第8話 心の問題

 薄くなったカシスオレンジの味を探すように飲み干す。またすぐにふわふわが戻ってきた。

「心太…。お友達?」

「え?」

「心太は私のお友達?」

 どうしてかそう言って欲しかった。

「酔ってる?」

「これ酔ってるの? 初めてだから分かんない。でもちゃんと、言ってることは理解してるよ」

 私は答えが聞きたかった。

「俺は…男女でお友達っていうの無理だから」

「無理?」

「恋人に異性の友達とか嫌だし」

「そっか。じゃあ、私たちは知り合いってことかな」

「だな」

「知り合いかー」と言いながら、ドリンクのメニューを手にして、次を選ぶことにする。

 何がいいか心太に聞こうとアルコールの名前の羅列を真剣に見ていた。

「空は好きな人がいるのに、違う男とご飯食べに行ったり…」

 ドリンクメニューから視線を外す。

「…そっか。良くないね。そう言うの。私…心太に迷惑かけてた」

「別に迷惑じゃないけど」

 ドリンクメニューをもとに戻す。

「ごめん。私、友達がいなさすぎて、分んなかった。同性とか、異性とかそういうの含めて友達がいなかったから…。あ、同情して欲しいとかじゃなくて」

 こんなに喋れる自分にも驚いた。

「どうして? 友達作りたくなかった?」

「…えっとそれは」

「いじめられたとか? 何かあった?」

「ううん。何も…何もなくて。ただ…」

『ただ…』なんだと言うのだろう。

 私の知らない私の過去が分厚い透明な壁を作った。

「私が勇気なくて。知らない人と喋るの」

 心太が声をかけてくれなければ、外食することもなかった。ちらっと心太が私の顔を覗き込む。

「そういう性格なの?」

「そう。そういう…」

 私の性格がどういうものか自分でも分からない。自然と涙が溢れてきた。じっと心太がこっちを見る。

「空は何か心に問題があるんじゃない?」

「問題…」とその言葉を掠れた声で繰り返す。

「何か…」

 ゆっくりと問うように、心太は繰り返した。

「私…普通じゃない」

 心太にそう聞こうとして、思いがけず声は断定の音になった。

「空…。何があったか覚えてないの?」

 それはまるで私に何があったか知っているかのようだった。

 騒がしい居酒屋の音が急に遠くなる。私の知らない私の過去を心太は知っているのだろうか。

『知らなくていい』

(ほんと?)

『何もなかったんだ』

(何も?)

 カツカツカツ

 あの音が頭に響く。音が近づいて、すぐ傍になった。

 突然、テーブルに置かれたカシスオレンジが入っていたグラスが割れた。

「え?」

 心太が思わず声を上げた。粉々に割れてテーブルの上に散らばっている。慌てて友達のバイトを呼んで方づけてもらった。

「備品割るなよー」と言いながら私に「怪我はありませんか」と聞いてくれる。

「…大丈夫です」

「ってか、お前、なんで割ったんだよ?」

「割ったんじゃなくて、突然、割れたんだよ」

「はあ? 熱いところに置いておいたとか?」

「熱いものなんてないだろう」

 二人が言い合っているのをぼんやり聞き流しながら、あの音が聞こえてすぐにガラスが割れたと当時に

『大丈夫だからね』という声がした。

 心太はそんなことは一言も言ってないし、聞こえたとも言ってない。

 それは私だけが聞こえていた。

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