセージが入り、軽快な音が鳴った。『図書室に発見』のメッセージに、走っていた足を急停止し、方向転換をする。図書館は今いる廊下と反対側のため、息を切らしながら全力で走った。

図書館までくると、黄乃が入り口で待っている。息切れをしている紅子に気付き、手招きをすると、図書室の一角を指差した。

白子は、本を選んでいるようで、一冊とっては開き、中身を確認してすると戻したり手元に抱えたりを繰り返している。

紅子は息を整えると、白子に近づく。


「白子・・・。」


なんと声をかけようかと考えて、発せられた言葉は情けなく語尾が小さくなってしまう。


「あのね、白子。助けて欲しいことがあるの。」

「私、同業者の願いは叶えないって言ったわよね?」


手に持っている本から視線を外すことなく、白子が口を開いた。

その言葉に、少し怯みながらも紅子は話続ける。


「あたしのかけた魔法を解きたいの。『本音に忠実になる魔法』なんだ。先輩にお願いされてかけたけど、すごく余計なことをしてしまったみたいで・・・。」

「はぁ。あなた今、相当パニックになっているでしょ?全くわからないわ。時系列に沿って話なさいよ。」


呆れたようにため息を吐いて、本から顔をあげた白子にまずいと思ったのか黄乃が駆け寄り、説明をした。


「なるほど、つまりその桃子先輩へ青先輩は甲子園に行ったら告白する予定だったのに、貴方が『本音に忠実になる魔法』をかけてしまったせいで、その甲子園より桃子先輩を優先してしまったことで、野球をしなくなったと。それで、桃子先輩の更なるお願いにより、魔法を解いて元通りにしようとしたが、解き方がわからなくなってしまった。と」


一息で言い切ると、もう一度ため息をついた後、紅子をギッと睨みつける。


「あなた、バカなの?せっかくお願いの取捨選択ができるようになったかと思ったら・・・。呆れてものも言えないわ。」

「はい・・・。」


白子は、持っていた本を元の本棚に戻した。


「このままだと、薔薇館の信用にも関わるわ。わかった、まずは状態を確認する。それで、私にもわからなかったら、薔薇館の大人に相談する。それでいいわね?」

「うん!ありがとう白子!」

「同業者からの感謝は、なんの足しにもならないんだから、いらないわ。」


そう言って、紅子たちに背を向けて図書室から早足で出て行ってしまう。紅子と黄乃は顔を見合わせた後、二人して同時に表情を緩めて、白子の後を走るように追いかけた。


相談室で、白子が青を観察する。そして、紅子と同じように宙で指を振るが、元に戻る様子はない。青と向かい合って座っていた椅子から立ち上がり、後ろに控えていた紅子たちの方を見る。


「これは、力の込めすぎも原因だけど、紅子、あなた魔法を一部間違えたわね。そのせいで、無駄に複雑になったせいで、簡単には解けなくなってる。」

「つまりどうゆうことなの?青くんは元に戻るの?」


桃子が不安そうに白子に尋ねる。白子は青を一瞥すると、桃子の目をしっかりと見て言う。


「このままじゃ、解けないわ。」

「そんな・・・。」


桃子の表情は絶望に染まり、膝から崩れ落ちた。


「ちゃんと聞きない。『このままじゃ』って言ったのよ。」

「このままじゃ・・・。ってことは解き方はあるってこと?」


黄乃の質問に、一斉に白子を見る。


「解き方はあるわ。少し厄介ではあるけどね。」


そう言って、指を振るとポンという音と共にベルベットで装飾された本が一冊出てくる。

パラパラとひとりでにページが捲れ、あるページでピタリと止まった。


「『おわり草』?」


ページを覗き込んだ黄乃が良い上げる。


「そう、おわり草。飲んだ人にかかった魔法を無かったことにする魔法草。」

「それって簡単に手に入るものなの?」

「そこが問題でね。魔法を無かったことにするってことは、薔薇館にとって脅威となる。だから、これは薔薇館の温室で厳重に保管されているものなのよ。」

「ってことは、薔薇館の大人に頼めば先輩の魔法を解いてもらえるってこと?」

「いや、ことはそう単純じゃなくってね。」


白子がチラリと紅子を見ると、真っ青な顔をして立ちすくんでいた。


「これを大人に言うってことは、紅子の失態を薔薇館に報告しなきゃいけない。この試験において重大な減点になる可能性が高いってこと。」


白子の説明に紅子の顔色はさらに悪くなっていく。

黄乃が心配そうに紅子に近づき、背中をさする。


「それで?どうするの?薔薇館の大人に報告しに行く?それとも、試験のためにこのままにする?」

「このままにはしておけない。あたしの失敗でこんなことになってるから。」


顔をあげて、青に寄り添う桃子の手を取った。そして、ギュッと力強く握り、しっかりと目を合わせた。


「先輩、あたしのせいで迷惑かけてすみません。」

「ううん、違うよ。わたしが青くんを信じきれなくて余計なお願いごとをしちゃったから。」


紅子は大きく頭を振ると、桃子から手を離し、白子をむく。


「さ、帰ろう白子。」

「そうね、どちらにせよもう遅いし、帰りましょう。」


窓の外を見ると茜色はとっくに消え、あたりは暗くなり始めていた。

玄関で桃子と青と別れ、3人は並んで帰路につく。


「そういえば、白子と帰るの初めてだね。」

「確かに!白子ちゃん同じ階にいるはずなのに、初めだ!」

「呑気なもんね、こんな帰り道に話すことはそれ?」

「良いんだよ。これから怒られるのに、暗くなるのも嫌じゃん。」

「はいはい、痩せ我慢ってやつね。」


紅子と白子の会話にくすくすと黄乃が笑う。


「仲良いんだね。」

「そんなつもりはないわ。」


冷たくあしらう白子に、紅子は視線を少し下に落としながら口を開いた。


「あたし、ずっと白子に憧れてたの。白子はずっと薔薇館で一番の魔女だった。実技も筆記も必ず一番のところに名前があった。いつか白子みたいになりたいなって思ってたの。だから、一緒に最終試験選ばれたことすごく嬉しかったんだ。」


白子は驚いたように目を見開くと、慌てて紅子から視線をずらす。ずらしたことで見えた耳は心なしか、ピンク色だった。


「やっぱり仲良いね。」

「あなた、どこをどう見たらそんな感想になるのよ。」

「でも、白子ちゃん、今の紅子ちゃんの話、褒められてまんざらでもないでしょ?こんなに慕ってくれてるんだから、絶対仲良くできるよ。」


黄乃はにこりと白子を見る。白子は黄乃をチラリと見た後、目線を正面に移してしまったが耳はさらに熱を持ったようで、いつの間にか真っ赤になっていた。

薔薇館の前まできて、黄乃と別れる。紅子は緊張した面持ちで玄関の扉に手をかけた。開けようとした時、白子の手がそっと添えられる。


「やっぱり辞めたわ。」

「え?」

「今回のこと、大人たちに言うの。」

「え!?でも、それじゃおわり草もらえないんじゃ・・・。」

「もらうんじゃなくて、取りに行くのよ。」

「はい!?え、ちょ、どうしたの白子?なんかちょっと変だよ!?」

「うるさいわね。ただ、ちょっと惜しいなって思っただけよ。」

「惜しい?」

「あなたのこと。こんな一回の失敗で脱落なんて、惜しいなと思ったのよ。」


突然の白子からの告白に、紅子は戸惑ってしまい、母音のみが口から漏れていた。


「だから、大人に言うのは一回辞めにするわ。」

「大人に言わずにどうするの?」

「おわり草は、温室にあるのよ?それもたくさんね。」

「え・・・。まさか・・・。」

「そう、そのまさかよ。」

「いやいやいや。無理だって!厳重に保管されてるって言ったのは白子だよ?」

「今年のおわり草は豊作なんだそうよ。しかも、温室の管理人がまだ総数を把握できないほどにね。そして、明日は薬草管理チームが総出で数える予定だそうよ。」

「つまり、今日のうちに温室に忍び込んで一本もらうのね。」

「そうゆうこと。確か、刈り取る作業だけは今日の朝から始まってから保管庫にあるはず。」


白子からの驚きの提案に戸惑いつつも、白子が言うのであれば、成功するかもしれないという思いが紅子の頭をよぎる。


「で、どうするの。やる?」

「やる!」


力強く答えた紅子に、白子は満足そうな笑みを浮かべた。


「じゃぁ、館の就寝時間の後、1度目の巡回が終わった後ロビー集合よ。送れないでね。」


そう言って、さっさと玄関を開けて中に入ってしまう。紅子も慌てて後を追いかける。

玄関ロビーから四方向に伸びている通路のうち一つに振り返りもせずに行ってしまう。紅子はそれを一瞥すると、白子とは逆の廊下に足を向けた。

自室に入り、荷物を下ろすとベッドに倒れ込む。先ほどの白子の言動を思い出す。まさか、あの優等生の白子が規則は破るような提案をしてきたことに純粋に驚きつつも、自身のためだと言う事実に少し胸が温かくなった。

のんびりはしていられないと、倒れ込んでいたベッドから跳ね起き、部屋着を引っ掴んで浴室に急ぐ。今夜は寝ずにいなければならないが、ことが済んだ後すぐにベッドに入らなければいけないため、事前に寝るための支度は整えておく。

夕食も食べ終わり、就寝の時間になるといつもとは違い、ベッドには入らず扉の前にしゃがみ込み廊下の様子を伺う。寝てしまわないように、一生懸命瞼を押し上げていると、廊下からパタパタとスリッパの音がする。

1回目の巡回だ。

ゆっくりと歩くその音が、自分の部屋の前を通りすぎた。そして、完全に音が聞こえなくなるのをまつ。聞こえなくなってから、1分を数えて自室の扉を開けた。

廊下はシンと静まり帰っている。窓から入る月明かりが赤い絨毯を照らしていた。キョロキョロと回りを見渡し、少しの音も聞き逃さないよう神経を研ぎ澄まして廊下を歩きロビーまでたどり着く。

まだ白子は来ていないようだ。

ロビーにたどり着いた安堵から息を吐いた直後、肩に手がかかった。


「ひゃっ!」

「静かにしなさい。」


恐怖で声が出かかったところで、色白い手に口を塞がれる。

振り返ると、白子が呆れ顔で立っていた。


「貴方、こっそりやってる自覚はあるの?」

「うっ・・・。白子が急に肩に手をかけるから。」

「あら、そう。失礼したわ。さっさと行くわよ。」


恨みがましい表情の紅子を無視するように話を続ける。


「早く温室に行きましょう。2回目の巡回まで約三時間。それまでにおわり草を取って自分の部屋に帰る。良いわね。」


紅子は無言で頷き、正面にある通路を見据えた。

温室は二人が半年ほど前まで学んでいた寄宿舎を通り抜ける必要がある。寄宿舎は自室の廊下とは違い、石畳になっているため音を立てないようにしなければならない。そして、最大の難点がある。


「来たわ。隠れて。」


白子の声に、慌てて角に入り込み息を潜めた。蝋燭の灯りがこちらに近づいてくるが、手前の角を曲がっていく。寄宿舎にはまだ幼い子供たちが多くいるため、本館とは別に巡回時間が多く設けられている。そのため、こちらの巡回者も避けて移動しなければならない。


「よし、行ったわね。」

「寄宿舎の巡回って、不定期に来るんだよね。しかも廊下もランダム・・・。」


寄宿舎時代に何度か部屋を抜け出し、怒られた苦い思い出が過ぎった。


「あら、知らないの?寄宿舎の巡回もちゃんと規則とルートがあるのよ。」

「え!?」

「曜日によって違うだけでね。今日は木曜日だから、次の巡回は2時間後。ただ問題なのは巡回をする先生によっては、気まぐれに巡回を増やす可能性があるってことね。」

「なんで、そんなこと知ってるの?」

「先生やあなたたちは私のこと優等生って思っているようだけど、案外そんなことなかってことよ。」


こんな計画だけでも驚きだった紅子の頭は、白子の告白に更なる混乱が生じる。『ほらいくわよ。』と呆けている紅子に、動くよう促す白子に先導されて廊下を突き進む。そして、寄宿舎の一番奥にある温室へのと取りつく。ドーム型のガラス覆われた温室は、月明かりに照らされて銀色に輝いていた。

少し重たいガラスの扉を二人がかりでゆっくりと開く。芝生に足を下ろし急いで、温室の一角にある保管庫を目指す。中を覗くと、大量のおわり草が積み重なっていた。それを一本引き抜くと、大切に握り込む。扉を閉めて足早に温室からでた。

来た道を戻っていると、突然コツコツと足音が向かいから来ていることに紅子が気がついた。


「待って、白子。向かいから誰かくる。」

「先生の気まぐれな巡回ね・・・。」

「うそ!どうしよう・・・。」


周りを見渡すが、一本道のせいで先ほどように身を隠せる曲がり道は無い。柱や装飾品などの影に入れそうなものも無いため、来た道を戻ろうと踵を返した。その瞬間、紅子が足元に転がっていた石を蹴り飛ばしてしまった。

蹴り飛ばされた石は、壁に当たりカツンという軽い音を立てる。


「そこに誰かいるの?」


向かいから来ている足音の速度が早くなった。徐々に近づいてくる足音に、万事休すかと紅子を目を強く閉じる。額に汗が滲み、手に持っているおわり草を強く握りしめた。


「気のせいかしら・・・。」


ランタンの灯りが廊下を照らすが、そこに人影はない。教員は周りを一通り照らすが、隠れる場所もないため、気のせいであったと結論づけて、踵を返すと巡回に戻っていった。

足音が遠ざかり、廊下に静寂が戻ったところで、息を吐く音が天井から降ってくる。天井には、白子が浮かんでおり、そこに紅子がしがみつくついていた。

ゆっくりと白子が空から降り、紅子から足をつけて着地する。


「危なかった・・・。白子が箒なしで飛ぶ魔法を習得しててよかった・・・。」

「これ、去年の授業でやった魔法よ。なんで貴方は咄嗟に使えないのよ。」

「いやいや、応用って先生言ってたじゃん。」

「まぁいいわ。早く行きましょ。」


急ぐように二人でかける。石畳の廊下が絨毯に変わる感触が伝わり、強張っていた肩の力が抜けるのを感じた。ロビーまで戻り、白子と向き合う。白子もこちらを向いていた。


「こ、ここまで来れば大丈夫だよね。」

「落ち着いてる場合じゃないわよ。こっちの巡回者が来るまでに部屋に帰らないといけないんだから、早くしなさい。」

「うん。」

「ここまで来て、見つからないでよね。」


そう言って、お互い別の廊下にかけていく。

背後にある階段には、走っていく二人を眺めながらレディ・ローズが微笑んでいた。


朝早く、珍しく紅子と白子が並んで登校する。

門をでたところで黄乃が手を振りながら合流し、3人揃って相談室に入る。しばらくすると、心配そうな表情の桃子が青を連れてやってくる。


「おはようございます。桃子先輩」

「ねぇ、青くん治る?」

「はい、青先輩を治す『おわり草』は手に入れてきました。」


そう言って、一本の細長い草を青に握らせた。


「さ、青先輩。今かけられてる魔法が解けるように祈ってください。」

「え、でも。」

「青くん祈って?」

「でも、桃子は今の俺が好きなんだろ?このままじゃダメなのか?」

「え・・・。」


青の言葉に、桃子は信じられないと呆然としてしまう。


「ダメだよ、青くん。元に戻って・・・。元の野球を頑張ってる青くんに戻って。」

「だって、これは桃子が願ったことだろ?桃子は今幸せじゃないの?」

「最初はね、ずっと一緒に入れて幸せだったよ。青くんと一緒に登下校して楽しかった。でもね、わたしは青くんの一生懸命野球する姿が好きなの。好きなことを一生懸命やる姿が。」


桃子がおわり草を持っている青の手を握り締め、その手を額につける。


「だから、お願い。元に戻って。」


涙が一筋、おわり草に落ちた。すると、おわり草が輝き出す。それを見た青も真剣な顔でおわり草を握り直し、目を閉じた。

すると、おわり草は輝きゆっくりと青の胸に入っていく。全て入ったところで、青が目を開いた。


「桃子。ごめんな。」

「青くん?」

「俺が煮え切らない返事をしちゃったからだよな。」


「そんなことないよ、わたしが青くんを信じられなかったから。」


青は桃子も両手をとり、しっかりと桃子の目を見て言う。


「俺、絶対甲子園に行くから。その時は、」


青の告白を桃子が手で口を塞ぎ止める。


「そのあとは、その時に言って。」

「うん。そうだね。」


桃子は紅子と白子を向いた。


「ありがとう。青くんを助けてくれて。」

「俺からもありがとう。俺たちを元に戻してくれて。」


二人のお礼が、それぞれ光の球となり、二つに分裂すると紅子と白子それぞれのバラに入っていった。

もう一度お礼を言うと、青が朝練に参加するため、二人とも部屋を出ていく。


「さて、私ももう行くわ。これに懲りて、もう少し慎重に願いごと選びなさいよ。」


そう言って、白子も教室から出ていく。


「さ、私たちも教室いこっか。」

「そうだね。」


黄乃の呼びかけに、相談室を後にする。

廊下の窓からグラウンドを覗くと、青が制服のまま部員たちに頭を下げているのが見えた。

監督からお小言をもらったようでもう一度大きく頭を下げて、更衣室に走っていった。

そして、その様子をフェンスから見ている桃子。全ての光景が元通りとなる。


(あぁ。美しい光景。)

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