第15話 独白

 心太はもう乗り越えたのだろうか。

 あの事件からもう十五年経っているのだから、乗り越えたのだろう。何だか私一人だけ取り残されたような気持ちになった。


 小学校の授業で成長とともに変わる体の変化を習った。そこで初めて私が普通じゃないということを知った。

『普通が良かった』と母が泣いていたのを思い出す。

 私のお腹には子宮がない。

 子宮がないことが問題なのは赤ちゃんを産めないことだった。

 でも私にはそこまで悲壮感はなかった。離婚している両親や伯母を見て、結婚に夢を持てなかったし、育児放棄した母を見ているから、特に母親になりたいとも思えなかった。

 ただ中学になった頃にはもうみんなが初潮を迎えていたし、休み時間は生理用品を持ってトイレに向かったりする。私も必要がない生理用品を持って学校に通った。友達には言えなかった。私が子宮がないことをどう伝えていいのか分からなかったし、どういう反応になるのかも怖かった。

 だから私と友達の間にはどこか嘘があって、高校で離れるとそのまま疎遠になった。そうやって私は居場所が代わる度に人間関係をリセットしていった。


 もう温くなってしまった缶ジュースを握って、私は歩きだした。

 そして私を母が捨てた理由を考える。

『私が普通じゃないから』

 それは母が私に何を期待していたのか――。

 きっと幸せな結婚ということだろう。そこには私の花嫁姿を見たかった。孫を手に抱きたかたという思いがあったのかもしれない。

 父が私を捨てた理由は、私が必要なかったからだ。新しい人と恋をした彼には私が邪魔だったから。

 そう酷い理由なのに私は少しも傷つかなかった。

 彼らが離れていった時、私は少しほっとしたのだ。それまでの私は彼らの所有物のような気持ちだったから。

 むしろ伯母さんとの静かな生活の方が私はずっと安らげた。


 そうして静かに私は満足いく暮らしをしていたのに、なぜか急に腹立だしくなったりしたのは、事件の詳細を知ったからだった。私の好きだった従兄の彰吾君も、心太のお父さんも突然命を失っていたのに、私はそれを知らずに安穏と暮らしていた自分にも腹が立った。


 そして今、一人置いてけぼりな気持ちになっている。


 青い空を見上げる。

「どうしたらいいのかな」

 心太は『父さんの死を無駄にするなよ』と言った。

 生きてることが息苦しくなる。

「あの時、死ぬのは私の方が良かったんじゃない?」

 そんなことを空に呟く。

 同時に、昨日抱きしめられた伯母さんのぬくもりでさえ恋しくなる。太陽の暑さでめまいがしそうなのに、私は冷たい場所に行きたくなかった。

 誰かに優しくして欲しかった。


 

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