十四献め:殿の決意と、故郷の味
よもぎ団子の一件から一夜明け、あたしたちは山の村を発つことになった。
村人たちは、あたしたちが来た時とはまるで違う、温かい笑顔で見送ってくれる。特に子供たちは、あたしの馬の周りに集まって、「姫様、また来てくれる?」「今度は甘いお芋が食べたい!」と口々にはやし立てた。
「ふふ、もちろん! 今度はとびっきり美味しいお芋料理を作ってあげるからね!」
あたしが手を振ると、子供たちの歓声が上がる。
その様子を、少し離れた場所から見ていた
村長の「殿、またいつでもお越しくださいまし」という言葉に、政宗様は馬上から静かに、しかし力強く頷いてみせた。
鬼大名と村人たちを隔てていた厚い氷が、少しだけ、確実に溶け出した瞬間だった。
◇
城への帰り道。馬に揺られながら、あたしはすっかり懐かしくなった故郷の山の匂いを胸いっぱいに吸い込んでいた。
「小春」
不意に、隣を並んで歩ませていた政宗様が、ぽつりと声をかけてきた。
「お前の故郷でも、そうやって団子などを作っていたのか?」
「はい! というより、団子くらいしか作るものがなかったんです。うちは貧乏でしたから」
あたしは悪びれもせずに、あっけらかんと答えた。
「春はよもぎを摘んでお団子にして、夏は川で獲れた小魚を串焼きに、秋はきのこご飯。山の恵みだけが、あたしのご馳走でした」
思い出すのは、姉妹たちと競って山菜を採ったこと。一つのきのこを巡って大げんかしたこと。どれも、今となっては笑い話だ。
「そうか。……お前の姉たちも、それを喜んで食べたのか」
「いえ、姉上たちはあんまり……」
そこで、あたしはうっかり口を滑らせてしまった。
「上の姉上は、『見た目が綺麗じゃないものは食べたくない』と言って、あたしが採ってきたきのこは、いつも捨ててしまっていました。
しまった、と思った時にはもう遅い。
政宗様は何も言わず、ただ黙って前を見据えている。その横顔が、すっと温度を失い、鬼大名と呼ばれていた頃の冷たい表情に戻っていくのが分かった。
(あ、まずい……。殿を不機嫌にさせちゃったかも……)
あたしは慌てて付け加える。
「で、でも! そのおかげで、あたしは人よりたくさん食べられたんです! 結果的には良かったんですよ!」
「…………」
「きのこは、焼いても煮ても揚げても美味しいんです。特に『山笑い』というきのこは絶品で……」
あたしが必死にきのこの素晴らしさを語れば語るほど、なぜか周囲の空気はどんどん冷えていく。後ろを歩いていた
あたし、また何かやっちゃったかな……。
◇
城に帰った数日後。政宗様の執務室は、張り詰めた空気に満ちていた。
彼は、一枚の書状を書き終えると、側に控えていた十郎を鋭く見据える。
「十郎」
「はっ」
「これを早馬で、
差し出された書状を、十郎は驚いた表情で受け取った。
「これは……殿。早乙女家への援助は、米のみとし、金銭での支援は一切打ち切る、と……? これでは、約束が違うと先方が騒ぎ立てるのでは…」
「契約は違えぬ。家の負債は我が方が負うと伝えたはずだ。それで充分であろう」
政宗は、冷たい声で言い放った。彼の脳裏に浮かぶのは、小春が無邪気に語った、故郷の思い出。宝物のように語られる思い出の裏に隠された、理不尽な仕打ち。
あれほどの宝を、ただ飯を食うだけの「役立たず」と
「あれほどの『宝』を正しく見定めることもできぬ者たちに、富は毒にしかなるまい。身の程を
それは、政宗なりの、不器用極まりないやり方で、小春を過去の痛みから守ろうとする決意の表れだった。
十郎は、主君の瞳に宿る、静かで、しかし決して揺るがぬ意志を悟ると、何も言わずに深々と頭を下げた。
「……御意」
◇
その夜、何も知らないあたしは、鼻歌混じりで厨房に立っていた。
「さあて、今日の夕餉は、とっておきですよ!」
あたしが作っていたのは、故郷の郷土料理である『きりたんぽ鍋』だ。炊きたてのご飯をすり潰し、杉の棒に巻き付けて焼いたきりたんぽ。それに、鶏肉と、山の村で分けてもらった舞茸(まいたけ)やごぼう、そしてネギをたっぷり入れて、鶏がらスープの出汁でぐつぐつと煮込む。
部屋中に広がる、懐かしくて、食欲をそそる匂い。
あたしは大きな土鍋を抱えて、意気揚々と政宗様の食卓へと運んだ。
「殿! 今夜はきりたんぽ鍋です! あたしの故郷の、自慢の味なんですよ!」
満面の笑みであたしが鍋の蓋を開けると、政宗様は一瞬だけ、驚いたように目を見開いた。そして、立ち上る湯気の向こうであたしをじっと見つめると、やがて、ふっと息をつくように、わずかに口元を緩めた。
「……そうか」
その声は、いつもよりずっと、ずっと優しく聞こえた。
「ならば、今夜は……存分に、食わせてもらおう」
「はい! たんと召し上がれ!」
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