キツネ~攫った娘は訳アリ揃い
濵 嘉秋
第1話 殺し屋とキツネ
「お見事!流石は
いつも通り、依頼された標的の首を愛用のナイフで掻っ切り、事切れるのを見届けた直後だった。
不意に現れた気配に振り返ると、そこにいたのは胡散臭い笑顔を張り付けた男だった。
「ちょ、待って待って!俺、敵じゃないからッ!」
「敵じゃない奴はこのタイミングで声をかけてこない。黙って殺されろ」
「だって今を逃したら今度がいつになるか分からないだろ⁈要件はそう、スカウトだよ!」
「スカウト?」
「そう!だからとりあえず、その商売道具を下げてくれないか?」
「スカウト…依頼ってことか?」
とりあえずナイフを降ろした影良太に、男は安堵の息をついて言葉を紡ぐ。
「依頼…そう捉えてくれて構わない。報酬も出すしね」
「仕事を終えた直後に頼んできたのはお前が初めてだ。大方、自分も腕に自信があるらしいな」
そうでないと殺し屋の前に姿を見せるなんて真似はしない。事実、その佇まいは素人のソレじゃないし、懐に潜ませている得物は恐らく拳銃。この日本という国において違法でしかない。
「名前は。名乗らない相手と仕事するほど呑気じゃないんでね俺は」
「あぁ、一番大事な儀礼だな。じゃあ遅ばせながら…俺はキツネ。最近じゃちょっとは名の知れた攫い屋だ」
キツネ。
影良太はその名に聞き覚えがあった。ここ数年で頻繁に名を聞く闇社会の新生…らしい。
多額の報酬と引き換えに依頼された得物を攫ってしまう『攫い屋』。その得物とは人に限らず、金銭や芸術品も含まれる。
早い話が依頼性の泥棒だ。そんなわけで影良太の意識外だったのだが…まさか依頼人という形で相対するとは。
「が、今回の俺はただの仲介人。本当の依頼人は別にいるんだな」
「本当の依頼人…お前もソイツに依頼されたってわけか。情けねぇなぁ?一人じゃどうにもできないから俺を巻き込もうって魂胆か」
「そういうこと」
「あっさり認めてんじゃねぇよ…調子が狂う」
「詳しい話は本当の依頼人から聞くといいさ。その気があるなら明後日…あ違う明日の午後7時にこの場所でな」
気づけば時刻は0時を回っていた。キツネは腕時計を確認すると慌てたように踵を返す。
「じゃあそういうわけで!俺はこの後、もう一人を誘いに行くからさぁ!」
「あ、おい!」
短距離走者もビックリな速度で駆けていくキツネの背中を見送った影良太は、渡されたメモに記された住所を検索する。
そして、ネット記事が示すその情報に目を丸くした。
「
同時刻…同じ町で一人の女がベッドから起き上がった。
一人分軽くなったベッドにはいびきを立てて眠りこける中年の男。彼は芸能界の大御所俳優で、愛妻家として人気を博しているのだが…生憎この女は彼が表向きに愛情を注いでいる妻ではない。
「まったく…自分勝手なセックスだったわね。いい年して創作並の認識しか持ってないのかしら」
つい十数分前の行為に対する不満を並べながら、女は部屋のノートパソコンを起動させる。
目当ては彼が契約している企業の幹部とのメール記録。女のアテンドの証拠だ。取り付けられた女との虫唾の走るようなやり取りはすでにスマホから抜き取り済み。このメールは単なる箔付けだ。
「悪く思わないでね?身から出た錆ってやつなんだから」
誠実なイメージのある俳優の途轍もない失点を抑えたデバイスに口づけをして、女はホテルの部屋を去っていった。
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