第3話:才能の片鱗と歪んだ共同作業
◇シーン1:ヒットの予感と葛藤◇
***
雄大の部屋。
スピンオフドラマ『夢見るキス』の脚本執筆は順調に進んでいた。
中村翔脚本のメインドラマの配信向けスピンオフではあったが、雄大が『無題ノート』から拾い上げた「嘘」と「キス」のテーマは、ドロきゅんとイケメンが各話交代で登場することもあって、視聴者層に刺さったらしい。
すでに発表された企画段階での評判は上々で、雄大の元にも「面白い企画ですね」、「期待しています」といったSNSのDMやメッセージが届き始めていた。
雄大は連日ノートと向き合い、執筆に没頭していた。
内容の骨格が決まってからは、記憶がないにも関わらず、まるで過去の自分が乗り移ったかのように、ストーリーが次々と脳裏に浮かび、指先が勝手に動く。
何かに書かされているようではあるけれども、書いていてとにかく楽しかった。
それが記憶のない彼が感じる正直な印象だった。
『これは…俺が書いているのか?本当に…?』
自らが書いている感覚と、しかしそれが「無題ノート」にすでに存在していたという奇妙な事実との間に、雄大は葛藤を覚えてはいた。
脚本を書くことの喜びと、得体の知れない不安が交錯する。
ピンポーン、とインターホンが鳴る。
「岡山さん、いらっしゃいますか?」
美琴の声だった。
雄大は慌てて机の上のノートを閉じ、鍵のかかる引き出しにしまう。
なぜか、このノートの存在を、美琴に知られたくないという衝動に駆られていた。
◇シーン2:美琴のサポートと翔の提案◇
***
ドアを開けると、美琴が心配そうな顔で立っていた。
手には差し入れだろうか、袋を提げている。
「顔色、だいぶ良くなりましたね。ちゃんと食べてますか?」
美琴は柔らかな笑顔で、雄大の体調を気遣う。
「そういえば、脚本、順調ですか?」
「なんとか、ね」
雄大は曖昧に答える。
「ただ、記憶がないから、書くのに戸惑うことも多くて…」
美琴は雄大の言葉に頷き、彼の部屋を見渡す。
「岡山さん、昔から資料を集めるのが得意でしたよね。そういうのが、きっと役に立つと思うんですけど…」
美琴はそのまま部屋の片隅に積み上げられた段ボール箱に目を留める。
「これ、もしかして…昔の資料とか、脚本とかですか?」
「さあ…記憶がないので…」
雄大が困惑していると、美琴は箱の中から一冊の古い文庫本を取り出した。
「あ、これ!中村先生が大学時代に書いて、賞を取った小説ですよ!ドラマ化もされたんです。私もすごく好きで、何度も読み返したんです」
美琴は、まるで宝物でも扱うかのように、その本を雄大に見せた。
中村翔の小説。
なぜ、それが自分の部屋にあるのか。
雄大は戸惑いつつも、興味を惹かれてその本を受け取った。
その矢先、生瀬から雄大に電話が入る。
「岡山!『夢見るキス』、視聴者からの期待値が半端ないぞ!お前、天才か!?いや、俺のキャスティングのおかげか?」
生瀬の声は、興奮で上ずっていた。
「中村先生も、お前の才能を改めて評価してな。次のゴールデンタイムのドラマ、お前との連名で手掛けるって言ってるんだよ!」
連名…。
雄大は耳を疑った。
まだ記憶すら曖昧な自分に任せるなんて、さすがに記憶があった頃の自分ですら信じられないだろうなと。
「中村先生、ちょうど今、連ドラと映画の脚本でパンク寸前なんだ。お前の力を借りたいって、頭下げてきたんだぞ?これに乗らない手はないだろ!」
生瀬の言葉は、雄大の心をざわつかせた。
中村との共同作業。
それが何を意味するのか、今の雄大には正直良く分からなかった。
◇シーン3:歪んだ共同作業◇
***
そして休む間もなく、中村翔との連名脚本が始まった。
とはいえ、今回は「無題ノート」とは全く内容も異なる、中村が企画したオリジナルの刑事ドラマだった。
当たり前ではあるのだが、雄大は途端に筆が重くなった。
前回のスピンオフは運良くノートのアイデアを膨らませるだけで済んでいたが、ゼロから物語を構築する作業は、記憶のない彼にはあまりにも困難だった。
「どうして書けないんだ…!?」
雄大はペンを叩きつけ、苛立ちを募らせる。
まるで、ノートがないと、自分は何も書けない、と言われているかのようで歯痒い。
そんな雄大の苦悩を見かねたかのように、再び美琴が訪ねてきてくれた。
美琴は、雄大が資料を漁っているのを見て、そっと声をかけた。
「中村先生の過去の作品とか、資料、役に立つかもしれませんよ。私、先生のアシスタントも少ししていたから、色々データを持っているんです。もしよろしければ、お渡ししましょうか?」
美琴は、かつて中村翔の教え子であり、その才能に魅せられ、彼のアシスタントも務めていたのだ。
彼女が持っているという中村の過去の作品データ。
それは、雄大にとって、まさに救いの手だった。
雄大は美琴の申し出を受け入れ、中村の過去の脚本やプロットのデータを受け取った。
それらの資料は、雄大が物語の細部を埋める上で、強力な助けとなった。
雄大の思いついた構想に、中村の緻密な描写力が見事に混ざり合い、新たな脚本が形作られていく。
雄大にとっては『新たな』一歩であり、中村にとっても望むべくして生まれた『歪んだ』共作スタイルが構築されていった。
◇シーン4:明奈の妨害と美琴の疑念◇
***
雄大と中村の『共同執筆』が進み始めた頃、今度は明奈が頻繁に雄大の元を訪れるようになった。
彼女は雄大の健康状態を気遣っているのか、頻繁に執筆の進捗を探る。
「ずいぶん集中されていますね。無理はしていませんか?」
明奈の視線が、雄大の机の上の資料に向けられる。
「その資料は…中村先生のものですか?なんだか、昔のあなたとそっくりだわ」
明奈は、雄大が中村の資料に頼っていることに気づいているようだった。
そして、雄大が「無題ノート」から離れて、自分の力で書こうとしていること、あるいは中村の資料に頼りすぎていることに、どこか不満げな表情を見せる。
ある日、美琴が雄大の部屋を訪れると、明奈が先に部屋にいて、雄大が書いた脚本の草稿を覗き込んでいた。
「あら、白石さん。いらっしゃい」
明奈は笑顔で美琴に挨拶するが、その目は笑っていない。
美琴は、明奈の様子に何か違和感を覚える。
なぜ、彼女はこんなにも頻繁に雄大の元を訪れるのか。
そして、なぜ雄大の書く内容に、そこまで関心を持っているのか。
「明奈さん、またいらしてたんですね…。岡山さんのカウンセリングはたしか明後日のはずでは?」
明奈が雄大の記憶が戻ることを、あるいは彼が「無題ノート」以外のネタに困らないように、どこかコントロールしているかのように美琴は感じていた。
そして同時に、雄大の記憶喪失の裏に何か隠された真実があるのではないかと疑い始めていた。
(第3話 終)
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