第3話 無表情メイドにあーんされるのも、この世界の常識だよな?
「シノン……王城のメイドである君がなぜここに? というかここはどこなんだ?」
青い髪のモデル体型の彼女は俺が転移した直後に世話役としてあてがわれたメイドである。この世界でも珍しい髪色と、炎のように赤く美しい瞳、芸術品のように整った顔はかわいらしいセレスティアとは違う魅力を持つ美少女である。無表情だが……
彼女にこの世の常識を色々と教わったものだ。買い物をしたり、一緒に盗賊と戦ったりもした。とはいえ、その関係はただのメイドと主と言った感じで甘酸っぱいものはなかったが……
「ここはあなたの領地ですよ。魔王をたおしたことによりあなたは辺境の地の一部を褒賞としていただいたのです」
「俺の領地だって?」
冷たい表情で答えるシノン。昔と変わらぬ態度に俺は恐る恐る聞く。
「なあ、シノン……俺は魔王を倒したんだよな? それで世界は平和になったんだよな?」
「はい、その通りですよ。あなたが魔王アモンを倒したおかげでこの世に平和が戻ったのです」
というかさ……俺ってモテモテな世界に転生したんじゃないのか? 元の世界に戻ってきただけな気がするんだけど……じゃあ、神様との会話は? まさか夢落ちかよぉぉぉ……
相変わらず俺はモテないままなのか……
「……ただ、魔王との戦いの時に負った怪我がひどかったのでセレスティア様がずっと治療をしてくださっていたんです」
一瞬言いよどんだ彼女の視線が曇ったのは気のせいだろうか? 魔王とのちょっと湿っぽい雰囲気になりそうだったのであえて明るい声を出す。
「あー、やっぱりちょっとひどいケガだったんだな。でも、約束通り生きて帰ってきたろ」
「あれが……ちょっとなはずないでしょ!! 私がどれだけ心配したと思っているんだ!!」
「え?」
シノンがこんな風に声を荒げたのを……ため口を使われたのも初めてな気がする。そして、彼女自身も驚いているのか、大きく目を見開いて、その口を自分で抑える。
「病み上がりだというのに失礼いたしました」
「いや、別にかまわないが……」
再度見つめるも彼女はいつもの無表情に戻っており、頭を下げてくる。いつも無表情で冷静だった記憶の彼女との違いに違和感を覚えていると運んできたカートをこちらの前に置く。
「カズキ様、朝食の準備ができております。どうぞ、こちらを」
カートの上にある銀色の蓋をあけると美味しそうな香りに誘われる。そして、体がそれを空腹を訴えてくる。
「おお、ちょうどお腹がすいていたんだ。ありがとう、シノン」
思わず呟き、スープに手を伸ばそうとした、その時だった。
「お待ちください、カズキ様」
「え?」
シノンが、俺が口にするはずだったスープを銀の匙ですくい、無表情のまま「ふーふー」と冷ますとこちらに差し出す。
「あなたは病み上がりなのですから無理はしてはいけません。火傷したらどうするのですか? どうぞ、お召し上がりください」
「い、いいのか?」
「もちろんです。だって、私はあなたの専属メイドで、あなたは貴重な……なのですから」
異世界の美少女メイドがご飯も食べさせてくれるだって? 先ほど言ったが俺とシノンは主人とメイド程度の関係だ。
こんな風に甘やしてくれるような関係ではない。一緒にいた時も食事の用意はしてくれたが、こんな風に甘やかしてはくれなかった。
「お味の方はどうですか?」
「ああ、美味しいよ、旅をして色々なところにいったけど、シノンの料理が一番だな」
「……なら、私が一生あなたの料理を作ってさしあげましょうか?」
「え、それって……」
まるでプロポーズのような言葉に思わず固まっていると、彼女が珍しくにこりと笑う。
「……メイドジョークです。そんなことよりもお口が汚れてしまっていますよ」
「ああ……」
彼女がハンカチで俺の口を拭いてくれる。その距離はとても近くふわりとシノンの甘い香りが俺を襲い思わずドキドキしてしまうのだった。
そして、シノンに食事を食べさせてもらい満足そうにうなづいた彼女が静かに部屋を出ていくと、俺は一人、ベッドの上に残された。
部屋には、まだセレスティアとシノン甘い香りが混じり合って漂っている。
「……なんだ? 今日の出来事は?」
まずは聖女セレスティア。
清楚で男性が苦手なはずの彼女が、俺の裸を見てうっとりし、あまつさえ「抱かれたい」と漏らし、治療と称して体を撫でまわしてきた。あの恍惚とした表情は、今思い出しても妖艶だった。
そして、今しがた部屋を出ていったメイドのシノン。
いつも無表情で、仕事は完璧にこなすものの、どこか壁を感じさせていた彼女が、どうだ。
怪我を心配して瞳を険しくさせたり、「一生料理を作る」なんてプロポーズまがいのことを言ったり、甘やかすかのように食事を食べさせてくれたり……。まるで別人だ。
俺が知っている彼女たちとは、明らかに様子が違う。
それは。まるで、俺という存在が、とてつもなく……“貴重”で、“守るべき”対象として扱われているようで……
そこまで考えて、俺の頭の中でバラバラだったピースが一つの絵を形作った。
そうだ。そういうことか。
「マジか、マジか、ロキ様!! そういうことだったんだな!!」
俺はガバッとベッドから起き上がると、窓の外に目をやった。
庭を手入れしているのはメイド服の女性たち。門の警備に立っているのも、屈強な女性騎士だ。執事や男性使用人のような姿は、どこにも見当たらない。
セレスティアの、男の体に飢えたような反応。
シノンの、過剰なまでの世話と保護欲を匂わせる言葉。
そして、この屋敷に男が俺しかいないという事実。
これら全てが、一つの結論を指し示している!
「よっしゃぁぁぁぁ! この世界はWEBで読んだ『男女比の変わった貞操逆転異世界』に間違いない! 最高じゃん!! ロキ様ありがとーーー!!」
俺は、ふかふかのベッドに背中からダイブし、両腕を天井に向かって突き上げた。
そうだ、俺は勘違いしていた!
あの胡散臭い神様……ロキは、ちゃんと俺の願いを叶えてくれていたんだ!
「別の世界に転生」させるんじゃなくて、「俺が救ったこの世界」を、まるごと俺好みの『貞操逆転世界』に作り変えてくれたに違いない!
だから聖女様もあんなに積極的だったんだ! 女性からアプローチするのが当たり前の世界なんだから!
シノンが甲斐甲斐しいのも、男はか弱くて守られるべき貴重な存在だからだ!
なんて素晴らしい世界なんだ!
もう魔王と命がけで戦う必要もない。これからは、美少女たちに囲まれ、甘やかされ、愛されまくる夢のハーレムライフが待っているんだ!
「最高だ……最高すぎるぜ、この世界! 二度目の異世界生活、心ゆくまで楽しませてもらうぜ! そして、目指すは美少女ハーレムだ!!」
★★★
その頃、カズキが歓喜に打ち震えている部屋から遠く離れた、大聖堂の一室。
聖女セレスティアは、ステンドグラスから差し込む七色の光の中で、静かに祈りを捧げていた。
「ああ、全能なる神ロキよ……心より感謝を捧げます。勇者カズキ様が目を覚ましおてくださいました」
セレスティアはゆっくりと立ち上がり、窓の外に広がる街を見下ろす。その碧い瞳には、安堵と、そして昏い喜びが宿っていた。
魔王と刺し違えた彼の体はボロボロだった。下半身と上半身がかろうじでつながっており、全身血だらけで傷のないところを探す方が大変だった。世界最高の聖女と言われたセレスティアですら治療しきれるか五分五分なくらいに……
「私が最後までついていけばこんなにもひどい傷を負うことはなかったのでは……もっとあの方に好意を見せていればあのような捨て身の戦い方はしなかったのでは……」
ずっと後悔していた。あの人に命を救われて、恋をしてしまい恥ずかしがってちゃんと顔も見ることができなくなってしまった。そして、パーティーメンバーだというに魔王との最終決戦にはついていくことはできなかった。
だから、傷だらけで魔王と刺し違えていた彼を見て、心臓が止まるかと思い……次は自分がなにがなんでも守ると決めたのだ。
「今度こそ私は気持ち伝えます……そして、私は……この屋敷であの方だけの聖女となるのです」
「それはあなただけではありませんよ。私も同じ想いを抱いてきます。魔族の混血である私があの人に必要以上に近づけば迷惑がかかると思って気をつかっていましたが……あんなつらい思いをするのならば私がずっとそばにいてあの方にお仕えするのです。もちろん、恋人までは望みません。ただ、専属メイドとしてあの方に尽くそうと思います」
現れたのはシノンである。彼女の表情はいつもの無表情なものではなく、王都に運ばれてきたときのぼろぼろだったカズキを思い出しているのか悲痛に歪んでいる。
王都の教会で治療している時もろくに寝ないでカズキの容体を見守っていたくらいなのだ。
その瞳にセレスティアにも劣るとも勝るとも言えない深い想いが宿っていた。そう……彼女もまたカズキという英雄に心を焼かれた乙女である。
「ええ、ですから、『神からの神託』の通り私たちがあの方の理想とする世界をつくり守るのです。あらゆるものから……」
「もちろんです。そのために王都のメイドをやめてここまで来たのですから。これからは私があの人の面倒を見るのです……どんなことも、ね」
ある日ほぼ、寝ないで治療を続けていたセレスティアに神の声が聞こえてきたのだ。
『カズキくんを助けたいんやろ? ほな、彼への恋心をセーブするんやない。全力で愛情表現したるんや。あんさんらが『重い』と思うくらいで、ちょうどええ。あとはあれやな、彼の周囲には彼を憎からず思っている女の子ばかりを置いておくんや。そうせんと、あの子はまた、ふらっとどこかへ行ってしまうかもしれへんで?』
それは間違えることない神の声であり、それを聞いてからのセレスティアの動きは早かった。
「そして、私たちは国と交渉して、この領地をいただきました。ええ、カズキ様。神様の神託通り、『彼に敬意なり好意なりを抱いている女性を中心に集め、彼を守るための領地』を作りました。ここはあなたのための、新しい領地なのです」
幸いにも彼に救われた人たちは多く、魔王殺しの名声もあってか、好意やあこがれをもつものも多かった。そんな人々の力を借りてこの街を作ったのだ。
結果この領地の人口は女性が多く、彼に多かれ少なかれあこがれだったり好意を持つものばかりが集まった。
「カズキ様……あなたのことは私が……いえ、私たちがお守りしますからね」
「ええ、私たちの手で守りましょう。この方を…」
シノンもセレスティアの同士である。二人ともそれぞれの事情がありカズキに好意を示すことができなかった。だが、今は違う。神様のお墨付きがあるのだから……
仮にそれが彼の自由を阻害することでもあっても……愛という監獄で彼を守ると誓ったのである。
「誰にも邪魔されない、私たちだけの……永遠の鳥籠。これからずっと、ずぅっと、おそばにいますからね……」
「専属メイドとして、あなたが望むのならばどんなお世話でも致しましょう……もちろん、夜のお相手だって……」
セレスティアとシノンは、カズキがいるであろう部屋の方向を愛おしげに見つめ、恍惚とした笑みを浮かべた。
その瞳はひどく濁っておりハイライトも消えているがつっこむものはいない。
勘違いしたままの元勇者が夢見る楽園は、愛に狂ったヒロインたちが作り上げ た、甘美な監獄の上で成り立っていた。この屋敷にいるのは皆が皆、彼に救われた人間ばかりだ。そして、皆が皆彼に心惹かれている。
カズキがその真実に気づく日は、まだ遠い。
そう……この世界は貞操逆転世界などではない。とある英雄とその勇姿に心焼かれた人たちがいるだけのごく普通のファンタジー世界である。
★★★
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