十五献め:招かれざる姫君と、嵐の前の御馳走

黒瀧城くろたきじょうに、本格的な冬が訪れようとしていた。

冷たい木枯らしが吹き荒れる日は、温かいものが恋しくなる。今日の厨房ちゅうぼうでは、大きな土鍋でことことと『おでん』が煮込まれていた。


昆布と鰹節かつおぶしで丁寧にとった出汁だしの中に、下茹でした大根、こんにゃく、そして鶏肉でこさえた手作りのつくねが、気持ちよさそうにぷかぷかと浮かんでいる。醤油の香ばしい匂いが湯気と共に立ち上り、それだけで体が芯から温まるようだ。


「うーん、いい塩梅あんばい! 大根にもしっかり味が染みてますね」


あたしが味見をしながら満足げに頷いていると、げん爺さんが嬉しそうに目を細めた。


「小春様が来てからというもの、この城の冬は心なしか温かい気がしやす」

「まあ、大げさですよぅ」


そんな和やかな空気を切り裂くように、筆頭家老ひっとうがろう十郎じゅうろう様が、まるで嵐のように厨房へ駆け込んできた。その顔は真っ青だ。


「こ、小春様! 大変でございます!」

「十郎様、どうしたんです? そんなに慌てて。おでんのちくわ、ちゃんと十郎様の分も残してありますよ?」

「ちくわではありませぬ! 客人です! 西の相良さがら家より、楓花ふうか姫様がご到着なされた!」


相良家といえば、黒瀧家と肩を並べるほどの大大名だ。そんなところのお姫様が、なぜこの城に?

あたしと源爺さんが顔を見合わせていると、十郎様は悲痛な面持ちで、とどめの一言を放った。


「――表向きは『親善訪問』。ですが、真の目的は、殿との政略結婚せいりゃくけっこんの儀にございます!」



広間に通されたあたしは、自分の目を疑った。

上座に座る政宗まさむね様の隣。そこに、まるで一輪の白椿しろつばきのように、見目麗しい女性が微笑みながら座っていた。


長く艶やかな黒髪。透き通るように白い肌。衣擦きぬずれの音さえも音楽のように聞こえる、優雅な所作。あれが、相良家の楓花姫。あたしのような山の猿とは、作りからして違う、本物のお姫様だ。


あたしは契約花嫁。あちらは、本物の姫君。

その圧倒的な身分の差に、あたしの心臓がきゅっと小さくなるのを感じた。


「ほう。あなたが、噂の『料理番』ですか」


楓花姫は、あたしの存在に気づくと、扇で口元を隠しながら、値踏みするように視線を投げかけてきた。その瞳は笑っているようで、全く笑っていない。


「……早乙女さおとも小春と申します。政宗様の、……妻です」


最後の言葉を、あたしは意地で言い切った。契約だろうと何だろうと、今のあたしは鬼大名の妻なのだから。

すると、楓花姫はくすりと笑った。


「面白いことをおっしゃる。わたくしは、政宗様の『正室候補』として参ったのですよ」


火花が、散った。

隣で、政宗様の眉間のしわが、ぐっと深くなるのが分かった。



その夜の夕餉は、あたしが心を込めて作ったおでんだった。

けれど、食卓に漂う空気は、凍りつくように冷たい。


「まあ……なんと素朴な。これが、黒瀧のおもてなしなのですか」


楓花姫は、お椀に盛られた大根を箸先でつつきながら、あたしに聞こえるように言った。その言葉には、隠しきれない侮蔑ぶべつの色が滲んでいる。


ぐっ……!

あたしが悔しさに拳を握りしめた、その時だった。


「――ああ」


それまで黙って食事をしていた政宗様が、低い、しかしはっきりとした声で言った。


「これが、今の俺にとって、最高の馳走ちそうだ」


楓花姫の動きが、ぴたりと止まる。


政宗様は、彼女のことなど意にも介さず、熱々のおでんを、それはもう本当に美味しそうに頬張った。そして、あたしの方をちらりと見ると、こう続けた。


「小春。この大根、よく味が染みている。……おかわりをくれ」


その言葉には、他の誰にも向けられない、確かな信頼と温かさがあった。

あたしは、胸の奥から熱いものがこみ上げてくるのを感じた。



嵐のような夕餉が終わり、あたしは一人、夜風に当たろうと縁側に出ていた。

冷たい空気が、火照った頬に心地よい。けれど、心の中のもやもやは、晴れないままだった。


あたしは契約花嫁。いつかはいなくなる身。

楓花姫様の方が、殿の隣にいるのに、ずっとふさわしい……。


そんなことを考えていると、背後に、すっと人の気配がした。


「――風邪を引くぞ」


政宗様だった。

彼はあたしの隣に無言で腰を下ろすと、ただ黙って、二人で冷たい冬の夜空を見上げた。


「……あの、殿」


あたしは、どうしても聞きたかったことを、おそるおそる口にした。


「あたし……ここに、いてもいいのでしょうか」


彼は、すぐには答えなかった。

しばらくの沈黙の後、あたしの方を見もせずに、ぽつりと呟いた。


「……馬鹿なことを聞くな」

「でも、あの方はお姫様で、あたしは……」


あたしの震える声を遮るように、彼は、少しだけ強い口調で、けれど、どこまでも不器用に言った。


「……だから、なんだ」

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