十五献め:招かれざる姫君と、嵐の前の御馳走
冷たい木枯らしが吹き荒れる日は、温かいものが恋しくなる。今日の
昆布と
「うーん、いい
あたしが味見をしながら満足げに頷いていると、
「小春様が来てからというもの、この城の冬は心なしか温かい気がしやす」
「まあ、大げさですよぅ」
そんな和やかな空気を切り裂くように、
「こ、小春様! 大変でございます!」
「十郎様、どうしたんです? そんなに慌てて。おでんのちくわ、ちゃんと十郎様の分も残してありますよ?」
「ちくわではありませぬ! 客人です! 西の
相良家といえば、黒瀧家と肩を並べるほどの大大名だ。そんなところのお姫様が、なぜこの城に?
あたしと源爺さんが顔を見合わせていると、十郎様は悲痛な面持ちで、とどめの一言を放った。
「――表向きは『親善訪問』。ですが、真の目的は、殿との
◇
広間に通されたあたしは、自分の目を疑った。
上座に座る
長く艶やかな黒髪。透き通るように白い肌。
あたしは契約花嫁。あちらは、本物の姫君。
その圧倒的な身分の差に、あたしの心臓がきゅっと小さくなるのを感じた。
「ほう。あなたが、噂の『料理番』ですか」
楓花姫は、あたしの存在に気づくと、扇で口元を隠しながら、値踏みするように視線を投げかけてきた。その瞳は笑っているようで、全く笑っていない。
「……
最後の言葉を、あたしは意地で言い切った。契約だろうと何だろうと、今のあたしは鬼大名の妻なのだから。
すると、楓花姫はくすりと笑った。
「面白いことをおっしゃる。わたくしは、政宗様の『正室候補』として参ったのですよ」
火花が、散った。
隣で、政宗様の眉間の
◇
その夜の夕餉は、あたしが心を込めて作ったおでんだった。
けれど、食卓に漂う空気は、凍りつくように冷たい。
「まあ……なんと素朴な。これが、黒瀧のおもてなしなのですか」
楓花姫は、お椀に盛られた大根を箸先でつつきながら、あたしに聞こえるように言った。その言葉には、隠しきれない
ぐっ……!
あたしが悔しさに拳を握りしめた、その時だった。
「――ああ」
それまで黙って食事をしていた政宗様が、低い、しかしはっきりとした声で言った。
「これが、今の俺にとって、最高の
楓花姫の動きが、ぴたりと止まる。
政宗様は、彼女のことなど意にも介さず、熱々のおでんを、それはもう本当に美味しそうに頬張った。そして、あたしの方をちらりと見ると、こう続けた。
「小春。この大根、よく味が染みている。……おかわりをくれ」
その言葉には、他の誰にも向けられない、確かな信頼と温かさがあった。
あたしは、胸の奥から熱いものがこみ上げてくるのを感じた。
◇
嵐のような夕餉が終わり、あたしは一人、夜風に当たろうと縁側に出ていた。
冷たい空気が、火照った頬に心地よい。けれど、心の中のもやもやは、晴れないままだった。
あたしは契約花嫁。いつかはいなくなる身。
楓花姫様の方が、殿の隣にいるのに、ずっとふさわしい……。
そんなことを考えていると、背後に、すっと人の気配がした。
「――風邪を引くぞ」
政宗様だった。
彼はあたしの隣に無言で腰を下ろすと、ただ黙って、二人で冷たい冬の夜空を見上げた。
「……あの、殿」
あたしは、どうしても聞きたかったことを、おそるおそる口にした。
「あたし……ここに、いてもいいのでしょうか」
彼は、すぐには答えなかった。
しばらくの沈黙の後、あたしの方を見もせずに、ぽつりと呟いた。
「……馬鹿なことを聞くな」
「でも、あの方はお姫様で、あたしは……」
あたしの震える声を遮るように、彼は、少しだけ強い口調で、けれど、どこまでも不器用に言った。
「……だから、なんだ」
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