第27話 VSアスタロト

「さあ、始めようじゃないか。勘違いしたままの哀れな元勇者と、彼を愛しすぎてしまったが故に、その心を醜く歪ませた二人の乙女たち。互いの本性を知り、絶望に染まっていく様を、この私にじっくりと見せておくれ!」

「「なっ……!?」」




 アスタロトの高笑いを背に、セレスティアとシルヴィアが絶望に染まった顔で俺を見つめる。嘘がつけなくなる結界だと?

 そんな厄介なものがあるのか。



「これは魔族の得意とする固有魔法ね……アスタロトとかいうやつが精神的に動揺すればほころびがでるはずだけど……」

「相手は真実の魔族だ。おそらく、こういうところには慣れてるよな……」



 魔法の専門家であるシルヴィアが渋い顔をしているのを見て、やばい状況だというのはわかる。

 不幸中の幸いは周囲に魔物がいないことだろう。意識を失っているイザベラを守りながらはさすがに厄介だからな。



「ふふふ、まずは……清廉なる聖女様からといこうか。勇者殿、君はこの聖女が、清らかで、神に仕える敬虔な乙女だと思っているだろう? だが、その実態は……」

「な……いったい何を……」



 アスタロトの声が、ねっとりとした響きを帯び、それを聞いてセレスティアがまるで死刑宣告を聞いたかのように顔を真っ青にする。



「夜な夜な、君の名前を呼びながら、己の体を慰めるほどの、色欲に塗れたいやらしき雌なのだよ!  君のたくましい体に抱かれる妄想、君が他の女と話すだけで嫉妬に狂い、その女を呪う姿……ああ、なんとも聖女らしからぬ、醜くき姿だろうよ!」

「ち、違います……! 私はそんな、はしたないことを……あ、ああ、でも、カズキ様の鍛えられた胸板を思い出して興奮したり、あのたくましい腕でめちゃくちゃにされたいと願っています! 私はカズキ様のその素晴らしい体を想像して自分を慰めて……」



 セレスティアは顔を沸騰させながら、必死にごまかそうとしたようだが、アスタロトの魔法の効果は絶大らしく、その口から飛び出すのは、火に油を注ぐような本音ばかりだった。



「セレスティア……」

「うう……もう、生きていけないです」



 声をかけようにも自分の顔を俺から隠すようにして、両手で覆うと羞恥のあまりうなだれてしまう。確かにエッチになってるなと思ったが、俺でそういうことをしていたとは……



「ひどいわ、アスタロト! 乙女の秘密を暴露するなんて、最低の所業よ! この子がムッツリ聖女なのは知ってるけど、カズキの前で言う必要はないでしょう!!」

「カズキ様の前でムッツリ聖女って言うのやめてもらえますか!!」



 シルヴィアが怒りの声を上げるが、アスタロトは嘲笑うかのように矛先を彼女に向ける。



「おやおや、それならば次は天才魔導士様といこうか。君も大概だろう?  『別にアンタのためじゃない』などと嘯きながら、その実、全てが勇者殿の事を想った行動であり、素直になれない自分に自己嫌悪しつつも彼が他の女にデレデレするたびにその内心に嫉妬の炎を燃やしていたのだろう!! そして、私のものだとばかりに、周囲には婚約者アピールをし、今もまた、他の女を出し抜いてエルフの里に連れていこうとしている。口のわるいお前の正体は素直になれないだけの勇者大好きっ子であろう!!

「なっ……! そ、それは……! だ、だって、カズキは私の婚約者を演じてくれるって言ったんだから約束は守ってもらわないといけないでしょ……んん!! あいつは口の悪い私にも優しいし、信頼してくれる。しかも、私のために危険なことだってやってくれてるのよ……あいつは私のモノなの!! って、ああもう! なんで本音が!」



 シルヴィアもまた、顔を真っ赤にして頭を抱える。普段のツンとした態度は見る影もなく、ただ狼狽する一人の乙女がそこにいた。

 二人は絶望的な表情でこちらを見つめてくる。秘密を暴かれ、俺に軽蔑されるのを恐れているのが痛いほど伝わってくる。

 だが、俺は――その光景を見て、深く、深く納得した。



「……なるほどな。そういうことだったのか」



 俺の落ち着き払った声に、セレスティアとシルヴィア、そして声だけのアスタロトまでもが「え?」と間の抜けた声を上げた。

 俺は、絶望に染まる二人に微笑み、自信満々に言い放った。



「なあ、二人とも。そんなに思いつめることじゃないだろ」

「で、ですがカズキ様! わたくしは、聖女にあるまじき、淫らな妄想を……!」

「私だって……! アンタを独り占めしたいとか、重たい女だって思われたら……!」

「だから、それがどうしたんだ? 俺は気にしてないって言ってるだろ」



 俺はきょとんとして言い返す。



「ここはそういう(貞操逆転)世界なんだからさ。 男が少なくて、女が積極的にアプローチするのが当たり前の世界だ。セレスティアが聖女様だからって、貴重な存在である俺をみて、ちょっとエッチな気持ちになるのも当たり前じゃないか! むしろ、俺なんかでそんなに興奮してくれるなんて嬉しいし、普段の清楚な姿とギャップあって、魅力的だと思うぞ」

「え……?  カズキ様はいやらしい私を軽蔑するどころか魅力的とおっしゃってくれるのですか……?」



 セレスティアの瞳から、ぽろりと涙がこぼれる。聖女というイメージからずっとそういうことをいやらしいものだと忌避していたのだろう。安心しろとメッセージをこめて笑いかけると彼女は驚きの表情を浮かべた後に、涙を流して俺に抱き着いてくる。

 前世では、男子はみんなオナニーくらいしてるし、それを女子も察してたからな。貞操逆転異世界では女性がしているのは当たり前のことである。



「シルヴィアもそうだ。俺に執着してくれるのは、婚約者として当然だろ!  男を守るためには、それくらい愛が重くなきゃやってられないってことだからな! たしかに言い方もきついけど、俺のことを心配してくれているのはわかってるし、信頼を感じているから大丈夫だよ。俺の住んでいた世界ではツンデレっていう可愛い女の子と事をさすんだぜ。俺も好きだ!!」

「わ、私の……重い気持ちが嬉しい……? それに色々とひどいことを言ったのに許してくれるだけじゃなくて好きって言ってくれるの……?」



 シルヴィアもまた、信じられないというように俺を見上げ、その瞳を潤ませる。確かに色々と噂を流したり、嫉妬したりするのは重いかもしれないが、この世界は貞操逆転異世界である。

 男が少ないのだから仕方のないことだろう。彼女とは婚約者を演じると約束をしていたのだからな。

 それに素直になれないのも、俺のことを考えてくれているのはわかるのでシンプルに嬉しいのだ。



 そう。彼女たちの行動は、この世界の常識に照らし合わせれば、何一つおかしいことなどないのだ。むしろ、俺という貴重な存在に対するおこる当然の行動に過ぎないのだ。



「だから、二人とも何も恥じることはないんだ。俺は、お前たちのそういうちょっとしたちょっと変わったところも知れて嬉しいと思ったよ」



 俺がニカッと笑い飛ばした瞬間、アスタロトの潜む空間に、初めて沈黙が訪れた。



「な……なぜだ……? なぜ、動揺しない……? 絶望しない……? 己が信じていた女たちの醜い本性を知って、なぜ、肯定する!?  こいつのいう『貞操逆転異世界』とは……なんなのだ……!?」



 アスタロトの狼狽した声。彼の計画は、神によって貞操逆転異世界に変えられたことによって、根底から崩れ去ったのだ。魔族であるこいつの常識が変わっていたいのは神の加護をえていないからだろう。

 そして……



「ほころびが見えたわ!!」

「サポートします!!」




 動揺してできた一瞬の隙を、百戦錬磨の彼女たちが逃すはずがなかった。



「……カズキ様。あなたは、このわたくしの醜い欲望ごと、愛してくださるのですね……!」

「そうよ……あんたは、いつだってそうだった。私の面倒なところも、全部受け止めてくれた……!」


 セレスティアの体から、黄金色の神聖な光が溢れ出す。シルヴィアの周囲で、翠色の古代魔術のルーンが眩い輝きを放つ。



「私たちの秘密を暴いた罪……神が許しても私が許しません!!」

「死んだ方がマシってくらい痛めつけてあげるわ」



 二人が叫ぶと共に、セレスティアの放つ聖なる光の奔流と、シルヴィアが紡ぐ破邪の魔法が一つとなり、空間そのものを揺るがすほどの巨大なエネルギーとなって爆発した。

 ミシミシと、白い空間に亀裂が走る。



「馬鹿な……! 私の『真実の部屋』が、こんなにあっさりと破壊されるなど……!」



 アスタロトの悲鳴を最後に、世界はガラスのように砕け散り、俺たちの意識は元の屋敷の大広間へと引き戻された。

 目の前には、結界の崩壊に驚愕し、呆然と立ち尽くすアスタロトの姿があった。



「さあ、散々振り回したお礼をさせてもらうぜ。盗聴魔族さんよ!!」



 反撃の狼煙は、今、上がった。





★★★



まあ、そうなりますよね……


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