第10話 証

 ファーストフード店でハンバーガーセットを頼む。すぐに用意されて、二人で二階の席に上がった。店は混んでいたけれど、空席はちらほらあって、二人で窓際のカウンター席に座って夜の街を眺める。

 私はやっぱり一人で検索する勇気がなくて、心太の知ってることを話してもらった。心太も小さい頃、急にお父さんがいなくなって、事故で亡くなったって聞かされて育ったと言う。

「母さんが看護師で…朝から晩まで働いていたから、小さい頃に亡くなった父親のこと、そんなに聞いたことはなくて」

 自分の名前をいじめられた時に母親に

「お父さん、すごく気持ちのいい人だったから、しんにもそうなって欲しいって」と言われた時くらいだった。

 妹は生まれてすぐだったので、父親の影も感じることはなかったらしいが、お父さんがいない家庭だというので少し淋しい思いはあったようだ。

「ごめんなさい」

「いや、空が悪いわけじゃないから。…俺が好奇心で調べて」

 自分と同じ年の女の子を助けようとして亡くなったのを知った時は衝撃を受けたと言う。

「それで…母親に聞いたんだよ」

 お母さんは

「お父さんは女の子を助けて亡くなったんだから、偉いんだからね」と言った。

「でもその頃の俺は、そんなことしなければ生きてたのにって思ってしまって」

 それはそうだと思う。

 関わらなければ、生きていたはずだった。

「やっぱりごめんなさい」

「空。もう謝らなくていいから。それに謝られたら、喋れなくなる」

 申し訳ない気持ちを抱えながら頷いた。そして私の両親は心太の家に一度も来なかったらしい。心太のお母さんは

「あちらさんも大変だから」と言っていたそうだが、やりきれない思いを抱えていたはずだった。

「お父さんもお母さんも…私が普通じゃなくなったから…伯母さんのところへ預けて、離婚してしまって。でも本当にごめんなさい」

「普通じゃないって…」

「…子宮がないの。事件で…」

 心太はどうしていいのか分からない顔をする。

「でも記憶がないから…。何も覚えてなくて」

「そっか。空は…一人で頑張って…」

「ううん。一人じゃなくて…。だれかがずっと側にいてくれた気がするの。二人亡くなったって聞いたけど、心太のお父さんと…後一人は…」

「あ。後一人は…」

 その名前を聞いて、私は驚いた。

「え? 伯母さんの…苗字だ」

「伯母さんの?」

「一緒に暮らしてる伯母さんの…。でも伯母さんには子どもがいないって」

「じゃあ、たまたまかな」と心太は言う。

 先にその人が来ていたらしいが、心太の父が来た頃にはすでに怪我をしていたという話だった。

「その人も亡くなったのね」

「出血がひどかったって」

 そう言いながら、私は伯母さんがいつか謝っていたことを思い出す。やはり伯母さんが何か知っているような気がした。

「…私…生きてていいのかな」

「空。ごめん」

「心太が謝ることなんて、何もない」

「空に近づいたのは…復讐じゃないけど、なんかそういう似たような嫌な気持ちもあった。でも一緒にいて、すごく救われたこともあった」

「救われた?」

 私は何もしていない。なんなら、友達ができたと有頂天になっていたぐらいだ。

「…うん。何気ない話を聞いてると、空の優しさや、哀しさも感じることがあったから」

 遠くに好きな人がいるという嘘をついていたのに? と心太を見る。

「空がいてくれて、父さんが生きた証に思えたから」

 なんでか分からないけれど、涙が溢れた。

 普通じゃなくなった私は生きていていいのか、これから何をすればいいのかも分からなかった。高校生の頃、同じクラスの女の子たちは楽しそうに恋の話のを遠くから見るだけだった。無価値に感じる自分がただ息をして、心臓が止まるだけの日まで長い時間を待つことにため息を吐いた。

「私…そんな価値ある…かな」

「あるよ。俺の父さんが命をかけて守ったんだから」

 そう言ってもらえて、初めて私は自分がとても貴重に思えた。

「まだ…ないけど…でも…これから頑張る」と言うと、心太は笑った。

「そういうところ。空って素直だからな」

「嘘…ついてたのに?」

「嘘ってすぐわかったよ。そんなテンプレな王子様みたいな人いるかな? って思ってたし。まぁ、でもそういうのも俺との線引きしたいんだろうなとは思ったし。やっぱり空を助けてくれてよかったって今は少し思える」

「少し?」

「うん。まだ少し」

 そういう風に言ってくれる心太に感謝した。私は自分が小さい頃に聞いていた声の話をしたかったが、上手く話せない。今日は諦めることにした。伯母さんに確認してからでも遅くはないと思ったから。

 それから二人で食べたハンバーガーは美味しかった。すっかり冷えているポテトも全部食べて、駅で別れる。命の恩人の息子…。心太が大きく手を振った。

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